2022/12/12 【クァックサルバー】

 それはある種の事件だった。平日だからと昼間からセカンドダイスでいつものようにひとりボードゲームを広げようとしていたときのことだ。珍しく店長に声を掛けられた。


貴子たかこちゃん、ちょっといいかな」


 何事かと思って警戒してしまう。こんなこと初めてでなにかるのかと勘ぐってしまう。妙なお願いでもされたらどうしようかと頭の中を巡る。


美鶴みつるちゃんって知ってるよね?ちょっと手が空いたみたいで相手を探してるんだけど一緒にどうかな」


 美鶴と言うのはセカンドダイスに入り浸っている大学生グループのひとりだ。入り浸っていると言っても貴子ほどではない。あいさつはしたことはあるけれどしっかり話をしたことはない。急に過ぎてできれば断りたいところだ。


「なんかねクァックサルバーしたいんだって。昨日はオルレアンだったしおんなじバッグビルディングでいいじゃない」


 む。それは魅力的な提案だった。クァックサルバーは薬袋から材料を取り出して鍋へと入れる。入れすぎると爆発してしまうが材料が少ないと効き目が薄い薬になってしまう。チキンレースの要素もありつつ新しい薬剤を購入してバッグにいれて行くビルディング要素もありある程度自分でコントロール出来る。昨日の続きとしては悪くない選択だ。美鶴が選んだのか店長が入れ知恵をしたのかわからないがそれに乗ることにする。


「いいよ。たまにはひとりじゃないのもいいかもしれない」


 そう告げると店長は奥に声を掛けて美鶴を呼んだみたいだ。


「えっ。貴子さん相手をしてくるんですか。ありがとうございます」


 丁寧に挨拶をする美鶴をあらためてちょっと苦手だなと思う。そもそも貴子はみんなでわいわいするのが苦手だったりするのだ。会話にも入って行けずただ眺めるだけ他人が干渉してくるボードゲームが苦手なわけではないがそれがコミュニケーションをメインとするもだと途端に苦手へと変わる。もくもくと自分のボードを洗練させるようなゲームが貴子は好みだ。


「ひとりだなんて珍しいのね」


 美鶴はいつも四人で行動しているイメージが付いている。ひとりでしかも貴子に相席をお願いすることの理由が知りたかった。


「みんな忙しいみたいで私だけ急に暇になっちゃったんで店長に誘われてちょうどいいなって思ったんです。それに新しい知り合いも増やしたいと思ってましたし」


 ふうん。と軽く返事だけする。興味を持てなかったからなのだが美鶴はあんまり気にしていないようだ。


「クァックサルバーやってみたかったんですよ。貴子さんがこういうの得意だって聞いてたんで楽しみです」


 そう言われて機嫌が良くなったのは確かだ。店長から聞いたのだろうがセカンドダイスの先輩としてお手本を見せなくてはいけない。


「えっ。なんで」


 それがウソみたいに負け続けた。負けたことが信じられなくて何度も再挑戦をした。でも美鶴は貴子の一歩上の勝利点を叩き出し続ける。運の要素が大きいのは分かっている。でも一度も勝てないなんてありえない。でもズルするようなタイプでもない。


「また勝っちゃいましたね。もう一度やります?」


 純粋にそう聞いてくれているのだろうが、その優しが辛くのしかかってくる。


「ううん。もう一度は閉店までに終わらないだろうし。また今度にしよう」


 動揺を隠せているだろうか。いや、動揺している。美鶴とまた今度なんて約束までしてしまった。


 あんなに模擬戦を繰り返してきたのに。勝てなかっった。そのことがショックで仕方なかった。

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