第13話 はじめてのお使いならぬ、はじめての電車帰宅

 声優イベントの帰り道、真奈美ちゃんの一人で帰宅問題が発生した直後、柳先生が一声かけてきた。


「帰り道には気をつけるのよ。なるべく寄り道しないで、暗くなる前に帰宅すること」


 柳先生は、休日であっても、ちゃんと先生をやっていた。いつもは頼りがいのない先生だけど、こういうところは立派だと思う。


 だからこそ、私たち世治会としても、ちゃんと真奈美ちゃんの一人で帰宅問題と向き合わないとね。


 私とシカコと真奈美ちゃんは、西千葉駅の改札前で、会議をした。


「私とシカコは、地元である稲毛駅に帰るから、上り路線に乗るの。でも真奈美ちゃんは地元が千葉駅だから、下り路線に乗らなきゃいけないの。つまり真奈美ちゃんは、これから一人で電車に乗らなきゃいけないんだけど……大丈夫?」


 もし真奈美ちゃんが一人で電車に乗れないなら、私とシカコは千葉駅まで行くつもりだった。


 たった一駅だし、たいした労力ではない。


 でも本当に怖がりを克服したいなら、真奈美ちゃんが一人で乗るべきである。


 ただし私たちが意見を押し付けても無意味だ。


 本人の自発的な意思によって行動しないなら、それは怖がりの克服にならないからである。


 最終的な判断は、真奈美ちゃん本人に委ねた。


 真奈美ちゃんは、震える指先を軽く噛みながら、一人で自動券売機に並んだ。


「がんばって、ひとりで電車に乗ってみますぅ。大好きな声優さんたちから勇気をもらったので、きっとうまくやれると思うんですぅ」


 どうやらファンイベントを通じて、気弱なメンタルがパワーアップしたようだ。


 おそらくスポーツ選手やアーティストを追いかけることは、日々を生きるための活力につながるんだろう。


 その効果は、柳先生みたいな大人であろうとも、真奈美ちゃんみたいな未成年であろうとも、等しく働くらしい。


 そんな心の仕組みを、私は素直に羨ましいと思った。


 なら、おうちに帰ったら、ちょっとネットを検索してみようかなぁ。私でもファンになれそうな人を探して。


 という私の感想はともかく、あとは真奈美ちゃんを信じるだけだ。


「がんばってね、真奈美ちゃん。ちゃんと自宅に到着したら、連絡してほしいかも」


「わかりましたっ、ちゃんと連絡しますぅ」


 真奈美ちゃんは、買ったばかりの切符を握りしめながら、ふんふんと意気込みながら改札を突破していった。


 その背中を、あたしとシカコで見届ける。


「うまくいくかしら」


 私が心配そうにいったら、シカコが自信満々に返した。


「大丈夫だろ、あんだけ元気があるんだから」


 真奈美ちゃんが階段を上っていく後ろ姿には、たしかに花開いたばかりの若芽みたいな元気があった。

 


 三十分後、念のために西千葉駅周辺のオープンカフェで待機していた私とシカコに、真奈美ちゃんから連絡が入った。


『自宅に到着! ちゃんと一人で電車に乗れましたぁ!』


 どうやら世治会の初めての仕事は、無事完了したようだ。


 私とシカコは、カフェオレとケーキで祝杯をあげた。

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