2022/12/20 【ミクロマクロクライムシティ】

 楽しそうな美鶴みつるを見ていられなくてそそくさとセカンドダイスを出ようとする。


「あれ?もう帰るの?」


 ともやさんがそう声を掛けてくるのを振り切って外へ出る。セカンドダイスはビルの四階。周りもビルに囲まれているとは言え、地上に比べれば風の吹込みも多く羽織っていたコートを体を包み込むように手でギュッと閉じる。寒空の下、まだそんなに遅くない時間なのにすっかり暗くなった街はクリスマスの明かりで満ち溢れていた。どこへ行く宛もなくぼんやりと眼下の景色を眺める。


 なにしてるんだろ。


 せっかく美鶴がお店に来たというのに声をかけることもなく、それどころか視線をそらして逃げ出した。結局なにも変わっていないし変われる気もしない。部屋に帰ってボードゲームをすればきっと気も紛れる。


 イーオンズエンドは楽しかったな。今日はまったく勝てなかったけれどリベンジしたいなと思い返す。持っていないボードゲームだ。セカンドダイスでやればいいのだろうけど今日やりたいのだ。夜遅くまでここにいるわけにもいかないし、どうしようもない。


 ふと、サンタさんの格好をした人がビラを配っているのを見つけた。それが気になったのは受け取っているのが敬子だからだ。平日だからかひとりで歩いている。そしてさらに遠くに店長の姿も見えた。


 不思議なものでこの広い街でもこうやって高いところから眺めていると知り合いを見つけられる。この感覚を以前に体感したことがあるなと考えて思い出した。


 ミクロマクロクライムシティだ。


 大きなマップに書き込まれた様々な事件を虫眼鏡で探して解決していく不思議なボードゲームだった。謎解きゲームなのだけど謎らしい謎はすべてマップんい描かれているだけで文字のひとつもない。これは本当にボードゲームなのかと疑ったくらいだ。でも楽しかった印象は強い。


 キャラクターの時系列が全て書き込まれているそのマップはごちゃごちゃしているのだけれど。ひとりのキャラクターだけを追い続ければ事件が気持ちがいいくらい紐解けていく。まさかすぎる展開も数多くあって事件を解くたびに驚かされたものだ。


 敬子と店長が顔を合わせてあいさつをしている。あの様子だとこのままこっちに来るんじゃないだろうか。エレベーターはひとつしかない。はち合わせる可能性が非常に高い。


 また逃げることばかり考えてしまっている自分に嫌気がさした。


 それなのにエレベーターの隣に開けたことがない扉を見つけてその先に階段を見つけてしまう。


 いっそ見つけられなければ諦めてあいさつしてから帰ればいいやと諦めてはいたものの、逃げ道を発見してしまった。


 逃げて、それから自分の部屋に引きこもってしまえばいい。それで全部解決だ。


 扉を開けようとしてミクロマクロクライムシティの大きなマップが頭に浮かんだ。雑多に見える人たちもあんなふうにどこかで何かが繋がっていてそれこそ縁としか呼べないもので繋がっていたりもする。


 そこから逃げ続けることはできないのに逃げなくてはならないと思える。


『部屋で大人しくしてるのよ』


 そうなんども言われた言葉がここに残ることを邪魔する。


 だから様々な思いを断ち切って階段に続く扉を思い切り開けた。


「あれ。貴子ちゃん。帰るのかい?」


 貴子とおんなじタイミングで扉を開けようとしたのか驚いた表情の店長と敬子がそこにいた。

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