2022/12/09 【ワイナリーの四季】

 俊彰としあきは借りていたボードゲームや衣装やなんかを一旦置くためにセカンドダイスへと立ち寄った。クリスマスの装飾をされたお店はいつもより賑わっているように見える。忙しそうな店長に軽く挨拶をして棚にボードゲームを戻し始める。中身の確認は予めやってきた、カードの一枚でも忘れたら困るからだ。


 結局、セカンドダイスでのクリスマスイベントはなかった。ハルがひとりは嫌だからクリスマスになにかしようと言っていたのが結構前に思える。ほんのひと月前なのにだ。しかし、ハル自身クリスマス会を行うことになって店長もいつも通りにしようと今日は特に変わらずにいつも通りの営業だ。


 それにしてもクリスマスはひとりでは嫌だと言っていたハルは結局ひとりで過ごしたのだろうか。俊彰ひとりでクリスマス会を乗り切れたからいいもののひとつ間違えば大事故だった可能性もある。


「としくん。このあと時間ある?」


 店長が声を掛けてきた。忙しすぎてバイトに入ってくれとでも言うのだろうか。まあそれもいいかなと思う。どうしたってハルのことばかり考えてしまうのでそうであるくらいなら仕事をしているほうがいいような気がしたからだ。


「そこの卓に入ってワイナリーの四季で遊んでくれないかな」


 見知ったお客さんが俊彰を見て手招きしている。ひとり入ることでバランスが取れるなら喜んで入るが、珍しいことではあった。


「いいですよ。これしまったらすぐに行きますね」


 ワイナリーの四季はその名の通りワイナリーをテーマにしたゲームだ。引き継いただ名ばかりのワイナリーの再興を目指す。四季を通じてブドウ畑を管理し収穫し搾り醸造し、さらには成熟させてワインの出荷を目指す。まさにワイナリーの経営を疑似体験ができるゲームなのだ。


 夢中になって遊んでいたらあっという間に閉店時間を迎えてしまってお客さんを帰してお店の片付けを俊彰は手伝っていた。


「ごめんね。手伝わせちゃって」

「いや、いつもの癖でつい」


 本当に気がついたら行動していたのだ。短い期間しかバイトしていないのにもう身に染み込んでしまったらしい。


 あらかた掃除も終わったころだ。お店のドアがノックされた。お客さんが忘れ物でもしたのだろうか。


「としくん。鍵開けてあげて」


 店長はそれが誰だか知っているみたいな言い方だ。疑問に思いつつも扉に近づいて鍵を開ける。


「としくんっ。今日はほんとにごめん」


 扉が開くなりハルが頭を下げていた。驚きのあまり声にならない。なんで、ハルがここにいるんだ。それに謝っている。


「今日、お母さんが交通事故にあっちゃって。さっきまで病院にいたんだけど、それも検査のためでべつに大したことでもなくて。なんならなんであんたここにいるのって言われて。えっ。でも心配だったしって。でもとしくんのことは気になってたんだよ。でもとしくん成長してたしきっと大丈夫かなって思って。えっと。えっと」


 よっぽど慌てているのか、ひたすらに言い訳をしているハルに笑うしかなくて声を殺して笑ってしまった。


「それを言いにわざわざ来たんですか?」

「ま、まあ。そんなんだけど。お詫びの意味も込めてこれを」


 そう言って手にしていたビニール袋を見せてくる。


「ケーキ買ってきたの。クリスマスパーティーしよっかなって」


 ここで?お店はもう閉店時間過ぎている。ちらりと店長の方を見る。すべてを承知していたのか、ちいさく頷く店長にしてやられた。そもそも遊ばせたのもこの時間までここにいるように仕向けていた可能性だって出てくる。


「さっ。鍵だけ閉めて帰ってくれればそれでいいから。ふたりで楽しみなね」


 にやりとする店長はそそくさと、お店を出ていってしまった。えっ。そんなのってあるのか。


「ほら。ボードゲームなにする?いや、その前にクリスマス会の話を聞かせてよ」


 相変わらずのハルの様子に俊彰は諦めたようにケーキを取り分けるためのお皿を用意しに向かう。顔がにやけてしまうのをハルに見られないようにするためだ。


「ほんっと楽しかったんですよ」


 話したいことはたくさんあるのだ。流石にワインは無いけれど、今年のクリスマスは最後まで賑やかになりそうだ。

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