ダンジョン

 カレルの持つ剣の切れ味は、けして悪いわけではない。


 もちろんランクの差こそあれど、グラムなどが使う日本刀をモデルとした剣とと比べれば、純粋な切れ味という点で一段落ちるのは否めない。

 が、鈍器ではないのだ。斬撃を見舞った相手の頭部が叩き潰されるほどのなまくらというわけではない。


 単純に、カレルの剣はひたすらに力任せなのだ。

 基礎的な体力が劣っている訳ではない。ひたすらに打ち込みを続けていたこと自体に問題もない。


「だけどねぇ、アンタ突っ込みすぎなのよ。わかる? 何で根本で斬ろうとするわけ? 刃先とか理解してる? バカじゃないの?」


「あ? 近づいてぶった斬りゃいいんだろうが。あんなもんは──いてっ!」


 パシっと音をたててふたたびサイファがカレルの頭を叩いた。


「アンタの師匠の嘆きが聞こえるわ。刃先も理解しないわ、剣筋も無視して斬りながらネジるわコジるわ」


「へっ。剣の先生みてぇなこといってんじゃねぇよ。剣なんざズバッといってドカッとやって、そこから一気に──」


「俺の剣はワイドルドだぜ。てか? このクソガキ」


 得意げに答えるカレルを再びサイファが叩いた。

 頭を押さえながら「ち。この暴力女が」と呟くと今度は蹴りが飛んでくる。


 二人のやり取りを見ながら「案外仲がいいなー」と思いつつリディスは背後の山に目を向けた。


 ここは先のダンジョンの最下層。いわゆるボス部屋というものである。

 山となっているのは積み上げられたゴブリンの亡骸である。

 並のサイズのものが5体。ひときわ大きなものが1体。

 頭部や体を叩き潰されているようなものもあれば、きちんと斬られているものもある。


 全てカレルが倒したものだ。


「まぁ、きちんと斬れてるのもあるから、別にこだわってそんな斬り方してるわけでもないんでしょう?」


「うっ」


 リディスの呟きにカレルが硬直した。


「うっ。じゃない。このバカ助。要するに何にも考えないで振り回してるだけってことでしょが」


「くそ。バカバカ言いやがって。ぶっ殺すぞ、クソ女がっ!」


 サイファにそう言い放った瞬間にカレルは空を飛んだ。

 顔ではなく鎧を着こんだ腹部を狙ったのはまがりなりにも依頼対象に対する優しさであろう。

 見事な回し蹴りはカレルを壁まで吹き飛ばし、そのまま彼の意識を奪った。





 三人が初級ダンジョンから引き揚げ、宿泊する宿に戻ったのは陽もだいぶも傾いたころである。

 昼近くから周回を始め、5時間ほど潜っていたことになる。

 その間に斬ったゴブリンの総数は最下層のボス込みで5百を超える。並みの周回速度ではない。

 ヘイブンの初級ダンジョンは通常、丸一日をかけて攻略行う。

 それがNPCであれプレイヤーであれ、初級に向かうレベルの人間に差はないのだ。

 同じく初級、いやそのレベルにも到達していない筈のカレルからしたら、この周回は拷問に等しいものであった。


 カレルの「死ぬ」という声は徐々に小さくなり、最終的には「殺してくれ」という文句にかわる。

 その度に「いいから死んで来い」とサイファに送り出され、虫の息になるとリディスの回復魔法が飛んでくる。

 生殺しと呼ぶにふさわしい時間は延々と続き、カレルから粗暴さを奪っていった。

 いや、奪われたのは生気かもしれないが。


「家でやってた訓練がいかにヌルかったか良く分かった。つか、ゴブリンよりもおれはオメェが怖い」


 最終的にリディスの回復魔法を省略されながらでもダンジョンクリアを可能としたとき、カレルは二人に笑顔でそう告げ、直後にサイファの胴回しによって再び意識を刈り取られることとなった。


 リディスは思う。

「いいかげん学習したらいいのに」と。


 ──口は災いの元──。


 時にそれは命さえ奪うのだ。

 知ったところでカレルではそれを生かすこともないだろうが。


 ともあれ最終的に二人の暖かい指導のもと、決して満足とは言えないまでも、いくらかマシと思える程度まで剣の矯正が行われ、初日の探索を終えることとなった。


 今頃カレルは隣室で死んだように寝ているはずである。

 いびきすらかかず、微動だにせず。




「生きてた?」


 そんなリディスの問いかけに、こっそり隣室の様子を見に行っていたサイファが肩をすくめた。


「辛うじて生きてる感じ? 案外ああいうのはしぶといんだよね」


 そう笑いながらサイファは備え付けのスツールに腰掛けると、手にしたニュースペーパーを広げた。

 カレルの様子を見に行くついでに宿屋の主から受け取ったもので、内容は最近のMOBの動向、分布からゴシップの類まで多岐にわたる。

 ギルドの支所が独自に発行しているもので、冒険者の間では重宝がられているものである。

 サイファはリディスに読む? と問いかけるもリディスは首を横に振り、そのままベッドに倒れこむと薄い枕に顔をうずめた。


 二人が泊まる部屋は別段豪華なもの、というわけではない。

 調度の類も簡易ベッドが二つと、小さなテーブルセットが一つしかない、いわゆる安宿である。

 別にわざわざ安宿を選んだわけではない。

 ここは観光地ではなく、駆け出しの冒険者が多く訪れる街なのだ。

 必然的に高級宿よりはこのような宿に顧客は集まる。

 高級宿は淘汰され、結果的に二人は望むと望まざるとにかかわらず安宿に泊まる羽目になった。

 それでも他の宿よりは値段の高い部類には入るのだが。


「疲れた?」


 そう声をかけながら、サイファはニュースペーパーに向けていた目を、ぐったりしているリディス向けた。


「流石に子守りだしー。油断したら死にそうだしー。似非ヒーラーには難易度高いです」


 顔を上げもせずに答えるリディスにひきつった笑いを浮かべた。

 無理もない。と、サイファは思った。

 元々リディスはウィザードアタッカーである。回復役が本職というわけでもない。

 普段以上に神経をすり減らしているのだろう。


「甘いものでも買ってこ──」

「──太るからい・り・ま・せ・ん」


 かぶせ気味に即答するリディスの目がサイファを睨んだ。


 まだ昼間の事を根に持っているのかと、サイファは苦笑いを浮かべると、思い出したように話題を変えた。


「あー。アレだ。明日は塔に行くよ。あんまり時間かけてもアレだし。早めに形にしちゃおっかなって」


 唐突なサイファの言葉に、思わずリディスが顔を上げる。


「塔ってゴーレムとか蜘蛛がウジャウジャでるとこだっけ? 油断したら死んじゃうんじゃない?」


「早すぎる?」


「んー、サイファがタゲ全受けするとかならいいけど、なんていうか、『急いでる』感じ?」


「まぁ一緒に居るのがアタシらだからね。依頼主も高速レベルアップとか望んでるんじゃないかって思って」


 その点はリディスも同意見なのか「かもねー」と小さく答えた。

 元より何かしらの狙いがあるのだろうと、思ってはいたことである。


 依頼内容にも支払われる報酬にも矛盾はない。

 ただ貴族家の子息、とはいえ出奔する人間の護衛である。

 これが嫡男や上位貴族の者であるならば、プレイヤーを護衛に雇い入れるというのもわからないでもないが、今回のような対象に対し、プレイヤーを用意するのは稀だ。

 普通であればせいぜい熟練者アプリリアンス──Dクラスか、サイラスの様な専門家CクラスあたりのNPCを用意する。

 NPCの達人アデプトと呼ばれるBクラスでも過剰戦力だ。

 それが指導者Aクラスのプレイヤーともなれば求められるものも相応のものになる筈だが、依頼主との契約にその手の付加価値については明文されていない。

 ウォルターにその点について聞いてみても「奥方様の意向です。よほどカレル様が心配なのでしょう」という言葉しか返ってはこなかった。


「過保護なだけって可能性もあるけど、何かしらないと依頼料に見合わないのも確かだもんねー」


「でしょ?」


 サイファの言葉にリディスは考えを巡らせた。

 確かに上位者がともにあるのなら冒険者の促成栽培は可能かもしれないが、それだけが望みだろうか。

 促成栽培だけならNPCの護衛でも充分に可能だ。

 他に何か別の付加価値を求めているのではないかと。


「ふーん。で、あの子強くなれそう? あたしにはよくわかんないけど」


「がんばれば人並みにはなれるかな? 実戦のなかで剣筋とか意識を向ける場所とかを、ちゃんと理解できればだけどね。手首の力も体幹も問題ないし」


、なんだ」


 苦しい笑顔をうかべるリディスに同様の笑顔を返すと、サイファは頭を掻いた。


「そ。ただね。アレは格闘家とか、そっち向きな気がするわ」


「あの間合い?」


 リディスがカレルの立ち回りを思い出して問いかける。

 やたらと間合いを詰めようとする彼の動作は、後衛職の彼女から見ても異質に思えた。

 確かにどちらかと言えば剣で切るよりは、殴りかかろうとしているようにも見える。


「感覚的にあの距離が向いてるんだと思う。リンクさせまくって死ぬほど追い込んでも小さい頃からの蓄積が出てこないし、剣よりはたぶん──」


「やっぱりセンス無いんだ」


 そういいながらリディス溜息をひとつついた。

 サイファもそれに同意なのか、小さくうなずくと持っていたニュースペーパーをテーブルに置き、コップに注がれた水を口に運んだ。


「だからアタシたちみたいなのに話をまわしたってのもあるかもね。育成料コミみたいな。プレイヤーならあんな子にでも道を示せるかもしれないからね」


 サイファの答えに。リディスはうんざりとした表情を浮かべた。


 依頼に厄介ごとはつきものではあるが、その中でも育成のたぐいは特に面倒な部類に入る。

 彼女たち冒険者はプレイヤーであれNPCであれ所詮は火事場の人間なのだ。

 むしろ力業で解決できるもめごとの方が気が楽といえる。


「プレイヤーを何でも屋だとでも思ってるのかなぁ。世間の皆様は」


「間違ってはいないけどね。NPC彼らからしたらプレイヤーアタシたちがバケモノの類なのは確かだから」


 サイファはそう言うと、ふと真面目な表情で壁を見た。

 その向こうには呑気に眠るカレルの姿がある筈である。


「どのみち今のままじゃ、あの子は生き残れないと思う」


 呟く声は小さく、リディスは思わずサイファの横顔を見つめた。


「この業界、弱者に未来なんてないからね」

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