第2節 怖がりも世間知らずのうち
第6話 怖がりの真奈美ちゃん登場
世治会の活動が始まった。私は内申点のために、シカコは自分の印象を変えるために。
だが活動開始直後は、誰も依頼にこなかった。当たり前だ、いきなり始まった組織に信頼と実績はないんだから。
逆に考えれば、私とシカコの人柄を信用してくれる人なら、世治会を頼る気になるわけだ。
必然的に、最初の依頼者はクラスメイトになった。
授業の休み時間、私とシカコのところに、この学校でもっとも小柄な生徒がやってきた。
「あのぉ、世治会に私の気弱な性格を治してほしいんですが」
彼女の名前は、須藤真奈美ちゃん。
まるで小学生みたいに体が小さい。顔だって幼いままだ。目鼻の配置はリスっぽい。ツインテールの似合うおとなしい子であり、休日に私服で歩いていると、ほぼ確実に小学生と間違えられる。
ただし胸元だけは立派に発育していた。私やシカコなんて比べものにならないほど大きい。
そんな童顔巨乳な子だが、見た目のとおり気弱だった。文化祭や体育祭でも流れについていけず、いつも隅っこにいる。修学旅行では、遠方へ旅行することが恐ろしかったらしく欠席していた。
うん、真奈美ちゃんぐらい気弱であれば、世治会を利用したくなるだろうね。
私とシカコは、真奈美ちゃんが語る依頼内容に耳を傾けた。
「三角&四角コンビも知ってのとおり、わたしは怖がりですぅ。盛り場にいくのも怖いので、休日は外出しません。でも、大好きな男性声優さんのトークイベントが、近場の大学で行われるので、どうしても出席したいんですぅ。それで世治会を頼ろうと……」
真奈美ちゃんはアニメが大好きだ。休み時間になると、声優さんを特集した雑誌を熱心に読み込んでいる。彼女にかぎらず、アニメ好きのクラスメイトは多いが、声優さんを追いかけている子はさすがに少ない。
彼女みたいな怖がりが、イベントに出席したいとなれば、よっぽどお目当ての声優さんに会ってみたいんだろう。
ファン心理は、自らの弱点を克服するためにも働くのかもしれない。
私は、世治会の帳簿に依頼内容を書き込んでいく。
「真奈美ちゃんが声優さんのイベントに出席できるようになるまで、私とシカコでエスコートすれば、この案件は完了するわけね。さっそく計画を立てましょう。まずは電車の駅を調べるところから……」
真奈美ちゃんは、ごくりとツバをのんだ。
「で、電車、ついにわたしも、人生初電車ですぅ」
私は、一瞬耳を疑った。高校二年生になっても、一度も電車に乗ったことがないなんて、ありえるんだろうかと。
もしかしたら、言葉の解釈違いかもしれないので、詳しく聞いてみることにした。
「あのね、真奈美ちゃん。うちの学校、千葉駅の近くにあるんだけど、もしこれまで電車に一度も乗ったことがないってことになると、いままでどうやって生活していたの……?」
真奈美ちゃんは、指をモジモジさせながら、恥ずかしそうに答えた。
「徒歩で動ける範囲で生活していますぅ。私の自宅は女子校の近くにあるし、日々のお買い物はネットショッピングを利用していますぅ」
どうやら本当に電車に乗ったことがないらしい。でも真奈美ちゃんぐらい怖がりだったら、ありえない話でもない。
なお私は、もう一つの可能性に気づいた。
「徒歩で動ける範囲で生活してるってことは、まさか自転車にも乗れないの?」
「自転車は転んだらケガするので乗りません。この学校を選んだ理由も、徒歩で通学できるからですぅ」
そんなバカな、と思いつつ、しかし真奈美ちゃんに対する理解が進んだ。
真奈美ちゃんは、私と同じぐらい賢い。定期テストの順位だと、いつも私の真下にいる。そんな子が、どうして偏差値の低い女子校にいるのか?
答え、怖がりが原因で、電車どころか自転車にも乗れないから。
こんな筋金入りの怖がりであれば、そりゃあ私とシカコの手を借りたくなるだろう。
相棒のシカコは、いよっしゃと机を叩いた。
「それぐらい重症となれば、将来困っちゃうもんな。よし、あたしとサカミで、真奈美ちゃんの怖がり克服を手伝うぜ」
そうよ、これぐらい怖がりが深刻なら、高校を卒業したあとに困るじゃない。大学や短大への進学、それと就職も、すべて徒歩以上の移動距離が必要になるんだから。
どうやら世治会としての初仕事は、私が想像していた以上に、他人の人生を左右する案件になりそうだ。
はたして私とシカコは、真奈美ちゃんの怖がりを緩和できるんだろうか?
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