第15話 柳先生の青春時代は、ただ生きているだけで【俺の妹】の聖地巡礼だった

「ねぇシカコ、なんかいい方法ない? 彩音ちゃんの筋肉にリミッターをつける方法」


 私が質問したら、シカコは腕組みをして悩んだ。


「さっぱりわかんねー。だってパワーバカは、あたしより勉強できないんだぜ。普通の方法じゃ無理だろ」


 普通の方法で無理なら、普通じゃない方法で解決可能かもしれない。


 たとえば、彩音ちゃんと正反対のポジションにいる人物に知恵を借りるとか。


 私は閃いた。


「真奈美ちゃんだったら、馬鹿力を対消滅させるようなアイデアを持ってるかもしれない。だってあれだけ気弱で慎重な子だから、彩音ちゃんとは正反対でしょ」


 さっそく真奈美ちゃんに連絡してみたら、近所に住んでいることもあって、わざわざ千葉公園まで来てくれた。


 ちなみに移動手段は、補助輪をつけた自転車である。


「これまで自転車が怖くて乗れなかったんですが、世治会の影響で練習してみようと思ったんですぅ」


 どうやら真奈美ちゃんは、苦手なこと全般にチャレンジするようになったらしい。


 とても素晴らしいことだと思うし、私とシカコが役立ったのは素直に嬉しかった。


 この世治会がもたらした良い流れを、怖がりの真奈美ちゃんから、パワーバカの彩音ちゃんに繋げたい。


 私は、真奈美ちゃんにアイデアを求めた。


「もし真奈美ちゃんが、彩音ちゃんの馬鹿力を修正しようとしたら、どんな方法を使う?」


 どうやら真奈美ちゃんは、アイデアを持っているらしい。スマートフォンの電子書籍アプリで、マニアックな本を展開した。


「最近読んだ本なんですけど、暗示を利用して、行動に条件付けできるっぽいですぅ。これだったら、彩音さんみたいなパワータイプでも、筋肉を制御できるはずですぅ」


 まさかの暗示である。


 使用方法の例だが、【日常生活の動作を、力技で解決しようとした瞬間、脳裏にイメージが浮かんできて、力みを解消する】というものだ。


 もし効果があるならば、彩音ちゃんの馬鹿力をセーブできるかもしれない。


 だが、そもそも暗示はオカルト技術だ。本当に効果があるとは思えない。


 なおシカコは、ちょっと乗り気だった。


「なんかおもしろそーじゃん? どうせパワーバカには普通の方法が通用しないんだし、むしろ暗示みたいな特殊な方法を試したほうがいいんだよ」


 うん、シカコの言ったとおりだ。これまで彩音ちゃんの馬鹿力をセーブするための試みは、ことごとく失敗しているんだから、もはや暗示以外に有効な手段がない。


 ただしパワーバカに間違った暗示がかかって、さらにモノを破壊するようになったら困るので、まずは柳先生を実験台にすることにした。


 柳先生は、実験台にされるとは思っていなかったらしく、ぎょえーっと奇声を上げた。


「ちょ、ちょっとなんで先生が生贄になってるの!?」


 私は正論で返した。


「だって、世治会に無理難題を押しつけてきたのは、柳先生じゃないですか。こういうときは、言い出しっぺが責任を持つべきですよ」


「うぅ……なにも言い返せない、三十代の大人なのに、十代の小娘に屁理屈で勝てない……」


 柳先生は近くのベンチにすがりついて、おーいおーいと泣いた。


 ちょっとかわいそうな気もするけど、世治会に無茶ぶりしたのは柳先生なんだから自業自得だろう。


 さて誰が柳先生に暗示をかけるのかといえば、手先の器用なシカコだった。私と真奈美ちゃんは不器用なので、こういう細かい技術は向いていない。


 シカコは、電子書籍を読みながら、糸でつるした五円玉を揺らした。


「柳ちゃんは、千葉が舞台になった日常系アニメの聖地巡礼をしたら、頭のなかに学生時代の赤っ恥な記憶が浮かんでくるようになる」


 柳先生は、ひぇっと引きつった悲鳴をあげた。


「ちょ、ちょっとシカコさん、なんて暗示をかけてるの!? この千葉公園は、先生の学生時代に流行した日常系ライトノベル【俺の妹】の登場スポットなのよ!?」


「だからこそ、この条件にしたんじゃないか。本当に暗示が有効なのかどうか、一発でわかるんだから」


「そんなの耐えられないわ! いますぐ千葉公園から逃げ出さないと!」


 だが運悪く、柳先生の真正面を、千葉都市モノレールが通過していった。


 その瞬間、どくんっと柳先生の頭が跳ねた。


「あー! 学生時代の痛い記憶が蘇ってくるー! どうして隠れオタクをしてたはずなのに、みんなにバレてるの!? しかもコスプレ写真まで知られてるし! もう本当に最悪! いますぐタイムマシンに乗って、あの日の記憶を書き換えたい!?」


 どうやら暗示の効果があったらしい。


 ちなみにアニメ好きの真奈美ちゃんは、なぜ柳先生が千葉都市モノレールで反応したのか解説してくれた。


「過去のデータベースによると、柳先生の学生時代【俺の妹】がラッピングされたモノレールが走っていたみたいですぅ」


 と指摘したことで、柳先生の暗示が刺激された。


「やめてそれをいわないで! 当時千葉市内の聖地巡礼をやりながら、黒猫が正ヒロインだと熱烈に信じてた黒歴史が蘇るわ! ああなんで本当に妹とくっつくのよ! あの展開はどう考えても黒猫エンドだってば! くそっ、作者絶対にゆるさない!」


 柳先生は、頭を抱えて絶叫した。いくら柳先生が、いつもおかしな発言をする大人だったとしても、ここまで情緒不安定になったことはない。


 つまり暗示は強力な効果を発揮したのだ。よし、これぐらい使える技術なら、パワーバカにリミッターをつけられるかもしれない。


 私は、シカコを応援した。


「シカコ、その調子で彩音ちゃんにリミッターをつけるのよ」


 シカコは不気味な笑みを浮かべながら、五円玉をくるくる回した。


「おうよ、まかせとけ」


 だがその前に、柳先生がゾンビみたいな顔で、シカコにしがみついた。


「いますぐ先生の暗示を解いて……!」


「落ちつけよ、柳ちゃんの顔、マジこわすぎだから!」


「こんな顔になるぐらい、黒歴史を盛大に思い出して心に大やけどよ……!」


「わ、わかったから、とりあえず離れてくれ」


 シカコは、柳先生の暗示を解いてから、いよいよ彩音ちゃんに暗示をかけることになった。

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