第3節 パワーがありすぎて不用意にモノを壊してしまうのも世間知らず

第14話 パワーバカの彩音ちゃん登場!

 ある日の放課後、私とシカコは、千葉中央図書館に寄り道した。


 私が受験勉強で使う資料を借りるためだ。


 中央図書館は、県内有数の大型図書館なので、欲しい資料はなんでも置いてあった。漫画とライトノベルも充実しているから、青年層にもお勧めだ。


 なおシカコは、ただの連れ添いだから、図書館に用はない。そのせいか、発言内容が実にテキトーだった。


「図書館ってさ、脳がそわそわしてくるし、おしっこ出そうになるし、なんか嫌い」


 相変わらずのお下品さに、私はぎょっとした。


「なによ、おしっこ出そうになるって。もっと恥じらいを持ちなさい、恥じらいを」


「んなこといわれても、なんかむずむずしてくるんだから、しょうがないだろ。サカミってさ、しょっちゅう図書館いってるけど、おしっこ近くならないの?」


「ならないわよ、もう……」


 シカコのお下品な会話を受け流しつつ、お目当ての資料を借りた。長居するつもりはないので、さっさと図書館を出る。


 ああ、もちろんシカコのお手洗いを終わらせてからね。


 さて、これから千葉駅に向かうわけだが、その前にシカコが図書館の裏手を指さした。


「なぁ、せっかく近くまできたんだし、千葉公園のアイスクリーム食べていこうぜ。池を眺めながら、ぺろぺろ舐めると、サイコーに気分がよくなるからさ」


 シカコは、風情のある場所が好きだった。


 私も、お花見とか、初詣とか、けっして嫌いじゃない。ただし時間の浪費は好きじゃないので、条件付きだ。


「私は借りたばかりの資料を読んでるから、邪魔しないようにね」


「オーケー、いつも通りってわけだ。んじゃ、さっそくアイスクリームの店にいこうぜ」


 私たちは、図書館の裏手を通って、千葉公園にやってきた。千葉市街地から少し離れたところにある公園だ。ちょっと大きめの池があって、ボート遊びも楽しめる。


 この池の近くには、私たちのお目当てである軽食コーナーが存在していた。


 なんだかんだで、私もアイスクリームを楽しみにしていたんだけど、ちょっとしたトラブルと遭遇したせいで、お預けになった。


 うちの学校の女子生徒が、公園内にある自動販売機で、ジュースを買おうとしていたのだが、普通の買い方ではなかった。


「オレンジジュースくんっっ、君に決めた!!」


 とパワー全開でボタンを押したら、ばちばちっと火花が散って、ボタンが壊れてしまったのだ。


 あぁ、なんてことを。自慢の馬鹿力で、自動販売機を壊してしまったわ……。


 しかも壊した本人は、爽やかな調子で的外れなことをいった。


「はっはっは、なぜかボタンが壊れてしまったね? もしかして、自動販売機くんは、鍛え方が足りなかったかな?」


 なんで自動販売機が、人間みたいに鍛錬すると思ったの。


 という普通のツッコミは、彼女には無意味だ。なぜなら脳みそまで筋肉で出来ているから。


 このパワーバカ、実はクラスメイトである。


 名前は花山彩音。なんでも力技で解決する女子だ。子供のころからスポーツ万能。中学時代も複数の部活動を兼任して、全国大会の常連だった。


 身長は男子みたいに高く、ショートカットの髪型も凛々しかった。顔は美男子みたいに甘いマスクだ。


 それでも女子として認識されているのは、女子校の制服を着ていること、および胸がそこそこ大きいから。


 なお文化祭になると、クラスメイトの願望にあわせて男装するため、そんじょそこらのイケメンなんて目じゃないほど、かっこよくなる。


 そんなボーイッシュ女子には、パワーバカという弱点があった。ただ普通に生きているだけで学校の備品を壊すし、今日みたいに街中の機械を壊すことになる。


 私はため息混じりに、彩音ちゃんを注意した。


「彩音ちゃん、またやったのね……」


 彼女が自慢の馬鹿力で、なにかを破壊するのは、ありふれた光景だった。もちろんよくないことなんだけど、でも見慣れてしまうと驚きはない。


 では破壊の権化である彩音ちゃんは、この常態化した悪習をどう思っているのかといえば、パワーバカすぎて理解が進んでいなかった。


「やぁ、サカミくん。みてごらん、自動販売機くんは、すっかりご機嫌斜めさ」


 彼女に悪気はない。ただ成長期の栄養素が、すべてパワーに割り振られたせいで、思考力が追いついていないだけだ。


 いくらうちの女子校の偏差値が低いとはいえ、これぐらいパワーバカだと受かるのは無理なのだが、しかし彩音ちゃんは豪運の持ち主だ。


 サイコロ鉛筆を転がして、選択式の問題を全問正解することで合格した。


 そう、彼女は運のみで、うちの学校に進学したのである。


「あのね、彩音ちゃん。あなたの馬鹿力でボタンを押したら、どんな機械も壊れるのよ?」


 私の理路整然とした指摘だが、彩音ちゃんには的確に伝わっていなかった。


「ふむん、つまりボクは機械と相性が悪いんだね?」


「そうじゃないの、もうちょっと手加減するだけで、壊れなくなるの……」


 なおシカコは、初手から説得を諦めていた。


「サカミは律儀だなぁ、パワーバカに理屈を説明して伝わると思うなんて」


 本人に直接パワーバカと伝えるのは、いかがなものかと思う。でもまぁ実際、私も心の中でパワーバカと呼んでしまっているんだけど。


 それはともかく、制服を着た生徒が自動販売機を壊したことは、大問題になった。学校側に通報が入って、担任である柳先生が事態の収拾にやってきた。


「申し訳ありませんでした……」


 まずは自動販売機の管理者に謝罪。それから大人側で話し合いが進んで、いろいろな書類に必要事項を記入して、ひとまず事態を収拾。


 あとはパワーバカこと彩音ちゃんにお説教するだけ……なのだが、なぜか柳先生は、私とシカコの肩をつかんだ。


「彩音さんを、世治会でどうにかして。制御不能のパワーは、立派な世間知らずでしょう。だって自動販売機ですら普通に使えないのよ?」


 自動販売機を使えないことは、たしかに世間知らずだろう。


 だがその原因は、機械に対する知識不足ではないし、経験不足でもない。


 力を制御できないことにある。


 もし真奈美ちゃんの怖がりみたいに反復練習で克服できるなら、私たちの出番だ。


 しかし彩音ちゃんの場合、反復練習の効果はないだろう。


 これまで何度も自動販売機を壊してきて、その都度同じ注意をされてるのに、まるで力の制御が身につかなかったからだ。


 おまけに彩音ちゃん自身が、世治会の手助けを必要としていなかった。


「世治会の噂は聞いてるけど、ボクには不要さ。だってボクは、自分の問題は自分で解決するからね。三角&四角コンビの力は、他の困ってる生徒に使ってあげたほうがいいよ」


 彩音ちゃんのすごいところは、メンタルまでパワーで補強されていることだ。


 こればっかりは、私も本気で羨ましいと思っていた。メンタルの強さは、いつだって役に立つ。受験勉強だけじゃなくて、大人になってからも。


 でも強靭な筋肉も、メンタルの強さも、それが自動販売機を破壊することに繋がるならリミッターが必要だ。


 いまはまだ未成年だから大目に見られているが、もし高校を卒業しても改善が見られないなら、パワータイプの世間知らずとして社会的にまずいことになるだろう。


 いやもしかしたら、すでに手遅れ一歩手前なのかもしれない。


 柳先生は、彩音ちゃんの説得にかかった。


「彩音さんが機械を壊すたびに、学校の先生たちで謝罪して、親御さんが賠償してるのよ。あくまで本人に悪意がなく、馬鹿力で壊してるだけだから、これまで処分は検討されてこなかった。でも改善の傾向が見られないなら、停学を通り越して退学だってありうるわ」


 処罰のさじ加減はむずかしい。


 シカコの場合は、問題行動の回数こそ多いが、被害額はほとんどない。いわゆる子供のいたずらの延長線にあるからだ。


 ただし本人の悪意というか、トリックスター的なマインドによって実行されるため、停学寸前までいった。


 彩音ちゃんの場合は、問題行動の回数は少ないのに、一件当たりの被害額が大きい。


 ただし本人に悪意は一切ないため、これまで処分を検討されてこなかった。だがさすがに回数が累積してきたので、ついに処分が視野に入ってきたわけだ。


 どうやら脳筋の彩音ちゃんも、柳先生のただならぬ様子から、事態が悪化していることに気づいたらしい。


「柳先生がそこまで切羽詰まっているなら、世治会のお世話になったほうがいいだろうね」


 なんだかんだ、柳先生は信頼されていた。普段は頼りないところもあるけれど、大事な一線は外さないからだ。


 さて、彩音ちゃんを世治会でお世話することが決まったわけだが、しかしどうやってパワーバカにリミッターを覚えさせればいいんだろうか?

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