2022/11/28【ピクテル】

 俊彰としあきは自分のことを気軽にとしくんと呼ぶひとつ歳上の女の人を思い出していた。そしてそれだけでどっと疲れが溜まったように感じてしまう。


 昨日ハルは結局、一から十まで俊彰に説明を求めた。こっちだって初めてなのにと愚痴をこぼしそうになったのだけれど仕事中であり、店長が時折こちらの様子をチェックしているのがわかったのでぐっとこらえた。


 当然だけれどそんなふたりが一人用のゲームをクリアできるはずもなく散々だった。あーでもないこーでもないとハルが騒いでいる間にできることがなくなってしまったのだ。でも、ゲームが終わったあとのハルはやけに嬉しそうにしていて。それが不思議でならなかった。


 セカンドダイスのアルバイトは今日は休み。大学に行って帰るだけ。そんな特に刺激のない生活だ。夏休みも過ぎたあたりから随分とこの生活にも慣れたものだと思っていた。そんな時ふと見つけたアルバイト募集の文字に引っ張られるようにして入った雑居ビルの四階がセカンドダイスだった。


 それから慌ただしい日々が続いていてようやくなれてきたと思い始めていたばかりだというのに。


 はぁ。


 自然とため息が出てしまうのはハルの相手に疲れたからではない。問題なのはゲームが終わったあとだ。


『としくんボードゲームのルール教えるの上手だね。いいこと思いついたよ。今度の日曜日に子どもたちとボードゲームで遊ぶんだけど一緒にやってよ。ちょうどお手伝い欲しかったんだぁ』


 突然のこと過ぎて最初何を言っているのか分からなかった。頼む相手を間違えているわけではなさそうなのはその目を見れば分かった。


 それが冗談だと分かればその場のノリで断ったのに、あんなにキラキラした目で見つめられてはちょっと考えさせてください。の一言しか言えなかった。


 なんできちんと断らなかったんだろ。あんな目に気圧されずにきちんと断っておけばよかったと今更ながら後悔する。


『ピクテルって知ってる?ホントは出題者や制作者、回答者をぐるりと回しながら遊んで得点を競うんだけど。今回は私達で出題、制作して子どもたちに答えてもらおうと思って」


 ピクテルというのはピクトグラムを利用したボードゲームだ。去年の東京オリンピックの開会式でも話題になったピクトグラムが透明なカードに色々な種類が書かれている。ピクトグラムにはバナナだったり炎だったり人や月など。いろんなモノがある。そのカードを重ねてお題を表現し当ててもらえたら得点を得られるゲームだ。当然、思ったとおりに表現できないものも多く、それをどう見立てて表現するかがゲームの鍵だ。


 そしてハルが言いたいのはクイズ形式にして子どもたちに出題して答えてもらうことで全員で盛り上がろうと言うことなのだろう。


 悪くない考えだと思う、子どもたちがわいわいと答えを当てに行く姿が思い浮かぶ。


 あれ?でもそうなると、ハルか俊彰どっちが出題者でどっちが制作者になるんだ。っていやいや。まだ手伝うなんて決めた覚えはない。


 ピロン。


 そんな時、ポケットでスマホが鳴った。画面を見てぎょっとする。ハルからだった。半ば無理やり交換したLINEのスタンプだ。ミープルがまだ?と吹き出しに囲まれたセリフを喋っているやつだ。


 まだ検討中です。


 そう返してからやっぱりなんでちゃんと断れないんだろうとしばらくの間、反省した。

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