第10話 実際に電車に乗ってみよう

 目的の駅に向かうためには、正しい路線を使わないといけない。


 だが千葉駅は、複数の路線が交差しているため、取捨選択が難しい。


 もし利用する路線を間違えれば、見当違いの駅に運ばれてしまうだろう。


 真奈美ちゃんは、小動物みたいに慌てた。


「あうー、案内掲示板の数が多くて、どの路線を使えばいいのか、わからないですぅ」


 私は、ふふんっと胸を張った。


「千葉駅ならまかせてよ。どの路線が、どこ方面に向かうのか、ちゃんとわかるわ」


「すごいです、サカミさんっ!」


「いや、すごくはないのよ。だって子供のころから使ってる駅だし、なんなら下り路線に関しては、シカコのほうが詳しいし」


 私が話題を振れば、シカコは自信満々で握り拳を掲げた。


「親戚のほとんどが、房総半島のド田舎に住んでるからな。そっちに向かうためには、ローカル路線に詳しくないといけないんだ」


 真奈美ちゃんは、駅の壁に張られたローカルな路線図を見て、軽いめまいを起こした。


「勉強と違って、覚えるのが大変ですね」


 その感覚は、私にもわかる。


 教科書の内容を覚えるのと、現実世界のあれこれを覚えるのは、どうにも感覚が違うのだ。


 たとえば複雑な数式を覚えられても、ちょっとした機械の動かし方を間違えたりする。


 というのは、私と真奈美ちゃんの事情であって、シカコは正反対だった。


「あたしは難しい数式なんて覚えられねーが、牧場で使う道具なら完璧に動かせるぜ」


 勉強、運動、機械の操作……ありとあらゆる場面で、得手不得手があるんだろう。


 人間の脳と肉体の仕組みは、本当に不思議である。


 なんてことを話しながら、エスカレーターでホームに降りた。


 休日だけあって、そこまで混んでいない。常識的な利用者数といえるだろう。


 だが真奈美ちゃんは、ごくりと息をのんだ。


「これだけの人数が、ホームに並んでいると、圧迫感がありますぅ」


 平日の出勤通学ラッシュと比べたら、休日の午前中なんて空いているほうだ。それでも真奈美ちゃんにとっては、プレッシャーになっていた。


 逆に考えれば、チャンスである。乗車率の低い時間帯を利用して、電車そのものに慣れてしまえばいいのだ。


 私は、真奈美ちゃんの手を握った。


「今日みたいな空いてる日を利用して、電車に慣れちゃいましょう。そうすれば、将来満員電車に乗っても、プレッシャーが和らぐはず」


「わかりましたっ、いまのうちに電車に慣れてしまいましょうっ」


 どうやら真奈美ちゃんは、プレッシャーを跳ねのけたらしく、きゅっと小さくガッツポーズした。


 シカコは、両手を広げて飛行機の真似をしつつ、にやりと笑った。


「電車に乗ること自体は恐れてないみたいだし、もう飛行機の物まねはいらないかな?」


 真奈美ちゃんは、にこっと笑い返した。


「大丈夫ですぅ、これもすべて三角&四角コンビのおかげですぅ」


 こんなに感謝してもらえるなら、内申点を抜きにしても嬉しかった。


 だが慢心してはいけない。あくまで私とシカコは、手助けしているだけだ。


 もし真奈美ちゃん本人に、怖がりを克服したいというチャレンジ精神がなければ、世治会を頼ることだってなかったんだから。


 なんて考えているうちに、目的の電車がホームに入ってきた。


 ぞろぞろとお客さんが降りてきて、入れ替わりで私たちが入ることになる。


 真奈美ちゃんは、電車とホームの隙間に気をつけながら、えいやっと踏み込んだ。


「これが、電車の内部……!」


 車内は、かなり空いていた。だが上り路線なので、そこそこ座席は埋まっている。


 私たちは三人組だし、たった一駅しか乗らないから、吊り革につかまった。


 真奈美ちゃんは、ドキドキしながら、車内を見渡した。


「今日は混んでないみたいですが、もしこんな小さな箱に、大勢の人間が入るとなったら、ちょっとした瞬間に肘や肩がぶつかりそうですぅ」


 シカコが、悪い顔をしながら、いつぞやの踏んばるポーズをした。


「普通に乗れば、満員電車は息苦しいばかりだ。だが、あたしがうんちをもらしたときは、みんな近くから離れていったから、ある意味快適だったぜ。もはや必殺技だな」


 自慢なのか自虐なのかわからないネタをシカコが話したら、さーっと周囲のお客さんが離れていった。


 そりゃ離れるわよ、今日ももらしたらどうしようって警戒するもの。


 真奈美ちゃんも、微妙にシカコから離れた。


「……シカコさん、ときどき本気なのか、冗談なのか、わからないときがあるですぅ」


 そうねぇ。もらしたことは事実なんだけど、もらそうと思ったわけじゃなくて、ギャグマンガを素材にした謎理論を追及した結果、もれてしまったのよね。


 まぁなんにせよ、真奈美ちゃんの受け答えが、おびえ一辺倒ではなくなってきたのは良いことだ。


 やっぱり経験が大切なんでしょう、とくに怖がりを克服するためなら。


 でも、こんなときにかぎって、トラブルが発生した。


 ききぃーっという不快な音で、電車が急激に減速。線路の途中で緊急停車してしまったのだ。


 車内は大混乱、私たちだって例外ではない。


 いったいなにが起きたんだろうか?

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