赤竜の塔

 ヘイブンには塔と呼ばれる遺跡が二つ存在する。

 一つは主に魔法を主な攻撃の手段とする者たちの為に作られた黒竜の塔。

 もう一つは物理系攻撃者の為の赤竜の塔である。

 かつて訪れた多くの新規プレイヤー達は、この遺跡の探索を可能とするまでに延べで20時間程度のプレイ時間を必要とした。


 カレルは冒険者としてこの地に赴いてまだ二日目。

 前日におこなったダンジョンでの探索5時間程度で、この地を訪れたことになる。


 内容の濃さは別として、普通に考えればこの短期間で塔に挑むなど自殺行為以外の何物でもないが、ここに限らず高レベルの者が敵性体の的となり育成対象である低レベルの者に攻撃をさせることにより、本来では難しい上位MOBとの戦闘経験を積ませるという手法はゲーム時代から存在した。


 利点としては適正レベルのMOBとの戦闘よりもスキルの上昇値が高い事。

 これは今もゲーム時代も変わらない。

 弱者を相手にするより、正面からではないとはいえ、やはり強者との戦闘で得られるものは多い。


 だが同様にリスクもある。

 相手はMOBである。

 必ずしも盾役のみを攻撃してくれるとは限らず、時にサポート対象の低レベルキャラクターに、その攻撃を向けることもある。

 低いレベルの者が高レベルのMOBの攻撃を受ければどうなるかは想像に容易い。実際その手の事故も多いのだ。


 カレルの傍に居るのは二人のプレイヤーである。

 NPCの冒険者ではない。


 盾役に関していえば、塔のボス程度ではサイファにまともなダメージを与える事すら難しい。サイファに求められるのは完ぺきなヘイトコントロールのみである。

 万が一の場合でも後方にリディスが居る。

 回復や保護はもちろん、塔に出現する程度のMOBであれば、眼前にいるすべてを一瞬で蒸発させることも可能なだけの魔力も持ち合わせている。

 今回に関しては前述の役目を十分にこなせるだけのチームといえるだろう。


 塔に向かう。


 カレルがそれを聞かされたのは朝食の席での事である。


 前日同様の絶望的な表情を浮かべるのかと思いきや、彼はにこやかに笑うと「おもしれぇ」と呟きながら胸元で右の拳と左の掌を合わせた。


 やる気をみせるカレルとその姿を生暖かい目で見つめるサイファに対し、朝からげんなりとした顔をしているのはリディスである。

 回復役のミスは死に直結する。緊張感は前日の比ではない。

 目前にそびえたつ赤い塔を前に、それでも決心したのかリディスは自身の頬を両手でぴしゃりと叩いた。


「お仕事だからね。がんばらないと!」


「そこまで気合入れなくていいって。この辺のMOBが相手ならまず事故らないから」


「やめて、フラグが立ちそうだから」


 言いながらうなだれるリディスと、その肩を叩きながら苦笑いをするサイファの姿を横目に、カレルは目の前にそびえたつ塔を見上げた。


 全高百メートル。外周は二百メートルにも及ぶその塔は、ずんぐりとした形状からか遠目には塔というよりもサイロの様にも見える。


 全面が赤い岩で形成されたその巨大な塔がいつ作られたものなのか、記録には残っていない。

 わかっているのは塔を構成するその赤い岩の壁が、魔法の威力低下をもたらすということと、物理攻撃に弱く、魔法耐性が高い──つまりは前衛や盾職など、物理系の戦士向けなMOBが多く沸く場所であるということのみである。


 冒険者はもちろん、騎士や傭兵の類を目指すものにとってもこの塔はなじみが深いのだと、むかし剣の師に聞いた覚えがある。

 知らずカレルは剣を持つ手に力を込めると、自身を鼓舞するかのように前日とは異なる革鎧の胸を強くたたいた。


「似合うじゃん。プレートメイルよりはよっぱどわ」


「あたし的にはプレートメイルのままでいてほしかったけどなぁ。そっちのが生き残る可能性高いし」


 サイファ続いてリディスがつぶやく。

 本音まじりのその言葉に、カレルは素知らぬ顔を通した。


 ごく普通の服装に革の胸当て、甲までのアームガードと同じく革の脛あて。


 出がけにギルド周辺の防具屋で適当に手に入れた、ごく普通の、いわゆる初心者セットである。

 誰に言われた訳ではないが、軽装の二人と共にあって、守られる側の自分が仰々しい重装備というのは、カレルなりに思うところがあったのだろう。


 前日の戦闘から必要性を見いだせなかったのだろう、今日は盾の装備もない。

 回復役となるリディスからすれば歓迎しかねる選択ではあるが。


「カレル、いい? まだアンタは力が足りない。だから序盤はアタシがタゲをとる。雑魚に等しいアンタにはMOBも注目してこない。安心して攻撃しな。わかった?」


 サイファの言葉にカレルは一瞬ムッとすると反論しようと口を開きかけたが、それは続く彼女の言葉によって遮られた。


「反論はアタシからタゲを奪えるようになってからにしな。それができたらチューしてやるよ」


 ウインクをしながらそう告げると、返事も待たずにサイファはリディスと共に塔の入り口に向かって歩き始めた。

 取り残されたカレルは一つ舌打ちをすると二人を追いかけてゆく。


 三人の進む先、塔の入り口には重厚な観音開きの鉄のドアが取り付けられており、その左右にはフルプレートを着こんだ青銅の兵士像が立っている。

 この彫像はガードと呼ばれるゴーレムであり、万が一MOBが扉を抜けようとすると即座に討伐に動くようになっている。

 塔の魔物の能力を大きく超えるBクラス相当の能力を持つ、いわば安全装置である。


 先頭を行くサイファはその彫像を横目に、鉄の扉に手をかけた。


 ギィィ、という軋み音とともに扉が開く。

 同時に錆びた鉄の匂いと、どこか硫黄のような匂いが三人を包み込んだ。


 建物の内部は外観同様、剥き出しになった赤い石壁で形成されている。

 広さは外からのイメージと大差はない。

 奥行きが50メートルほどのホールの奥側に、壁に沿うようにして上層への階段が螺旋を描いている。

 特に警戒する様子もなく内部に侵入する二人に続き、カレルも中に入る。

 ガリっと、足が何かを踏みつけた。


「──石?」


 見ればそこかしこに砂利が散りばめられている。

 違う。


 砂利だけではない。

 カレルからは視認しづらい位置。前方にいる二人の向こうに、さらに大きコブシ大ほどの石がいくつも転がっていた。

 よく見ようと更に前に出ようと歩を進めると同時に、大きな音を立てて後方の鉄扉が閉まった。


 ビクッとしながらカレルが振り返る。


「おい、閉じ込められたぞ?」


 扉に目を向け、うわずった声で二人に声をかけるが返事はない。

 二人の方に向き直ると、既にサイファはその両の手にリングダガーを握っていた。

 視線の先には壁と同色の赤い岩。


 カレルもようやく理解したのか剣の柄に手をかけた。


「間違っても、あたしの範囲魔法のエリアからは外れないでね」


 振り返ることなくリディスが呟く。

 同時にノーモーションで複数のバフの光が3人を包んだ。


 カレルは頷くと剣を鞘から抜く。


 それを待っていたかのように、カラン、と音を立てて鈍く光る赤い石が浮き上がった。

 ふわりと中空で静止したその赤い石は、自らを核として同じように転がっていた周囲の砂利を吸い上げ人の形をとる。


 一体ではない。


 みれば赤い石は複数浮き上がっている。

 同じように周囲の砂利を吸い上げ、いくつもいくつも形を成してゆく。


「…なんだよ、これ」


「ストーンゴーレム。今日のアンタの朝食だよ」


 口をあけたままのカレルの問いにそう答えると、サイファは両手をクロスさせるようにダガーを構える。


「いくよ」


 言葉と同時にサイファが飛び出す。


 入り口近くに立つ自分たちと、ホールの中央付近にいるゴーレムたちとの間には20メートル以上の距離がある。

 その距離が一瞬で詰まる。


 ──早い。


 昨日は見ることが無かったサイファの動きにカレルは舌を巻いた。

 視認できるゴーレムの数は10体ほど。そのすべてに一撃を入れてゆく。


「カレル、追従して」


 リディスの声に、呆然と状況を見守っていたカレルがあわてて飛び出す。


「サイファの動きをよく見ながら回り込んで。サイファがタゲをとってるうちにきみが倒して」


「けぇぇぇっ!」


 ゴーレムの背後に回り込み、怪鳥のような叫びをあげながらカレルが上段から斬りかかった。


 ガキン。

 という音とともにカレルの剣がゴーレムの岩の躰に弾かれる。


「ちっ」


 腕のしびれに耐えながら、今度は横なぎに剣をふるうが再び弾かれる。


「くそっ!」


 一旦距離をとり、手にした剣を見つめる。

 この剣ではダメなのかという思いが一瞬よぎる。


「斬れんのかよ、これっ!」


「あたりまえ。ここのは初心者用のレッサーなんだから。中身は鎧装備のゴブリンとかわんないよっ!」


「間合いをよく見て。攻撃はどこにどう当てたらいい? 考えな。考えなきゃ先には進めないよ!」


 ゴーレムの攻撃をひらりひらりと躱しながらサイファが声をかける。


 ──ばけもんか?


 ゴーレムに対してではない。

 自分は剣をふるうのに精いっぱいだというのに、涼しい顔で10に及ぶゴーレムの攻撃をいなすサイファに対し、カレルはそう思った。



「くそがっ!」


 吐き捨て、サイファの動きに見惚みとれて動きを止めていた足を動かす。


「うらぁぁぁっ!」


 奇声とともに力任せに剣を振りまわす。

 ギィン、という音をたてて剣がまた弾かれる。


 状況はかわらない。

 痺れる右の手にそれでも力をこめ、カレルは剣をふるう。

 何撃目だろうか。いつもとは異なる衝撃が剣に伝わる。

 偶々入った斬撃は、弾かれることなくサイファの誘導によって核に直撃し、ゴーレムはガラガラと崩れ落ち岩に戻った。


「やっと、一匹目かよ」


 カレルに達成感はない。

 何より自分の弱さが癪に障る。

 たまたま入った一撃でゴーレムが倒れるのなら、それはやはり剣のせいではないということなのだから。


 ──足りないのは自分の腕か。


 その事実にカレルは奥歯を噛みしめる。

 どうしたらいいのか。どうしたらあんなふうに戦えるのか


 ターコイズブルーの髪が揺れる。

 口元に薄い笑みをうかべ、軽やかに、踊るように。

 ゴーレムを翻弄するサイファの動きにカレルの目がまた奪われる。


 綺麗だ。

 そんな思いがよぎる。

 わずかに顔を赤らめかぶりをふる。

 ふと、手にした剣の重さがカレルには疎ましく思えた。

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