第4話 千葉神社って本当に千葉市街地の中にあるから、道路とビルに囲まれてるのよ

 千葉神社にやってきた。シーズンオフなので、地元民とマニアックな観光客しかいない。千葉市街地のど真ん中にあるので、自動車のエンジン音が目立つ。ちょっと目線を上げれば、遠くで駅ビルや商業施設の看板が光っていた。


 神聖さよりも、利便性を重視した神社である。


 そんな神社の責任者には、学校側から連絡が入っているので、すぐに清掃開始となった。


 私とシカコは学校のジャージに着替えると、境内を掃除するためにホウキを担いだ。


「私たちが清掃する範囲は、それほど広くはないんだけど、二人だけでやるとなれば地味に時間がかかりそうね。おっとその前に合格祈願をしておかなきゃ」


 私は、菅原道真こと千葉天神への合格祈願を終わらせてから、清掃を開始した。


 だがシカコは、まったくやる気がないため、境内を探検していた。


「なぁサカミ、千葉神社って小さな祠がたくさんあるんだよ。パンフレットによると、他の土地の神様を、この小さな祠で祭ってるんだってさ。ゲームでたとえれば、召喚獣かなぁ?」


 シカコは好奇心旺盛だ。中学時代も夏休みの自由研究で昆虫採集をやったぐらいである。


 その熱意は認めるが、いまは社会奉仕活動の真っ最中だ。


「シカコ、せめて掃除が終わってから、神社を探検しなさいよ」


「えー、めんどくせーよ。やってるフリをして、三十分ぐらい経ったら帰ろうぜ」


「そんなのダメよ。シカコの停学がかかってるのよ?」


 私はお目付け役だから、テキトーにやってもいいだろうが、シカコは真面目にやらないと停学だ。いくら高校を卒業したら牧場を継ぐ予定であっても、家族との約束があるんだから停学は避けたいはず。


 シカコは、ホウキをぶんぶん力任せに振り回すと、青空を見上げた。


「せめてさ、もっと胸がトキメクようなイベントがあってもいいと思うんだよ。こんなクソダサジャージじゃなくて、巫女さんの格好になって、他校の男子たちにラブレターを渡されるとかそんな感じの」


「トキメクイベントの内容が、やや古風なのは気になるけど、私たちが巫女さんの格好をしてもモテないと思うわよ」


「くっそー、巫女さんの格好をしてモテるのは可愛い女だけか。なんかズルいぜ」


「現実を受け止めたなら、さっさと掃除を終わらせるわよ」


「わかったよ、やればいいんだろ、やれば」


 ようやくシカコも、ちょっとだけやる気になった。ただしちょっとだけだ。まだどこか不貞腐れた感じで、嫌々ホウキを動かしている。


 こんな調子だと、日が暮れるまでに終わらないだろう。


「シカコ、ペースアップよ、ペースアップ。こんな調子じゃ、目標範囲をはき終らないわ」


 私が叱咤激励したら、シカコは頭をかきむしった。


「ああもう、停学はイヤだ、でも掃除もイヤだ。この苦しみから解放してくれよ神様、境内のどこかにいるんだろ?」


 自分自身の失態を神頼みで解決しようとするなんて、さすがシカコであった。


 なんだかんだと目標範囲の三分の一が終わったとき、千葉神社の神主さんがやってきた。


「調子はいかがですか?」


 私は社交辞令で答えた。


「順調です」


 順調というしかなかった。だって社会奉仕活動が楽しいはずがないし、つまらないと答えるのは失礼だからである。あくまで神主さんは、学校側のお願いにより、社会奉仕活動の場所を提供してくれたのだ。それを悪意で裏切るわけにはいかないだろう。


 だがシカコは、バカ正直に答えた。


「掃除マジつまんない」


 私はシカコの脇腹を肘でつついた。


「なんてこというのっ! 神主さんは、境内を貸してくれたっていうのに!」


 だがシカコは、苦虫を潰したような顔で、私の肘を叩き落した。


「いい子ぶるなよ、サカミ。罰ゲームが好きなやつなんて、この世のどこにもいないだろ?」


「だからよしなさいって。真面目に掃除しなきゃ、本当に停学なのよ?」


「んなことわかってるから掃除してるんだろうが。ただちょっとやる気が出ないだけで」


「やる気を出しなさい、なんでシカコって、いつも不真面目なの?」


「うるせー、真面目がそんなに偉いのかよ」


 私とシカコが、丁々発止で言い争いをしていたら、神主さんは大笑いした。


「シカコさんの問題がようやくわかりました。正直であることが、裏目に出るんですね」


 どうやらシカコは、失敗の原因を理解してもらえたことが嬉しかったらしく、大げさにうなずいた。


「そうなんだよ、神主さん。あたしってば、ただ自分の気持ちに正直に生きてるだけなのに、なぜか問題児扱いされるんだ」


 シカコの言い分は半分正しくて、半分嘘だろう。


 だって柳先生に社会奉仕活動を命じられたとき、問題児扱いされることを気にしていなかったから。そんな図々しい子が、なんでわざわざ嘘をついたのか。神主さんに同情的な判断を下してもらって、社会奉仕活動を早々に切り上げるつもりである。


 なんてズル賢いやつ。


 という私の認識は、ほんの半歩だけ間違っていたらしい。


 神主さんは、ふむと悩んでから、シカコのホウキを指さした。


「もしかしたら、その正直な生き方を、他人のために活かしたら、不当な問題児扱いは消えるかもしれませんよ」


 ええっ、不当なの? あれだけ迷惑行為をしてきたシカコが?


 だがシカコは、まんざらじゃなかったらしく、へへーんっと鼻をこすった。


「おもしろいこというじゃないか。さすが神主さんだぜ」


 神主さんは、慈悲深いを笑みを浮かべながら、シカコに提案した。


「というわけで、シカコさん、まずはあなたの正直さを、清掃に役立ててみてください。きっとまわりの見る目も変わりますよ」


「おう、まかせてくれ!」


 なんとシカコは真面目に清掃を始めた。


 私は、びっくり仰天してしまった。あのシカコが真面目に清掃するなんて、あまりにも珍しすぎて明日には槍が降ってくるんじゃないか。


 神主さんの人心掌握術に驚いたからこそ、私は自分自身の他人を理解する力の不足を感じていた。シカコと中学時代からずっと一緒なのに、シカコの心の奥底にある不満を読み取れていなかったからだ。


 どうやらシカコは、バカ正直に生きてきたからこそ、問題児扱いされることに不満があったらしい。となれば、これまで開き直っていたのは、いまさらなにをやっても自分の印象を変えられないと諦めていたからだ。


 だが神主さんみたいな、他人の心に精通した賢人であれば、シカコみたいな変わり者の本音だって読み取れる。


 その結果、あのシカコが真面目に清掃を始めた。


 なんてすごい話術だろうか。私は真面目さと学力だけが取り柄だから、神主さんみたいな対人スキルに憧れがあった。


 おっと、神主さんの技術を噛み砕く前に、私も真面目に掃除しないと。シカコが真面目にやっているのに、学級委員長の私がサボったら、かっこがつかないものね。


 こうして私たちは、予定していた範囲の清掃を無事に終わらせた。神主さんにも確認をとって清掃完了を認めてもらった。これでシカコは停学を免れたわけだ。


 やれやれ、一時はどうなることかと思ったわよ。


 さて私とシカコは、お互いを褒め合いたいところなのだが、その前に神主さんにお礼を言わないといけない。


「「ご協力いただいて、ありがとうございました」」


 神主さんは、満足げに微笑んだ。


「すっかり境内が綺麗になりましたね。助かりました。それとシカコさん、あなたは、ありあまった元気を誰かのために使うことで、不当な評価が消えることを学びましたね」


 シカコは時代劇みたいなニュアンスで、ぐいっとジャージの袖をまくった。


「学んだぜ。あたしだって、ただの迷惑キャラから、たまには役立つキャラになれるわけだ」


 たまにしか役に立てないんだ……でもまぁ、ただの迷惑キャラより何百倍もマシか。これからのシカコに期待しよう。


 というわけで、私たちは千葉神社を去ろうとした。


 社会奉仕活動&停学とかいう理不尽なイベントを無事に乗り切れたお祝いに「千葉県民御用達のマロンドで、甘いパンでも買って帰ろう」と盛り上がっていたら、担任の柳先生が木陰から顔を出した。


 すごく悪い顔をしていた。もっと具体的にいえば、ずる賢い大人が、めんどうなことを押し付けるときの顔であった。


 せっかく私とシカコが、マロンドのパンを食べながら気分よく帰ろうとしていたのに、いったいなにを押し付けてくるつもりなんだろうか。

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