私たちが通う千葉市の女子校は世間知らずが多いんだけど、なぜか私たち三角&四角コンビが彼女たちの世間知らずを治すことになった。でも私たちだって完璧超人じゃないので七転八倒の大騒ぎ
第12話 声優イベント開始&柳先生の生態があきらかに
第12話 声優イベント開始&柳先生の生態があきらかに
私たちは、千葉大学のイベントホールに入場した。
出演者のパネルボードが設置されていて、すっかり声優イベントの雰囲気になっていた。
すでにお客さんたちは入場していて、女性ファンが多い。
みんなお洒落に気合が入っていて、お化粧もばっちりだ。まるでステキなカレシとデートに挑むスタイルみたい。
しかも千葉で開催されるイベントなのに、旅行用のスーツケースを抱えた人たちが参戦していた。
そんな遠くから遠征してくるなんて、よっぽど出演声優さんのことが好きなんだろう。
「ねぇ真奈美ちゃん、このイベントに出演する声優さんたちって、普段どういう作品に出てるの?」
私の素朴な疑問に対して、真奈美ちゃんはオタク特有の早口で語った。
「人気声優さんの集まりですから、代表作がありすぎて困るんですが、強いていうなら、【俺の妹】とか【俺ガイル】とか、千葉を題材にした作品ですぅ」
真奈美ちゃんは、スマートフォンで、千葉を題材にした作品を表示してくれた。
「【俺の妹】は古すぎて知らないけど【俺ガイル】はギリギリ知ってるかなぁ」
私は、そこまでアニメに詳しいわけじゃないので、リアルタイムで見聞きした作品しか知らない。
だがシカコは、それなりに詳しいので、二つの作品について、意外な角度で触れてきた。
「二つとも、我らが担任、柳ちゃんの大好きな作品じゃん。とくに【俺の妹】が流行したとき、柳ちゃんは現役の高校生だったんだし、思い入れがあると思うぜ」
現在三十代の柳先生が、現役高校生だった時代となれば、かなり古い作品だ。
しかも千葉が題材になっていたなら、柳先生はよっぽど入れ込んでいたに違いない。
おそらく作品に登場した施設に対して、聖地巡礼だってやったんだろう。
ってことはもしかして、柳先生、この会場にいたりする?
私たちは、お客さんたちの顔ぶれを確認した。
なんと最前列に柳先生がいた。しかも学校で勤務する姿からは考えられないぐらい、洋服も化粧も完璧に整えていた。
いやはや、柳先生も乙女なのね。大好きな男性声優さんと会えるとなれば、たとえファンの立場でも見た目を整えるなんて。
もし学校内であれば、からかったのかもしれない。
だが学校外の催し事だし、ファンイベントに集中しているみたいだから、声をかけないほうがいいのかもしれない。
と私は思ったのだが、シカコはそうではなかった。
「やっほー、柳ちゃん。憧れの声優さんと会うためなら、おしゃれにキメるんだな」
まったくシカコったら、やめておけばいいのに。柳先生だって、プライベートに干渉されたくないはずだ。
案の定、柳先生は、壊れたレコーダーみたいな声を出した。
「ちょ、ちょ、ちょっとなんであなたたちがここにいるの!?」
柳先生が狼狽する気持ちは、ある程度察していた。
学校生活においても、必死にオタク趣味を隠そうとしていた人なんだから、声優イベントに参加することを生徒に知られたくなかったはずだ。
でも、あとの祭りだ。すでにシカコが声をかけてしまった。
シカコは、まるで新しいおもちゃを見つけたイタズラ小僧みたいな顔で、柳先生にしがみついた。
「あたしたちは、真奈美ちゃんの連れ添いさ。あたしはそこそこアニメに詳しいけど、サカミは受験勉強ばっかりしてきたから、そこまでアニメに詳しくない」
そう、私は勉強に時間を割いてきたから、アニメの視聴時間が短い。
けっして嫌いではないし、むしろ好きな部類だ。しかし時間を浪費するので、どうしても優先順位が低くなりがちだった。
そんな私たちのアニメ履歴に、柳先生が嘆息を漏らした。
「良い時代になったわね。声優イベントみたいな、濃厚なオタクイベントに堂々と出席できるなんて。先生が現役の女子校生をやってた時代って、オタクがいまほど認められた時代じゃなかったから……みんなから隠れて、こそこそやるものだったのよ」
そんな時代があったなんて信じられない。現代なら、SNSを検索すれば、あれだけ同好の志が見つかるっていうのに。
だが、柳先生の証言は本当らしい。声優イベントの会場にいる、柳先生と同世代ぐらいの女性たちが、うんうんとうなずいていたのだ。
なんてことだ。かつての時代は、そんなにオタクの地位が低かったのか。きっと偏見を持った人間が多かった時代なんだろう。
そんな時代に若者をやらなくて本当に良かった。
なんて具合に、柳先生の昔話を聞いていたら、ついにイベントの開催時刻になった。
まずは、司会進行を務めるスタッフの人が壇上に立って、イベントの概要を説明する。
それが終わったら、ついに主役の登場だ。
とても有名な声優さんたちが、壇上に上がってきた。
きゃああああと黄色い声援。すごい、男性アイドルのイベントみたい。
なお一番大騒ぎしているのは、柳先生だった。
「ゆうきゃんこっち見てー!」
柳先生の瞳は、完全にハートマークだった。たとえ相手が偶像であっても、全力で恋しているらしい。
いくら柳先生が、ちょっとアレな教員であっても、学校内では乙女な姿を見せたことがないので、とても新鮮だった。
おっと、うちの担任の話はここまでにして、本題である真奈美ちゃんに切り替えよう。
真奈美ちゃんは、静かに感動していた。小さな手をきゅっと握り締めて、じわりと半泣きになっていた。
「まさか本当に会えるなんて……!」
憧れの人に直で会うというのは、女子にとって大切な儀礼だ。たとえ相手が偶像であろうとも、自分の肉眼で認識することに幸せを感じる。
この手の感性は、私にも備わってはいるのだが、しかし一般的な女子より少なめだ。
たぶん、腹黒が原因だと思う。
ピュアな気持ちよりも、理屈や打算が上回ってしまうから、しょせん相手は偶像じゃないか、と心のどこかで冷めてしまうのだ。
もちろんそれは私の事情であって、真奈美ちゃんには関係ない。
むしろ真奈美ちゃんが、涙を流すほど喜んでくれたなら、世治会として連れ添ったかいがあったというものだ。
私とシカコは、声優さんの経歴や人柄なんかは全然詳しくないけど、普通にイベントを楽しむことにした。
声優さんの演じた作品の裏話や、なにげないおもしろトークがメインである。
ちょっとした寸劇とか、ミニゲームみたいなものもあって、いかにもファン向けのイベントだった。
熱心なファンたちは、お目当ての声優さんが喋るたびに、うっとりしていた。
私とシカコは、声優さんの苦労話に注目していた。
これだけ人気のある人でも、駆け出しのころは苦労したそうだ。声優さんは、実力主義かつ人気商売だから、ただ努力しただけでは出演の機会に恵まれないらしい。
きっと徹底した努力と、ゆるぎない忍耐が、成功への近道なんだろう。
ただし、声優さんみたいな特殊な職業の経験談が、一般的な会社員に活かせるかどうかは、私みたいな十七歳の女子校生にはわからなかった。
ふと気づけば、イベントは終了時刻を迎えていた。熱心な声優ファンも、それ以外のお客さんも満足して、大団円である。
真奈美ちゃんは、軽く昇天していた。
「はぁ~、もうこのまま意識が消滅しても未練はないですぅ……」
理想の偶像を追いかけるというのは、きっと常人には理解できないほどの高揚感があるんだろう。
私は腹黒なだけあって、誰かしらのファンになることがないから、真奈美ちゃんの高揚感を理解できなかった。
いや、もしかしたら、ただファンになる対象と出会えていないだけで、私にも理想の偶像があるのかもしれない。
だって相棒のシカコは、ゲーム系の実況者が好きで、そこそこ情報を追いかけている。
シカコが誰かのファンになれるなら、私にだってなれるはずだ。
なんて感想で、声優イベントの話題は〆よう。
でもまだ世治会の話題は終わっていなかった。
真奈美ちゃんにとっては、最後の試練が待っていた。
怖がりの彼女が、ひとりで電車に乗って、帰宅しないといけないのだ。
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