第9話 自動改札を突破せよ、スピードで
無事に切符を買えたので、次は改札口を突破しなければならない。
第二の関門、自動改札だ。
切符ないし定期券を利用すると、ゲートが開く仕組みだ。
だが、もし切符を投入するタイミングが早すぎたら、自動改札を通過する前に、ゲートが閉じてしまう。
いやまぁ現実的に考えたら、普通に切符を入れて、マイペースで歩くだけで、自動改札は突破できる。
そうでなければ、お年寄りが駅を利用できないだろう。
だがしかし、怖がりの真奈美ちゃんは、あらゆる失敗を想定してしまう。
「わたし、運動神経が壊滅してるので、ちゃんと切符を入れられるように、素振りをしておきますぅ」
しゅっしゅっと切符を投入口に入れる練習を繰り返した。きっと事前練習することで、不安を和らげているんだろう。
私とシカコは、余計な口をはさまずに見守ることにした。
他でもない真奈美ちゃんが、自らの意思によって新しいことに挑戦しているんだから邪魔するべきではないのだ。
やがて真奈美ちゃんは、全身を力ませながら、切符を投入口に押し込んだ。
ういんっと切符が吸い込まれて、ゲートが開く。
「いまですぅっ!」
リスみたいな顔をした小柄な女子が、ぴゅーっと小走りで自動改札を駆け抜けていく。
だがなぜか、なにも段差のないところでつまづいて、がしゃーっと前のめりに倒れた。
「ふぎゃん! いたいですぅ……あっ、ゲートが閉じる前に、通り抜けないと」
真奈美ちゃんは、真っ赤にはれた両手を抑えながら、自動改札を突破しようとした。
だが転んでいた時間が長かったせいで、ゲートが閉じてしまった。
おまけに切符も機械内部に吸い込まれてしまい、踏んだり蹴ったりの結果に終わった。
真奈美ちゃんは、半泣きになった。
「自動改札、失敗しちゃったですぅ……」
私とシカコは、真奈美ちゃんの運動音痴っぷりに、言葉を失っていた。
そりゃ私だって運動は苦手だけど、さすがになにもないところでは、つまづかない。
いやいや、そんなことより、ケガの様子を調べなきゃ。私とシカコは、真奈美ちゃんに声をかけた。
「真奈美ちゃん、ケガはどんな感じ?」
「大丈夫ですぅ。しょっちゅう転んでいるので、受け身だけはうまくなりましたから」
手のひらの皮膚が、擦り切れているだけだった。あの角度で転んで、顎を痛めていないあたり、どうやら本当に受け身だけはうまいらしい。
羨ましいようで、羨ましくない特技だ。
いや、もちろん特技は多いほうがいいんだけど、なにも段差のないところでつまづく特性がおまけでついてきたら、総合的にマイナスだ。
運動の得意なシカコが、ポシェットから消毒液とバンソウコウを取り出した。
「まずはこいつを使って治療しよう」
真奈美ちゃんは、シカコの準備のよさに、おおっと驚いた。
「シカコさんは、いつも消毒液とバンソウコウを持ち歩いてるんですかぁ?」
「サカミがさ、運動音痴だから、たまに転んだり、どこかに肘をぶつけるんだよ。でもプライドが高いから、ケガなんてなかったことにしようとするんだな。しょうがねーから、こうやってあたしが治療キットを持ち歩くことにしたんだ」
はいはい、そうですよ、私も運動音痴だから、しょっちゅう小さなケガをするんですよ。
でもいまは、受験勉強に時間を割いているから、ちょっと身体がなまっているだけなの。大学受験が終わったら、ちゃんと運動不足を解消するんだから。
という意思をこめて、私はシカコのカカトを軽く蹴った。
シカコは、けらけら笑った。
「ほら、サカミってプライド高いだろ。ってわけだから、プライドの低いあたしが、真奈美ちゃんの手のひらを治療するよ」
慣れた手つきで、真奈美ちゃんの治療完了。
そうよ、いつもシカコが、あたしの擦り傷にやってくれるやつよ。
ほら、もういいでしょ、この話題は。先を急ぎましょう。声優イベントが始まってしまったら、元も子もないんだから。
ああ、ちなみに、自動改札に吸い込まれた真奈美ちゃんの切符だけど、駅員さんが新しいやつを用意してくれた。
あれだけ派手に転べば、駅員さんも目撃者になるから、融通をきかせてくれたわけね。
真奈美ちゃんは、深々とお辞儀した。
「駅員さん、ありがとうございますぅ」
駅員さんは苦笑いしていた。きっと自動改札の通過を失敗する若者なんて、想定外だったんだろう。
気持ちはわかる。私とシカコだって、目を疑ったからね。
でも真奈美ちゃんは、学習できる子だ。
自動改札に対する二度目の挑戦は、わりと普通に成功した。
「やりましたっ! 走らなければ成功するんですねっっ!」
その通り、落ち着いて使えば、自動改札なんて怖くないのよ。
やったね、真奈美ちゃん。これでまた一つ関門を突破だ。
さて、次が最後の関門――実際に電車に乗ることだ。
怖がりの真奈美ちゃんにとっては、もっとも過酷な試練かもしれない。
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