天命

 ──サイファの動きが変わった。


 ぜいぜいと息を上げるカレルに回復魔法をかけながら、視界の隅にいるサイファに意識を向ける。


 彼女は二人で行動する際は、基本的に回避盾と呼ばれる行動をとる。

 敵の注目を自身に集中させるために、挑発行動をとりながらも、単独での殲滅よりは攻撃をかわしながらの攪乱に注力する。

 今回の相手はレベル差が大きい。

 ゆえに全力攻撃など、もとよりできるはずもないのは確かだが、それでも序盤はMOBの意識を自分に向けさせるために、倒さない程度にはダメージを与え続けてはいた。


 だが今、目の前で行われている戦いはどうだろうか。

 挑発的な行動を多くとってはいるが、動き自体はソロでの戦いのそれだ。


 ただし全ての攻撃がモーションだけにとどまっている。

 それはまるでカレルに戦い方を見せているように思えた。


 超至近距離での戦闘はこうやるんだ。と。


 リディス的には穏やかではない。

 モーションのみで与ダメージがない以上、遠からずタゲが剥がれて、ゴーレムがカレルに向かうことが容易く想像できるからだ。


「とはいえ、まぁ、やっぱり剣は向いてないもんなぁ」


 昨夜の話を思い出しながら、リディスがぼそりとつぶやいた。

 ひとつ深くため息をつくと一瞬サイファに恨みがましい目を向け、現在のバフが切れた時点でかける、新たなバフの構成をはじめた。





 サイファはリディスがため息をつくのを横目で見ながら、心の中で手をあわせる。


 リディスとの打ち合わせがあったわけではない。

 打ち合わせなどしたら反対されるに決まっているからだ。


 サイファのリディスに対する評価はである。


 リディスも出会った頃はもっとアグレッシブな人間だったと思う。

 二人でよく無茶なことをした。ダンジョン探索にしろ討伐にしろ「自分のレベルにあっっているか」よりも「面白そうかどうか」で物事を決めていた。

 いつからかは忘れたが、今はそういう部分がだいぶ減ったように思う。

 確実に、失敗のないように。そういう考えをするようになった。

 それでも必要とあらば。その状況に追い込まれればきちんと応えてくれるのだが。


 どのみちこの戦い方を見せるつもりではあったが、それはもうしばらくカレルの成長具合ををみてからのつもりであった。

「こんな戦い方もあるのだよと」と、カレルに別の道を指し示すために。


 予想に反して初戦からこれをおこなったのは、想像以上にカレルの剣が意固地だったからである。

 昨日あれほど剣を振って、いくらか矯正もしたというのにもう元に戻っている。


「やっぱり剣は向いてないんだなぁ」とリディスと同じ考えが頭をよぎった。


 彼らNPCはそれを認めない。

 努力さえすればプレイヤーとまではいかなくても、誰でも、どんな職でもそれなりにはなれると信じている。

 鍛錬さえかかさなければ。日々精進さえすれば、と。


 だがスキル構成に制限の無いプレイヤーと違い、スキル配分のほとんどが天命によって定められたNPCにプレイヤーのような自由はない。

 人の世にある遺伝や、向き不向きという名の不平等は、この世界でもかわることなく多くの人間を縛り付ける。


 ならば、とサイファは思う。


 これ以上、剣の道を指し示しても、カレルには響かない。

 ともすれば自分の力の無さに戦う意欲をなくしかねない。

 ならば手本を見せよう。と。

 おそらくカレルのスキル構成。──が望む戦い方の。


 ゴーレムの腕をすり抜け普段は行わないような蹴りをみまう。

 当てるわけではない。あくまでフェイントだ。

 本気でなど蹴ったら、その一撃でゴーレムなど吹き飛んでしまう。

 からかわれていると思ったのか、ゴーレムが怒声をあげながら両腕を振り上げる。

 その腕をかわし、カウンターを決めるようにゴーレムの顔を軽くはたく。

 同時に背後から迫る別の個体の接近を後方に向けた後ろ蹴りでいなし、次の瞬間には背後に回り込む。


 それはカレルからしたら信じられない光景である。

 彼が知っているのは騎士の戦い方。あるいは剣士としての振舞いだけだ。

 粗雑と言われようが、結局のところ彼はそれしか知らないのだ。


 正々堂々、正面から敵の攻撃を受け止め、手にした剣で相手を斬る。

 実際には様々な駆け引きもありはするが、カレルが思う騎士の戦いとはそういったものである。

 だが目の前の戦いはどうだろうか。


 素早い動きで敵を翻弄し、懐に飛び込み、次の瞬間には離れ。


 貴族として生まれ育ったカレルにはなじみのないその戦いは、軽戦士や武闘家、格闘家であればよくあるものである。

 だがどうしてこれほどまでに心躍るのだろうか。

 意図する事無く、剣を持っていない左の手が拳をつくる。

 カレルはかぶりを振ると右手の剣を強く握りしめ、サイファの動きに合わせ隙を見せたゴーレムの背後に回り込んだ。

 同時に体重を乗せ、横なぎに剣をふるう。


 ギィン。


 甲高い音をたててまた剣が弾かれる。


 よろけながら何とか体勢を立て直すともう一度剣を振り上げる。


「くそったれがっ!」


 だが渾身の力をこめた再びの一撃は、これまでとは違う音を周囲に響かせた。

 石の肌に弾かれる甲高い音の中に混ざった小さなパキン、と砕けるような音。

 思わずサイファが舌打ちをする。


 剣をはじかれよろけるカレルの前に居たゴーレムに向けてダガーを向ける。

 フェイントではないその一撃。右の打突は衝撃とともにゴーレムの胸部に風穴をあけた。


「下がれ、カレル。その剣はもう──」


 サイファの声に一歩下がりながら自分の剣に目を向ける。

 どこにでもある、ありきたりなブロードソード。

 その中ほどの刃が大きく欠けている。

 それだけではない。欠けたさきから亀裂が走っているのが見える。


 ──剣が折れるのは未熟さゆえだ。


 そう言っていたのはだれだろう。

 剣の師か? 兄か? 父か?


 自分は何をしているのだろうかと思う。


 いい気になって家を出て、自分はやれると剣を握り、

 師や兄のようにはできないにしても、それなりにはやれると思いこみ、冒険者としての華々しい未来を頭の中に描き。


 いきがってみたところで剣一つ満足に扱うこともできない。

 幼い頃からどれだけの時間をこれに費やしたのか。その結果がこれなのか。


 ──おれは、ダメなんじゃないか?


 そう思いながら、放心したように正面の戦いに目を向ける。


 ゴーレムを前に、舞うように戦うサイファの姿。


「あれは何だろうか」と、カレルは思う。


 あれは自分のイメージする剣士とは異なる存在だ。

 あれは騎士ではない。

 騎士と呼ばれる存在とは程遠い、別種のもの。


 なのに何故こうも目を奪われるのか?


 サイファだからか?


 違う。


 あの動き。

 敵を翻弄するあの動き。


 素早く敵の懐にとびこんで、相手が攻撃するよりはやく離脱して。


 あの戦いそのものに目を奪われているのだ。


 だけど少し違う。


 イメージとズレがある。


 ──もっとだ。

 あれは俺のロックじゃねぇ。

 あれはまだ遠すぎる。


 俺ならどうする?


 俺なら──。


 そう思った瞬間、カレルは手にした剣を投げ捨て踏み出した。

 拳を握りしめ、前へ。


 驚くほどに体が軽い。


 そのままカレルは右の拳を突き出す。


 衝撃。


 サイファやリディスから見たらお粗末としかいえない、そのモーションから繰り出された打撃にゴーレムがよろめく。


 剣術を習う過程である程度の投打に関しては教育を受けてはいたが、あくまで騎士目線のそれがカレルの心を動かすことはなかった。

 戦いの主軸はやはり剣であり槍であり、投打に関しては決して洗練されたものではなかったからだ。


 よろめいたゴーレムに目を向けたまま、拳に意識を向け、打撃の後の感触を確かめる。


 覚えがある。

 まだ年齢が二けたに届かない頃に、出かけた先で年上の少年と喧嘩をした。

 相手は父と親交のある貴族の息子。

 20センチ以上身長差があるその少年に、カレルは果敢に挑んだ。


 相手の頬に自分の拳が当たった時の感触を覚えている。

 自分より大きなその少年は簡単に吹き飛び大泣きしていた。

 もっとも、自身も鍛えていない拳にダメージを受け、さらには争いの事実を知った父からは謹慎を命じられと、散々な思いをしたのだが。


 思えば力任せに剣を振り始めたのもそのころからだったような気がする。


 剣技は未熟でも、力なら。


 カレルは笑った。

 不敵に。不遜に。





「あーあ」


 リディスがつぶやく。


「あれ、痛いよね」

「痛いね、きっと」

「うわ、血が出てる」

「骨までいった?」

「いったかもねー」

「やだなぁ。夢中になって気が付いてない系?」

「いたいいたい。それがいたい」


 いつの間にかリディスの横に立つサイファが、苦笑いをしながらカレルを指さした。

 カレルはサイファの指さす場所に視線を向ける。


 そこに自分の手があった。

 血にまみれ、おかしな方向に曲がった指のついた手が。


 アームガードを装備しているとはいえ手の甲までの防具である。もとより何かを殴るようには出来ていない。

 そのうえでスキルもなく、鍛えてもいない拳でゴツゴツとした石の塊を殴ったのだ。それも全力で。

 当然と言えば当然の結果ではある。


「なんていうか。もうね。馬鹿じゃないかと」


「疑問形は止めてあげて。違うのよ。馬鹿なの。クエスチョンマークはいらないの」


 理解と同時に激痛が走る。

 思わずカレルは片膝をつき、声もなくもがいた。

 痛みの中で「こんなことをしている場合じゃない」。そんな考えが浮かぶ。

 まだ戦闘は継続中なのだ。いかにサイファが抑えていようと今自分が殴ったゴーレムの意識が自身に向いていないとはかぎらない。

 カレルは痛みに耐えながらなおも立ち上がろうとした。


 同時に響く轟音。


 間髪をおかず目の前でいくつもの火柱があがる。

 あれほど苦労した相手が、なすすべもなく跡形もなく焼き尽くされる光景を、カレルは痛めた右手をおさえながら呆然と見つめた。


「まぁ、最後の一発はそれなりかな? 感触はどうだった?」


「…」


 無言のカレルにサイファは眉を寄せた。


「なに?」


「いや、魔法の威力低下なんか意味ねえってのは聞いてたけどよ…」


 その疑問にサイファが笑った。


「聞くのと見るのとじゃ大違いだったって感じ?」


 ケラケラと笑うサイファに続きリディスが手を差し出した。


「まぁとりあえず痛いでしょ? 傷口みせて」


 言われて差し出されたカレルの手に、リディスがそっと手をかざす。

 淡い光が灯るのと同時に痛みが引いてくのを感じながら、カレルは目の前の少女の顔を見た。

 サイファと等しく美しい顔だとカレルは思う。

 カレルは何故かその笑みに、サイファのような女性的な美しさとは違う何かを感じた。


「ただね、傷くらいならすぐ治せるけど、部位欠損とかあんまり酷いのはあたしじゃ治せないから──って、なに?」


「いや、なんでもねぇ」


「おやー? 惚れた? カレルちゃん」


「ちげーし。悪ぃけど俺こんなチンチクリンに興味ねぇし」


 サイファの揶揄する声にカレルは激高することもなく低いトーンで答えた。


「けっ。こいつも乳か。これがいいのか!」


 リディスはそう言いながら素早くサイファの背後に回り込み、彼女の胸を両手で下から持ち上げた。


「おまっ、ちょっ。それはー」


 慌てながら頬を赤く染め、目を覆うカレルに見せつけるように、リディスはサイファの胸をもてあそぶ。

 一方のサイファはひとつため息をつくとリディスの両手を引きはがすと、彼女の頭を軽く小突いた。


「はいはい。遊んでないで。アンタも何赤くなってんの」


「ふふん。思春期だね、少年」


「うるせぇ、このツルペタがっ!」


「指の隙間からサイファのおっぱいじーっと見てたクセに」


「っ──」


 真っ赤になりながら言葉をなくすカレルを横目に、サイファは再びリディスの頭を軽く叩いた。


「ホームルームの時間は終わり。このまま4階まで行って、そこにしばらく籠るからね」


「4階?」


 首をかしげるカレルにサイファはニヤリと笑った。


「剣士でいくなら低層で剣筋とかをみっちり仕込むつもりだったんだけどね」


 そういうとサイファはカレルに一組の、拳の部分に金属板のはめ込まれた革製のグローブセスタスを放り投げた。


「そいつはやるよ。剣よりそっちのが向いてるんだろ?」


 カレルはそのグローブを無言で見つめた。

 セスタスは騎士向きの武装ではない。剣と共にあったこれまの人生では触ることすらなかった装備である。

 カレルはそれを両の腕に装備すると、感触を確かめるように右の拳で左の手のひらを打ち付けた。


 パン。と乾いた音があたりにこだまする。


 満更でもない。


 そういわんばかりの笑みが口元に浮かぶ。


 カレルのその表情を確認すると、二人はホールの奥にある階上へと伸びる螺旋階段へと向かった。


「がんばれ。少年」


 肩越しにかけられたサイファの言葉に小さくうなずくと、カレルは二人の後を追う。


 一瞬、投げ捨てられたままの折れたブロードソードに目を向ける。

 ついさっきまで自身の一部でもあった存在。


 拳にはめたセスタスに力を籠めると、カレルはその視線を再びサイファ達に向けた。


 二人を追う足取りは軽い。


 呪縛は、既に解かれたのだ。

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