第38話 ファッションに疎い田舎者にとって、渋谷109は危険地帯だ!

 田舎者にとって、都会の恐ろしさとは、なにか?


 それはファッションの最先端であることだ。


 渋谷109には、おしゃれな若者が大挙していた。


 平成ギャルは綺麗さっぱり消えているが、現代の流行で完全武装した店員と利用者が、すし詰めになっていた。


 そのせいで店内には、おしゃれオーラが光のバリアみたいに拡散していて、クソダサ田舎者を拒絶していた。


 私は、ひとりの女の子として、恐怖を感じていた。


 この建物は、おしゃれの最前線だ。


 渋谷109と、渋谷の大通りを隔てているものは、ありふれた業務用の扉だけだ。


 扉の外では、営業中のサラリーマンや、移動中の自動車でごった返しているため、ファッション性が薄れている。


 だが、たった一枚の扉をはさむことで、おしゃれ成分が建物の内部に濃縮されていた。


 濃縮されたおしゃれエネルギーは、時代性という導火線を伝って、視覚的な威力として爆発したのである。


 私は五感を通じて、おしゃれ爆発を浴びてしまい、足腰がガクガク震えていた。


「き、きつい、私みたいな千葉から上京してきたばかりの素人が入っていい場所じゃない」


 ドレスコードが違う。会話の軸も違う。店員と利用客が可愛い女の子ばかり。


 もっと正確に表現するなら、自分が可愛いことに自信のある子ばかりだ。


 そんな光り輝くおしゃれの最前線では、世治会のメンバーは完全な場違いだった。


 私は、自分の身体が発する千葉成分を薄めるために、シカコの肩を揺さぶった。


「ねぇシカコ、このおしゃれすぎて息苦しい空間をなんとかするために、いつものおバカなギャグをやって和ませてよ」


 だがシカコの目は泳いでいた。


「おしゃれ空間を前にしたら、ちょっと一発軽いギャグをやるなんて無理だわ。かんべんしてくれ」


 いきなり冷静な意見をいわないで。


 むしろこういうときこそ、いつものギャグをやってくれないと、ブロッコリーみたいな頭に生まれた理由が薄れちゃうでしょうが。


 真奈美ちゃんも、生まれたての子羊みたいに震えながら、シカコのギャグを頼った。


「お願いしますぅ、シカコさん。もはや怖がりがどうとかの次元越えてますからぁ」


 まったくもってその通り。怖がる怖がらないの話ではなく、あきらかに私たちは浮いていた。


 彩音ちゃんも、脂汗をだらだら流して、シカコを頼った。


「シカコくん、君は救世主になるしかないよ。だってこのおしゃれ空間に、ボクのパワーは一切通用しないからね」


 きっとリミッターを覚える前の馬鹿力であっても、渋谷109には無効だったろう。


 というわけで、シカコお願い。もはやあなたしか頼れないの。


 シカコは、しょうがないやってやるか、といった感じの表情で、両肘を胸元によせた。


「貧乳が谷間を強調しても、渋い顔になるだけだぜ、渋谷だけに」


 シーン……っと渋谷109が静かになった。


 ま、まずい、ギャグが滑った。ただでさえ息苦しい雰囲気が、氷点下まで寒くなる。


 渋谷109のお洒落な店員と利用客たちも、つまらないギャグを披露したシカコを冷たい視線で責めていた。


 シカコは、マジ泣きした。


「切腹してぇ……」


 なんてことだ。いつものシカコであれば、どれだけしょうもないギャグをやっても、開き直るか逆切れするだけなのに。


 それが今日にかぎっては、恥ずかしさで死にそうになるなんて、やっぱり渋谷109は恐ろしいところだ。


 だがなぜか、平成ギャルの吉川さんだけは、嬉しそうだった。


『これよ、これ! 流行の内容は違うけど、この雰囲気がギャルの聖地、渋谷よ!』


 どうやら二十年前の渋谷は、街全体が109みたいな雰囲気だったらしい。


 にわかには信じがたいが、当時の感覚を残したままの吉川さんが断言したんだから、本当に町全体が、おしゃれ競争でヒリついていたんだろう。


 うーん、あくまで私の感覚だと、そんな街、絶対に歩きたくないなぁ。


 と思ってしまったってことは、私たちはおしゃれ競争でヒリつく渋谷109が場違いなわけだ。


 でも私たちは、平成ギャルの吉川さんを成仏させるために渋谷109に入店したんだから、逃げるわけにもいかない。


 どうしたらいいんだろうね、この状況。

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