第16話 パワーバカVS暗示
さっそく暗示を試すことになった。
彩音ちゃんは、格闘家みたいに仁王立ちしながら、っしゃーと気合を入れた。
「どこからでもかかってきたまえ! 暗示とやらのお手並み拝見だっ!」
どうやら暗示と対決するつもりらしい。さすが脳みそまで筋肉でできたスポーツ少女。
だが暗示が強力であることは、柳先生で実証済みだ。
いくらパワーバカでも、暗示に屈してリミッターを覚えられるはず……よね?
シカコは、糸につるした五円玉を、左右に揺らした。
「これから彩音は、なんでもパワーで解決しようとした瞬間、かつて生焼け肉を食べてゲリになって体重が激減したときの記憶が蘇ってくる」
あれは去年、クラスみんなで焼肉を食べにいったときのことだ。
彩音ちゃんはせっかちなので、生焼け肉を食べて腹を下した。そのとき体重が激減して彼女自慢の筋肉が薄くなって、とても悲しんでいた。
どうやら力自慢にとって、筋肉が薄くなってしまうことは耐えがたい苦しみらしい。
その弱点を逆手にとって暗示をかけたわけだ。
ふーむ、シカコにしては頭脳プレイね。やるじゃない。
でも実証してからじゃないと、お仕事完了とはいえないわね。
というわけで、さきほど彩音ちゃんが壊した自動販売機で、暗示の効果を実験することになった。
すでにボタンが一つ壊れているが、他のボタンは機能するので実験は可能だ。
暗示とパワーバカ、どちらが勝利するのか?
彩音ちゃんは、財布から硬貨を取り出して、自動販売機に入れた。
ぴろんっとボタンが点灯。
「コーラくん、君に決めたっ!」
いつものパワーバカな調子で、彩音ちゃんはコーラのボタンを全力で押そうとした。
だがその瞬間、ぴきーんっと暗示が発動した。
「ああっ! 生焼け肉を食べてゲリになった記憶が蘇ってくるじゃないか!」
彩音ちゃんは、お腹のあたりをおさえながら真っ青になった。どうやらゲリになったときの記憶が、鮮明に蘇っているらしい。
もしや暗示の勝利か? これで彩音ちゃんが備品を壊すことはなくなるはず。
という私たちの期待は、粉みじんに砕け散った。
「この程度の暗示で、ボクを止められると思わないことだねっっっ!!!!」
彩音ちゃんは真っ青な顔のまま、いつもの最大パワーで自動販売機のボタンを押し込んだ。
がつんっ、びしゃんっ、ぷしゅー。
またもや自動販売機のボタンを破壊してしまった。
私は呆然とした。なんで彩音ちゃんは、あんな強力な暗示に勝てたんだろうか。
というか、勝ってどうするんだろうか。
リミッターを覚えないかぎり、彩音ちゃんは備品を壊し続けるだろう。それは他でもない彩音ちゃんの人生を、マイナス側へ追い込んでしまうものだ。
だがきっと彩音ちゃんにとっては、暗示を利用してリミッターを覚えることよりも、暗示に敗北することのほうが大問題だったのだ。
その事実は、気弱な真奈美ちゃんにとって、憧れのスキルでもあった。
「すごいですぅ。わたしも、暗示に打ち克つ意志の力が欲しいですぅ」
そうね、真奈美ちゃんなら、その感想になるよね。怖がりで自己主張が弱めだから、パワーバカとは正反対の性格だもんね。
ちなみに彩音ちゃんとは毛並みの違う個性派であるシカコは、降参のポーズになった。
「あたしもパワーバカのことを笑えないぐらい問題を起こしてきたけど、さすがに全力フルパワーでなにかを壊したことはないんだよな。だって理性が働くだろ、これ壊したら賠償金だろうなぁーって」
彩音ちゃんと比べたら、シカコは理性が働くから、生き様の修正が可能だ。
千葉神社の神主さんが、シカコに前向きな使命感を植えつけられたのも、このあたりが要因だ。
だが彩音ちゃんの頑固なメンタルには、あの神主さんでも対処不能だろう。だって理性よりパワーが優先するから、対話による修正が無効なのだ。
もしや打つ手なし?
と誰もが諦めかけたとき、彩音ちゃんのお父さまが千葉公園に到着した。
よっぽど慌てて駆けつけたらしく、乗り物は仕事用の営業車だったし、工場の作業服を着たままだった。
「いつも申し訳ありません、うちの娘の馬鹿力が原因で……ちゃんと賠償しますから、どうか寛大な処分を」
彩音ちゃんのお父さまは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
さきほど柳先生も触れていたが、彩音ちゃんが公共物を破壊して、親御さんが賠償する流れは、これまで何度もあった。
学校側も、親御さんも、彩音ちゃんにリミッターを覚えさせようと四苦八苦した。
だが、うまくいかなかった。
私とシカコと真奈美ちゃんは、学校側と親御さんの気持ちを想像して、胸が苦しくなった。
彼らは彩音ちゃんのために、がんばってきたのだ。
なにもしなかったわけじゃない。
でも公共物を破壊すれば、社会的な信用が失われるし、賠償金が発生する。
柳先生は切羽詰まった顔で、彩音ちゃんのお父さまに訴えかけた。
「せめて自動販売機をはじめとした、公共空間にあるものを破壊しない程度には、手加減できるようになりませんか? このままだと本当にまずいことになります」
停学をすっ飛ばして、退学もありうる。あれは脅しではなく、事実だろう。
彩音ちゃんのお父さまも、疲れた顔でうなだれた。
「なんとかしたいんですが、全然うまくいかなくて……彩音は高校を卒業したら、うちで経営している町工場で働く予定なんですが、このままだと馬鹿力で作業機械を壊してしまうので……」
彩音ちゃんの進路については、初耳だった。彼女の実家が町工場であることは知っていたけど、まさか就職予定だったなんて。
そういう仕事内容であれば、自動販売機のボタンを指先だけで壊せる力は、どう考えても過剰だろう。
それどころか、いつもの馬鹿力で機材を扱ったら、どこかしらのパーツが壊れてしまう。
彩音ちゃんのお父さまは、柳先生に頭をさげた。
「うちの娘を女子校に入れたのは、最後の手段だったんです。女の子だけの環境なら、手加減を覚えられるんじゃないかって。どうか柳先生の力で、うちの娘に手加減を覚えさせてください」
そういう狙いがあって、彩音ちゃんは女子校に入ったんだ。
たしかに共学だと、男子とパワー勝負してますます悪化しそうだものね。
でも彩音ちゃんは女子校という環境でも、リミッターを覚えられなかった。
私たち世治会としても、なんとかしてあげたいけど、あれだけ強力な暗示ですら無効化されてしまった。
やっぱり打つ手なしなんだろうか?
でも見捨てるのは間違いだろう。彩音ちゃんの就職事情を知ったことで、クラスメイトとして助けてあげたい気持ちが芽生えていた。
だが気持ちだけでは、トラブルは解決できない。
具体的な案が必要だ。
うーん、とにかく今日は保留にして、明日に持ち越しましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます