第3話 シカコのお下品なやらかしのせいで、千葉神社で社会奉仕活動を命じられてしまった

 柳先生は校長先生に怒られたこともあって、取り急ぎ出席の確認と連絡事項を伝えてから、余った時間でひたすらサイバーパンクの話をした。


 サイバーパンクだけは譲らないんだ、ヘンなところで頑固な大人だなぁと、私たち生徒は呆れてしまった。


 こうして朝のホームルームが完了した。


 教室のあちこちで生徒たちの雑談が始まると、なぜか柳先生は私の机に一冊の小説を置いた。


「これが伝説の古典サイバーパンク小説、ニューロマンサーよ。勉強の得意なサカミさんなら読めると思うから」


「お断りします」


「なんでよ! わたしと一緒にサイバーパンクを熱く語りましょう!」


「残念ですが、私はその本にまったく興味がありません。かなり古い小説みたいですし、友達に読んでもらえばいいじゃないですか」


 私が冷たく突き放すと、柳先生はドバーっと涙を流して床に崩れ落ちた。


「わたし友達いないのよ! 高校時代、唯一いた友達も、病気で亡くなっちゃって、それからわたしはひとりぼっち!」


 うん、なんていうか、ごめんなさい。そこまで追いこむつもりはなかったの。ただ常識的な受け答えをしたら、なぜか柳先生にクリティカルヒットしてしまっただけで。


 でも、どうしたらいいんだろう。私はサイバーパンクとやらに興味がないし。


 と私が思っていたら、コロコロコミックを読み終わったシカコが、例の小説を手に取った。


「しょーがねーなー、柳ちゃん。あたしが読んでみるよ」


「ありがとう、シカコさん!」


「まぁ見てなって。このあたしが、サイバーパンクとやらの神髄をだな……」


 シカコはブロッコリーみたいな頭を揺らしながら、ぱらぱらーっとページをめくって、すぐに閉じた。


「ごめん柳ちゃん。難しすぎて、なに書いてあるかわかんない」


 柳先生は、昭和のお笑いみたいにズルっとずっこけた。


「お笑いのコツ、持ち上げて落とすってわけね。ところで前置きの会話が終わったから本題に入りたいんだけど、いいかしら?」


 今度は私が昭和のお笑いみたいに、ずっこけそうになった。


「なんでいきなり本題に入らないで、わけのわからない前置きをするんですか……?」


「だって先生、他人と交流するのが苦手だから、自分の趣味を前置きしておかないと、なに喋っていいのかわからなくなるのよ」


 たしかに柳先生が、他の教職員と親しげに会話しているシーンをほぼ見たことがない。業務的な会話をするときだって、どことなくぎこちなかった。


 まぁ誰しも苦手な分野があるだろう。私だって社交性が高いわけじゃない。とくに男子は苦手だし。そんなわけで柳先生をバカにするつもりはなかった。


「というわけで柳先生、さっそく本題のことを教えてください」


「この書類を見て。三角&四角コンビは、今朝、満員電車で迷惑行為をしたでしょう? あれが学校にクレームとして入ってきたから、対処しなきゃいけなくなったの」


 書類には、私とシカコの顔写真が載っていた。どうやら乗客の誰かが、わざわざスマートフォンで撮影して、学校に送信してきたらしい。


 なんて陰湿な乗客がいるのかしら。まぁたしかに、私たちは満員電車でバカな雑談をして、最後はシカコがお下品なやらかしをしたから、クレームに対して反論できないんだけど。


 でもやっぱり、すごく嫌な気持ちになる。


 シカコだって、すごく嫌な顔をしていた。


「なんだよ、わざわざ学校に報告しなくてもいいじゃないか」


 そうよそうよ、と大声で同調したいところだが、満員電車での迷惑行為を正当化できなかった。


 私はクレームを渋々受け入れると、柳先生に続きをうながした。


「それで、対処ってなんですか?」


「千葉神社にいって、清掃作業をすること」


 どうやら迷惑行為の罰として社会奉仕活動をしてこい、ということらしい。


 だが、ちょっと疑問もあった。


「なんで口頭の注意を飛び越えて、いきなり奉仕作業なんです?」


 私の質問に、柳先生は淡々と返した。


「シカコさん関連で、なにかしらの迷惑行為が発生することは、今回が初じゃないでしょ? だから今回のクレームをきっかけにして性根を叩きなおしてほしい、という学校側の要望よ」


 なるほど、シカコの問題行動全般に対する罰則なのか。それなら納得。中学時代からコンビを組んでいる私ですら、迷惑行為の多さにうんざりすることがあるからね。


 だがシカコは、鼻をほじりながら反論した。


「なぁ柳ちゃん、いまさら清掃作業をやったぐらいで、あたしの行動パターンがまともになると思うか?」


 まさか開き直るとは。さすがブロッコリーみたいな頭をした個性派だけある。


 柳先生は、わりとまともな大人の表情で、シカコにお願いした。


「個性的な行動パターンもいいけど、満員電車でおもらしをするのはやめてほしいの」


「しょーがないじゃん。人間なんだから、たまにはもらすこともあるよ」


 もらした直後はあれだけ泣きそうだったのに、ホームルームが終わったあとには平然としている。シカコは、良くも悪くもメンタルの回復が早い。ある意味尊敬できるけど、でもやっぱり勢いあまってもらすところは尊敬したくない。


 どうやら柳先生も、似たようなことを考えたらしい。


「シカコさん、あなたの堂々とした姿勢は、結構うらやましいと思うところもあるんだけど、でもやっぱり女子校の生徒なんだから、それ相応のマナーというか、人前で意図的にもらさない括約筋は必要だと思うの」


 どうやら教職員の間では、シカコの評価が【公の場で意図的にもらす危険人物】になったようだ。まぁそういわれてもしょうがない会話を車内でしていたと思う。私だって驚くばかりだったし。


 さてシカコはどう反論するのかと思ったら、ふふんっと鼻で笑った。


「どうせあたしは高校卒業したら、じいちゃん家の牧場を受け継ぐんだぜ。食べてうんちする乳牛を相手にするんだから、小難しい勉強も、お行儀の良い行動にも、意味があるとはおもえねーな」


 シカコは、すでに進路が決定していた。父方の実家が経営する牧場を受け継ぐのだ。なおシカコみたいな個性派が、まともな後継者扱いになる理由だが、彼女の両親も兄妹もみんな奇天烈なので比較の問題であった。


 そんなシカコの就職事情に対抗するように、柳先生は隠していた切り札をきった。


「シカコさんに余計なプレッシャーを与えたくないから、隠していた情報があるんだけど。やらかしが累積しすぎて、停学処分が視野に入ってきたのよ。それを避けるために、清掃作業をやったほうがいいと思うわよ」


 どうやらシカコは、停学を回避するために、神社の清掃作業をやらなきゃいけないらしい。ちょっとやりすぎな処分じゃないかなぁと思う反面、やらかしの累積で考えれば停学が視野に入るのも理解はできた。


 シカコは停学処分という重い言葉に、くそーっと頭を抱えた。


「なんでこうなるかなぁ。最低限、高校を卒業するのは家族との約束だし……しゃーない千葉神社を清掃してくるかぁ。一緒にがんばろうな、サカミ」


 あくまで神社の清掃は、満員電車で騒いだことに対する罰なので、停学とは無関係の私も対象内だった。


「はぁ~……クレームは受け入れてもいいけど、神社の掃除なんてやりたくないなぁ」


 ただクレームを受け入れて、今後の行動を反省するだけなら、なんら異存はない。だが社会奉仕活動という名の時間の浪費がふくまれるなら、話は別だ。


 私には受験勉強という大義がある。その大切な時間が、社会奉仕活動で削られるなんて言語道断であった。


 しかし柳先生は、私を拝み倒した。


「お願いよ、サカミさん。シカコさんが掃除をサボらないように、お目付け役が必要だと思うの。今日の放課後だけでいいから。それにほら千葉神社って、受験生の味方である菅原道真が千葉天神として祀られてるから、ついでに合格祈願をしてくればいいじゃない」


 高校受験のときには合格祈願をしなかった。地力を鍛えずに神頼みなんて、かっこ悪いと思っていたからだ。


 もしヘンな意地を張らずに神頼みしていたら、第一志望の女子校に合格していたんだろうか。だってあと一問正解すれば合格圏内だったんだし。選択問題を運要素だけで正解できていれば、いまごろ私は第一志望の女子校に通っていたはずだ。


 ならば大学受験に備えて、神頼みで選択問題の運を高めておくのも悪くないだろう。


 こうして私は、シカコと一緒に社会奉仕活動をすることになった。

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