第17話 進路の悩み
パワーバカ対策の名案は浮かんでこないまま、翌日の学校を迎えていた。
「ねぇシカコ、彩音ちゃんにリミッターをつける方法、見つかった?」
私はスマートフォンで情報を検索しながら、シカコに聞いた。
「まるで思いつかねぇよ。牧場で飼ってる牛のほうが、まだ扱いが簡単だぜ」
シカコは、おやつのチョコレートを食べながら、彩音ちゃんのほうを見た。
彩音ちゃんは、うちのクラスのスポーツ系少女たちと一緒に、サッカー談義をしていた。
ああやって会話をしているだけなら、どこにでもいるスポーツ好きの女の子だ。
しかし、いざ動作を伴うと、自動販売機を破壊するパワーバカになる。
「牛ぐらいのパワーはあるのよね、彩音ちゃんは」
うちのクラスでは有名な、彩音ちゃんの一発ネタを紹介しよう。
彼女はドラゴンボールの修行みたいに、衣服の中に重りを入れている。それをドスンっと床に落とすのだ、体育の授業で体操服に着替えるときに。
ドラゴンボールのキャラは、日常的に負荷を与えることで常に肉体を鍛え続けているわけだが、なぜそれを女子校の生徒がやっているのか?
ちょっと気になったので、本人に質問してみた。
「ねぇ、彩音ちゃん。どうして衣服のなかに重りを入れて、日々鍛えてるの?」
彩音ちゃんは、とても嬉しそうな顔で、どすんっと重りを床に落とした。
「よくぞ聞いてくれたね! もしかしたら、ある日、宇宙人がやってきて、宇宙一武道会を開催するかもしれないだろう? そのとき、このボクが地球代表となって戦うためさ」
さすがパワーバカ、発想が筋肉で出来ている。
なんていうか、シカコとは違う角度の奇天烈っぷりなのだ。
シカコは発想の斜め上に飛んでいく感じなら、彩音ちゃんは真っすぐ突き抜けていく感じだ。
どちらも変人なんだけど、シカコにはリミッターがついているから自動販売機を壊さない。
壊さないだけで、はた迷惑なことはする。たとえば自動販売機の裏側に隠れて、名探偵コナンの蝶ネクタイ型変声機の真似をするとか。
ええい、シカコのことは、どうでもいい。いまは彩音ちゃんの問題だ。
「こうやって情報を整理してみると、やっぱりシカコのほうが、いいアイデア思いつきそう。だって世間に迷惑をかけるっていう意味じゃ、彩音ちゃんと同類でしょ?」
シカコは、私のヒザを軽く蹴った。
「バカにしやがって。そもそもサカミはな、机にしがみつきすぎて、それ以外に取り柄がないっていう意味では、すでに就職先が決まってる、あたしや彩音以下だからな」
シカコのくせに生意気な、といいたいところだけど、あながち間違いではなかった。
私は勉強以外に取り柄がない。
特殊なスキルはないし、誰とでも打ち解けるような社交性もない。
うちの教室で、なんだかんだ社交できているのは、高校一年生のときから学級委員長をやっているからだ。
そんな机にしがみついてきた人間が、もし大学受験に失敗したら、目も当てられない人生になるだろう。
たとえばSNSで社会への恨みを吐き出すばかりで、自分自身の人生を省みない異常者になるとか。
なんだか不安になってきたので、私と同じぐらい勉強の得意な真奈美ちゃんに質問した。
「ねぇ真奈美ちゃんって、進路決めてるんだっけ?」
声優雑誌を読んでいた真奈美ちゃんは、突然話題を振られたことに、ふえっと驚いた。
数秒間の硬直のあとに、指先をもじもじさせながら、小さな声で答えた。
「実はぁ、迷ってるんですぅ。どの進路に進むべきか……」
「ちなみに、どんな進路で迷ってるの?」
「あのぉ、そのぉ、大学進学か…………せ、せ、声優の専門学校に通うかですぅ……」
声優の専門学校。
特殊技能の道である。
だが、まだ迷っているという。いや迷って当たり前だ。一般的な就職と違って、専門学校に通ったからといって、必ず声優になれるわけではない。
それに大学進学してから、声優の道を目指したっていいわけだ。
「なんにせよ、真奈美ちゃんは、まだ高校二年生だもんね。いくらでも迷っていいはず」
なぜだろうか、私は真奈美ちゃんの進路選択の悩みを、羨ましいと思ってしまった。
なんでそんな感想を持ったのか自問自答したら、すぐに答えが見つかった。
真奈美ちゃんの悩みは、将来の仕事に繋がっているからだ。
それと比べて、私の進路計画は、ただ良い大学に進むことしか考えていない。
良い大学にいって、なにをしたいのか?
このあたりの計画性が、すっぽり抜け落ちていた。
もちろん良い大学にいけば、就職における選択の幅が広がる。だが私は、そこから先を一切考えていなかった。
シカコも、真奈美ちゃんも、彩音ちゃんも、みんな進む道が明確で、どんな技能が必要なのか、すぐにわかる。
それじゃあ、私は?
もしかしたら内申点と偏差値が高いだけの無能なのかもしれない。
そんなことを考えていたら、気分がどんより沈んでしまった。
よくない、よくない。こんな後ろ向きの想像で気力を失うなんて、バカげている。
とにかく彩音ちゃんのリミッター対策を考えつつ、授業の準備をしよう。悩んでいる間にも、時間は進むのだから。
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