第37話 プリクラは衰退しました

 かつてギャルの聖地だった名残から、プリクラスポットが再整備されていた。


 利用者層は、基本的に若者世代だ。


 ただし、ごくまれに柳先生と同世代ぐらいの女性がいる。どうやら自分の娘と撮影にきたらしい。


 親子の会話を拾ってみる。


「お母さんは、高校生だったころ、ここで撮影したの?」「そうよ、それが青春だったのよ。ギャルがたくさんいて、わたしも髪を染めてたの」「やだー、ぜんぜん似合わない」「ひどいこといわないで、当時は似合ってたのよ」


 どうやら元ギャルの母親らしい。ただしギャルの面影なんて残っていなかったし、娘も普通の中学生である。


 そんな親子が、ギャルの消え去った渋谷をしんみりと語るというのは、ほのぼのするというより、哀愁を感じた。


 どうやら同世代の柳先生には、ぐさりと刺さる部分があったらしい。表に出てきて、ひーっと頭をかきむしった。


「わかってるのよ、わたしの年齢って、本来なら子供がいたほうが自然なんだって。でもしょうがないでしょ、結婚したくても相手がいないんだから」


 たとえ本人が結婚を望んでいても、相手がいなければ成立しない。


 相手が見つかったとしても、結婚生活がすれ違えば離婚する。


 理想の結婚生活が成立しても、子供が生まれるとはかぎらない。


 それでも柳先生は、劣等感に苛まれていた。


 なにか声をかけたほうがいいんだろうか。それとも、そっとしておいたほうがいいんだろうか。


 私たち女子校生組が悩んでいると、平成ギャルの吉川さんが柳先生を慰めた。


『成仏する前に、うちの弟紹介してあげるんだからさ、元気だしなって』


「そ、そうよね。もしかしたら、弟くんとの出会いで、わたしの人生にも、春がくるかもしれないし」


『そうそう。前を向いてなきゃ、せっかく転がってきたチャンスを見落としちゃうよ』


 吉川さんは、すごく良いことを言っていた。


 もしかしたら私も、女子校を卒業して、共学の大学に進学したら、カレシができて、結婚まで一直線かもしれない。


 まぁ、あくまで想像でしかないけど。そもそも、どうやってカレシ作ればいいのか、さっぱりわからないし。


 結婚って、なんなんだろう。難しいねぇ。


 と、私が物思いにふけっていたら、みんながプリクラの筐体の内側から呼んでいた。


「おいサカミ、早く中に入れよ。みんなで一枚撮るんだってさ」


 シカコが私を手招きしていた。


 ふーん、プリクラね。私は初めての体験だけど、肩ひじ張らないでチャレンジしてみよう。


 まるで見世物小屋の妖精を見るような感覚で、私はプリクラの筐体に入った。


 内部の様子だけど、カジュアルな証明写真の撮影機ね。狭くて暗くて息苦しい。私、あんまり好きじゃないかも。


 平成ギャルの吉川さんが、私たちにお願いした。


『せっかくだから、あたしと同じポージングしてよ。こっちのほうがかっこいいっしょ』


 いつもの古臭いポージングである。私は正直好きじゃないけど、幽霊の無念を晴らすためなら、それぐらいやってあげよう。


 私たちは、古臭いポージングをして、撮影を終わらせた。


 うわっ、古くてダサい写真になっちゃった……なんて声に出したら、吉川さんが傷つくから黙っておこう。


 てっきりこれで撮影は完了かと思ったが、まだ終わりではないらしい。撮影した写真データを、筐体のデバイスで加工できるようだ。


 このあたりの塩梅は吉川さんにまかせた。彼女の好みで脚色したほうが、より成仏に近づくからだ。


 私たち女子校生組は筐体の外に出て、吉川さんと柳先生で写真データを加工していく。


 かつての同級生コンビは、きゃっきゃと楽しそうだった。


『柳っちってさ、実は隠れ巨乳だよね』


「い、いや、そうでもないわよ。三十代になって無駄な肉がついただけ」


『顔だって悪くないじゃん? 幼い感じで、かわいいよ。少なくとも四捨五入したら四十歳には見えないって。この顔なら、三十路だっていわれても納得するし』


「本当に?」


『本当よ、だから理想の顔に加工してみよう』


 吉川さんと柳先生は、実に楽しそうだった。やっぱりこの世代にとって、プリクラは青春そのものだったんだろう。


 私たちの世代で、プリクラに該当する文化がなにかといえば、おそらくインスタだ。


 私は、この手のキラキラしたSNSとは縁がない。


 だが彩音ちゃんは、スポーツ少女というキラキラ属性を持っているので、インスタをやっていた。


「あくまでボクの感覚だけど、インスタに自撮りをあげるときは、スポットにもこだわるし、どうやって映るのかにもこだわるんだよね。それってたぶん、柳先生たちがやってることと、同じじゃないかな」


 私は、純粋な気持ちで、彩音ちゃんに質問した。


「どうして自撮りをネットにあげるの? 私、写真を撮影する習慣がないから、その手の気持ちが、ぜんぜんわからなくて」


「ボクの場合は感動を共有したいからだよ。サイクリングで海沿いを走ったら、潮風が気持ちよかったなって」


 彩音ちゃんが、インスタをやる動機は、実に爽やかであった。


 もし他のユーザーも、似たような動機でインスタをやっているのだとしたら、腹黒な私と縁がなくて当然だ。


 なお私以外の世治会メンバーのインスタ利用状況だが、シカコはやっていて、真奈美ちゃんはやっていなかった。


 シカコはスマートフォンで、インスタの画面を見せてくれた。


「うちの牛を撮影して、牧場公式のインスタにあげてるぜ。これだけ健康な牛が育ってますってアピールすれば、取引先だって増えるしな」


 個人用のアカウントではなく、業務用のアカウントだった。あくまで商売としてやっているため、プライベートの香りがしない。


 やっぱりシカコは学生としてはアレでも、社会人としては立派だった。


 そう考えると、真奈美ちゃんがインスタをやっていないのは、もったいないことになる。だって自慢できるだけの顔と胸があるわけだし。


 ばんばん自撮りすれば、フォロワーが増えて、なにかしらの利益があるかもしれない。


 商品の宣伝を依頼されて広告料ゲット、とかね。


 でも真奈美ちゃんは、インスタだけではなく、SNS全般に消極的だった。


「わたし、目立つのが好きじゃないので、自撮りしたくないですぅ。それに、たとえ風景を撮影したとしても、インターネットにアップロードすることはないでしょうねぇ。あくまで個人で楽しみたいので」


 目立ちたくないなら、SNSを利用しない。実に正しい意見だったし、私も同じ理由でSNSから距離を置いている。


 そう考えたら、プリクラは悪くない文化だ。オフライン撮影で写真が完成して、クローズドな人間関係で流通するから、私みたいな日陰者でも利用できる。


 ああ、なるほど、だから平成時代は、プリクラが流行したんだ。誰にでも楽しめるエンターテイメントだったから。


 私がプリクラ平成文化について考察している間に、吉川さんと柳先生は写真の加工を終わらせた。


 筐体の側面から、インスタントな写真が出てきた。どうやら六枚に分割できるようだ。裏面はシール構造になっているから、好きなところに貼り付けられるんだろう。


 この分割とシール構造により、平成時代を回顧するネット記事の理解が進んだ。壁や自動販売機に、ペタペタとプリクラが貼ってあった理由だ。


 プリクラという名の自撮りを公の場所に貼り付けたと考えれば、当時の若者文化はSNSの試験段階だったのかもしれない。


 そう考えると、やはり平成文化の文脈は、私たちの時代に受け継がれているんだろう。


 平成ギャルの吉川さんは、近くにあったハサミで、プリクラを六分割していく。


『みんなで分割したあとはさ、プリクラ用の手帳とかに保存しておくんだけど……やっぱこの時代だと、プリクラ用の手帳って残ってないよね?』


 そんなものあるはずがない。そもそもスケジュール管理アプリがあれば、普通の手帳すらいらないし。


 ということを吉川さんに伝えたわけだが、もはや驚くより落胆するだけだった。


『うんうん、知ってた知ってた。あたしの青春時代は、ことごとくスマートフォンに押し流されたんだって』


 もし平成初期にスマートフォンがあったら、ギャル文化はどんな形態になっていたんだろうか。


 いまとは違う形になっていたかもしれないし、そもそも生まれなかったのかもしれない。


 唯一わかっていることは、ギャル文化は衰退して、当時の若者たちは立派なおばさんになったことだ。


 では、そのおばさん世代が、当時のギャル衣装とギャルメイクをしてプリクラを撮ったら、どうなるのか。


 柳先生は、私たちに懇願した。


「このプリクラは、絶対に表に出さないで。もし先生が、平成ギャルのコスプレをしながら、教え子とプリクラを撮ったなんて職員室にバレたら、赤っ恥よ……」


 常識的に考えれば、私たちの撮影したプリクラは、柳先生にとって恥の塊だ。


 だからといって、まさかこの場で処分するわけにもいかない。吉川さんを成仏させるためには、彼女の未練を断ち切る必要があるからだ。


 柳先生には申し訳ないけど、私たちはプリクラをカバンにしまっておくことにした。


 プリクラの撮影は終わったので、あとは渋谷109でスイーツを食べるだけだ。


 このとき、私をふくめた誰もが、特定の商業施設でスイーツを食べるぐらいなら、簡単に終わるだろう、とタカをくくっていた。


 だが、実態は違っていた。


 私たちは、都会が田舎者にとって酷な場所であることを、すっかり忘れていたのだ。

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