141.無意識の行動が、私をこの世に押しとどめてくれた。
無意識の行動が、私をこの世に押しとどめてくれた。
全身を貫く痛み、真正面からきたこの痛みは、普通であれば、体に風穴が出来るはず。
だけど、無意識のうちに、ほんの少しだけ後退したお蔭で、風穴が出来ることは阻止できた。
「おしいな」
広場の隅まで吹き飛ばされた私。
即座に起き上がるが、口の中は鉄の味。
プッと気色悪い液体を吐き出せば、どす黒く汚れた血が吐き出された。
「こ…の…」
雲一つない夜空を、無数の花火が彩っている。
その明かりが、広場を照らす中、私は鬼沙を睨みつけて歯を食いしばった。
このまま追撃が来たのなら、成す術もなくやられてしまう。
でも、鬼沙は私を見据えてニヤニヤするだけ。
気が抜ければ、そのまま崩れ落ちそうな中。
震える足で体をなんとか支えて、懐から取り出した"黄紙の呪符"を体に貼り付ける。
「しぶといな」
「ハッ…」
モトが私の傍に寄ってきた。
治癒用の呪符を手にした彼を、手で制して止めると、ニヤリとした顔をモトに向ける。
「大丈夫さ」
「おいおい」
体に入り込んだ呪符が、痛みを一気に消していった。
そのまま刀を構えなおすと、こちらの様子を伺ってくる鬼沙の方へ足を踏み出す。
広場の草原の上、僅かだが、低空を真っ直ぐ突き抜けた。
さっきよりも1段階速い速度。
揺れて歪む視界、ハッキリとピントが合っているのは、迎え撃つ鬼沙の姿。
一閃。
普段よりもワンテンポ早い所で刀を振るう。
同時に急停止。
チッと鬼沙の胸元、上質なスーツ越しに肌を薄く斬り裂いた。
「騙されたな」
勢いそのままに来るであろうと踏んでいたのだろう。
反応が一瞬遅れた鬼沙は、見事フェイントみたいな動きに引っ掛かってくれる。
余裕そうな表情が、一瞬のうちに真っ赤に茹で上がった。
「この!」
踏み出された足。
広場を再び大きく揺らす。
すぐに地面を蹴飛ばして、僅かに宙へ浮けば関係ない。
それに…
「もう一人いるんだよ?」
私だけを見て目を血走らせた単純脳細胞に煽りを一言。
ハッとした鬼沙の顔、斜め後ろ、死角から姿を見せたのは、妖力がまた増えたモトの姿。
一閃。
モトの刀が鬼沙の右腕を捉えた。
一刀両断とまではいかなかったが。
「クソッ!」
手前に私、斜め後ろにモト。
躱すとなれば、一番遠い所。
鬼沙の動きが、手に取るように分かる。
花火が照らす広場、鬼沙の腕から噴き出た血をかいくぐって、前へと足を踏み出した。
一瞬のうちに、左右の視界が混ざり合う。
そして、刀を振るった。
ヒュッと風を斬り裂く音を纏わせて。
1発で決めようとはせずに、軽く、何度も何度も斬り刻む。
「畜生が!」
斬り刻むのは、鬼沙じゃない。
猛攻の合間に、鬼沙は真っ赤に血走らせた目をこちらに向けた。
そのまま、刃の合間をかいくぐって拳を一発。
重い一撃。
鳩尾のすぐ横を貫いた。
淀んだ空気と共に、血を吐き出して飛ばされる。
だけど、吹き飛ぶほどじゃない。
せいぜい、2,3歩よろけるだけ。
「ァハハ!ハッ…!らしくもねぇ手品は、もう使えねぇな!」
体制を整えて、間合いの開いた鬼沙の姿を見て叫ぶ。
彼の羽織っていた黒いスーツは、ボロボロだ。
黒い布に交じって、内側に仕込まれていた呪符がハラハラと広場に散っていく。
その様を見て、私の頭は、何か良からぬことを思い描いていた。
「呪符の持ち球はもうゼロだ。連中が使ってた、青い光ももう出せないよな?」
スーツを脱ぎ捨てて、血が滲んだ白いYシャツを晒した鬼沙にそう言うと、彼は何も答えなかった。
ほんの少しだけ、呼吸を荒くした程度で、まだまだ余裕は崩れ切っていない。
「舐めやがって、敢えて斬り捨てなかったな」
「さぁ、どうだか。私を殺そうともしない鬼に言われてもね」
「…ふざけやがってぇ!」
刹那。
鬼沙の輪郭が今まで以上にブレた。
それに合わせて地面を蹴飛ばす。
さっきまで私が居た所へ、鬼沙の拳が突き抜けた。
風を切る音が、今まで以上に大きくなる。
「本気になった!さぁ、やれよ!」
鬼沙の中で何かが切れた様だが、私はとっくに感情が振り切れている。
外した様を見て笑うと、鬼沙は何も言わずにこちらを向いた。
再び一撃。
今度は躱しきれずに、腕の無い右肩を貫く。
痛みに顔を歪める間に、もう一発。
胸を貫き、勢いそのままに、右頬を拳が突き抜けていく。
一瞬のうちに、意識が何処かへ吹き飛んで戻ってくる。
ボロボロの体、歪んだ顔で、精一杯の笑みを鬼沙に向けた。
「殺せよ。やれるもんならなぁ!」
まだ、私は沈まない。
鬼沙からの猛攻も止まらないが、半分ほど躱して、もう半分は真面に食らう。
段々と体中の力が抜けてきた。
だけど、それでいい…そのまま…
鬼沙の一撃を真面に腹へ食らって宙に浮く。
刹那、私の視界に何か、鬼沙以外の影が映り込んだ。
「邪魔しやがって。テメェから先に消してやらぁ!」
「モト…!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます