2022/12/15 【マーチャンツコーヴ】

 昨日の結果だけであれば再挑戦したルートは貴子たかこの勝利で終わった。しかし内容を考えてみれば納得できるものではなかった。美鶴みつるはもちろんのこと小室夫妻もふたりともゲーム慣れしているのか手強かった。というか、手加減されていた可能性もある。気にし過ぎなのは分かっている。そんな様子は少しも見られなかった。勝てたことが不思議なくらい強そうに思えたのだ。


 それでも初めて四人で遊んだルートは面白かった。ひとりだけで遊んでもふたりで遊んでもみられなかった展開がたくさんあった。自分では思いつかないような一手を小室さん(旦那)のほうが打ってくることが多々あった。聞けば毎週のようにボードゲーム会を開いているらしく、ひとりで模擬戦をすることも多いと言っていた。奥さんの方はその話を辟易した様子で聞いていたけれどどこか楽しそうにしているのが印象的だった。中の良いふたりで一緒にボードゲームをしているんだろうなと思えた。


 でも私は。


 そうひとりの部屋で貴子はぼんやりと今日はどのボードゲームで模擬戦しようか考える。でもどれを選ぼうとしても四人で遊んだ感覚を考えてしまう。ずっとひとりで遊んできたからなのか。どうしてもいつものようにやる気にならないのだ。


 全部美鶴が声を掛けてきてからどこかの歯車が狂ってしまったかのようにおかしい毎日が続く。自分のペースを乱され続けている。そもそも何が目的で近づいてきたのかもわからないのだ。あの人当たりの良い性格の彼女だ。遊ぶ相手には困らなさそうなものだ。


 こんなにもボードゲームの選定に悩んだことはなく、今日はこのまま何もせずに寝てしまおうかと言う気にもなる。しかし毎日の日課を一日でも休むのはどこかむず痒く、気持ちよく眠れる気がしない。


 仕方なく、自分の手には余る大きさの箱を目指して立ち上がる。どうしてもルートを遊んだ記憶が頭から離れなかった結果、手に取ったのはマーチャンツコーヴというボードゲーム。入江を舞台に商人となって三日間の売上を競うゲームなのだが、選んだ商人によってゲームが異なるというハチャメチャ具合だ。そのお祭り感覚はルートよりも大きく本当におんなじゲームを遊んでいるのかわからなくて不思議な感覚に陥る。


 商人ひとりひとりを順番にプレイしている途中だったのを思い出したから手にとったのもあるが、昨日の感覚を忘れたくなかったからだ。ゲームの準備を淡々とこなしながらふと、このゲームも四人でやってみたいなと思っている自分に気がつく。


 ボードゲームはいつもひとりで遊ぶものだった。それは今も変わっていないはずだ。現にこうやってひとりで遊ぼうとしている。至高の一手は常に研究し続けなくてはたどり着けない場所にあるのだ。


 でもどうしてだろう。今はその至高の一手にたどり着ける気がどうしてもしなかった。

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