私たちが通う千葉市の女子校は世間知らずが多いんだけど、なぜか私たち三角&四角コンビが彼女たちの世間知らずを治すことになった。でも私たちだって完璧超人じゃないので七転八倒の大騒ぎ
第20話 ついにパワーバカにリミッターをつけるための方法が見つかる
第20話 ついにパワーバカにリミッターをつけるための方法が見つかる
まだ調理実習は続いていて、次は真奈美ちゃんが包丁を扱う番だった。
加工する素材は、ごぼうだ。シカコいわく、まずは皮を削ぐところから始めないといけないらしい。
だが、それすら真奈美ちゃんは恐れた。
「包丁怖すぎですぅ、でも逃げたら将来困るですぅ」
真奈美ちゃんは、きゅっと唇をかみしめて覚悟を決めると、なぜか包丁を大上段に振りかぶった。
だが握力が弱いせいで、勢いあまって包丁がすっぽ抜けた。
本日二度目のあぶないっ!
すっぽ抜けた包丁は、彩音ちゃんの前髪を切ってから、天井に突き刺さった。
さーっと家庭科室の空気が凍った。一歩間違えたら大怪我である。
私もシカコも絶句して、しばらくなにもできなかった。
やらかした真奈美ちゃんは、あわあわあわと声を震わせながら、深く頭をさげた。
「ご、ごめんなさいですぅ!」
彩音ちゃんは、切れた前髪部分を指でなぞってから、にやりとキザな笑みを浮かべた。
「はっはっは、たかが前髪が切れた程度さ、気にしないでくれたまえ」
なんて心の広い子だろうか。もし馬鹿力にリミッターをつけられたら、さらにイケメン……じゃなかった、かっこいい女の子になれるはずだ。
家庭科室の凍った空気が落ち着いてきたので、シカコは真奈美ちゃんに、もう一度包丁を握らせた。
「振りかぶる必要はないんだよ。ごぼうを削ぐなら、ただ滑らせればいい」
「は、はいっ、もう一度チャレンジしますっ」
今度こそ真奈美ちゃんは、ごぼうの皮を削げた。そればかりか、食べやすいサイズに切ることだってできた。
真奈美ちゃんは、切ったばかりのごぼうを指先でつまんだ。
「やりましたぁ! これで包丁初心者もクリアですぅ!」
よかったねぇ、真奈美ちゃん。また一つ怖がりを克服できて。
さて、素材の加工が終わったので、あとは加熱調理するだけだ。
包丁と違って、火事の危険性がある。
私たちの班は、私、真奈美ちゃん、彩音ちゃんと、お料理に関しては危険人物の集団だと判明したので、家庭科の先生がじっと監視する中での作業となった。
もちろんシカコの指導も、ちょっと厳しめになった。
「ガス漏れが怖いからな。ツマミをひねっても火がつかなかったら、ちゃんと元の位置に戻すことを意識してくれ」
ガス漏れなんて、大事故の原因の一つじゃない。まったく脅すようなことをいわないでよ。
まぁそれぐらい脅しておかないと、私たちは失敗するってことなんだろうけど。
ええい、このまま舐められっぱなしでは、学級委員長の名が廃る。
「大丈夫よ、ツマミをひねるだけでしょ。ぱぱっと一発で成功させてあげるわ」
私は強気な発言をしつつ、指先は慎重であった。
包丁で素材を切るよりも簡単な動きのはずなのに、可燃性のガスに着火するという科学的な事実が、私の指先に余計な力みを生み出していた。
もしツマミをひねった瞬間、どかーんっと爆発したらどうしよう。
余計な想像をしてしまって、私の動きは止まってしまった。
彩音ちゃんが、私を応援した。
「がんばるんだ、サカミくん。君は賢いんだから、必ずできる」
ありがとう、彩音ちゃん、本当に良い子ね。私、応援パワーを受け取って、ガスレンジを使いこなしてみせるわ。
ふぅふぅと呼吸を整えてから、えいやっとツマミを回した。
チチチ、ボッ、と青白い炎が点火した。
これって、成功よね?
「よ、よかったぁ」
私がガスレンジを使えたことを喜ぶと、同じ班のみんなが祝福してくれた。
みんな、応援ありがとう。これで私もガスレンジ初心者卒業よ。
さて、私が成功したんだから、次は真奈美ちゃんの番だ。
「緊張しますぅ」
いつものような恐怖というより、緊張が強く出ているようだ。おそらく私が成功例を示したことで、真奈美ちゃんの恐怖が減ったんだろう。
だがガスレンジは、油断できない器具だ。扱いを間違えれば、爆発する。
真奈美ちゃんは、まるで爆弾解除に向かう警察官みたいな動きで、ツマミに近づいていく。
ああ、私の方まで緊張してきた。がんばれ、真奈美ちゃん。
なぜかシカコが、私に耳打ちした。
「これがさ、毛虫を木の棒でつつくときなら、真奈美ちゃんの背中を叩いて驚かせるんだけどな。さすがにガスレンジを扱うときは、危なすぎてできねーよ」
そうね、中学時代、私が毛虫を木の棒でつつこうとしたら、シカコが背中を叩いてきて驚かせたもんね。
そのせいで私は、反対側の手に持っていたアイスクリームを落としちゃったこと、いまでもよーく覚えてるわよ。
おっと、過去の嫌な記憶を思い出している場合じゃない。いまは真奈美ちゃんの成功を祈らないと。
さて真奈美ちゃんの進捗だが、ツマミに手を触れることはできていた。
だがまだ、ひねっていない。こきこきと首と肩を鳴らして、何度か深呼吸を繰り返してから、ようやく手首が動き出した。
ツマミが速やかに回転して、着火地点まで到達。
ちちちっ、ぼっ。うん、大丈夫。ちゃんと点火した。
真奈美ちゃんは、小さくガッツポーズした。
「やりましたぁ、これでわたしもガスレンジ初心者卒業ですぅ」
よかったね。これでうちの班は、彩音ちゃんを残して、みんなガスの着火に成功だ。
シカコが、彩音ちゃんの楽しそうな顔を、ちらっと見た。
「問題は、パワーバカに、どうやってガスレンジを使わせるかだよなぁ……」
危険人物に、危険な道具を使わせると、事故が起きる。
ついさきほど、彩音ちゃんは包丁の扱いで、盛大に失敗したばかりだ。
だが彼女は将来、工場勤務で高価な機材を使うことになるんだから、いまのうちに道具を使えるようにならないといけない。
どうやったら彩音ちゃんに、ガスの火力を優しく調節する方法を教えられるんだろうか?
私たちが悩んでいたら、彩音ちゃんは上腕二頭筋を強調した。
「何事もやってみなきゃわからないだろう。ボクの華麗な火加減を見ててくれたまえ」
たしかにチャレンジ精神は大切なのだが、本当に大丈夫なんだろうか。いますぐ止めたほうがいいんじゃないか。
とはいったものの、一度試してみないことには、成功も失敗も判定できない。
私たちは、万が一の事態に備えて、いつでもガスの元栓を閉じられるように準備した。
彩音ちゃんは、ひゅるりと口笛を吹きながら、ガスレンジのツマミに指を伸ばした。
おや、思ったより普通の動きだ。
だが油断できない。とんでもない馬鹿力で、ツマミを破壊するかもしれない。
ついに彩音ちゃんは、ガスコンロのツマミを、くるっと回した。
チチチっ、ぼっ。
おや、普通に火がついた。なんで力加減が適切なんだ?
あの彩音ちゃんが、普通に道具を使えている?
私たちの班だけではなく、クラスメイトと家庭科の先生もざわざわした。
これまでの道具と、今回のガスコンロ。
その違いに気づいたのは、怖がりの真奈美ちゃんだった。
「もしかしたら、自らの意思でコントロールできない、危険なモノに対してだけ、慎重になるんじゃないですか?」
たぶん、それだ。
自動販売機のボタンは、強く押し込んでも爆発しない。
包丁を振り下ろすだけなら、まな板を切ることはあっても、誰かを傷つけることはない。
でもガスコンロは危険な扱いをすると、爆発するし、火事になるし、クラスメイトたちを傷つけることになる。
どうやら彩音ちゃんの馬鹿力は、内面の理屈よりも、周囲の安全性に左右されるらしい。
やっぱり根が良い子なんだろう、周囲の安全が脅かされると、リミッターが発動するんだから。
これら条件から、私はついに正解にたどりついた。
「シカコの牧場ってさ、一日限定のお手伝いって、受け付けてる?」
「学生用のお仕事体験なら、たしかやってたはずだぜ」
「じゃあ、牛さんのお世話を通じて、彩音ちゃんに力の制御を身につけさせましょう」
牛さんは生き物だ。生き物に馬鹿力を発揮したら、痛がるかもしれない。
そう考えた彩音ちゃんは、きっと馬鹿力をセーブするだろう。
あとは馬鹿力をセーブした感覚を脳に刻み込めれば、自動販売機を壊すこともなくなるはず。
シカコは、ぱちんっと指を弾いた。
「ナイスアイデアだぜ! それなら彩音も手加減できるようになるかもな!」
うんうん、ナイスアイデアでしょ。私ってば冴えてるわね。
真奈美ちゃんは、きゃっきゃっと喜んだ。
「やっぱりサカミさんは賢いですぅ、これで彩音さんの問題も解決ですぅ」
ふふん、そうよ。私の取り柄は賢さなんだから、こういうときに活躍しておかないとね。
彩音ちゃんは、首をかしげつつ、にこにこしていた。
「理屈はよくわからないけど、ボクは動物が好きだから、牧場体験が楽しみだよ」
もっとも理屈を理解してほしい人間に伝わっていないことは残念だが、しかし口頭の説明だけで伝わるなら、そもそも牧場体験は必要ないわけで。
はたして彩音ちゃんは、シカコの牧場で、リミッターを覚えられるのか?
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