評議会

 このゲームの舞台となったアストレア大陸には冒険者たちを統括する組織が複数ある。


 一般に冒険者と呼ばれる様々な技能を持った者たちの属する、もっとも汎用性の高い冒険者ギルド。

 魔法に特化し、どちらかといえば学者然とし研究に没頭する魔導士協会。

 厳密にはギルドとは異なるが、神聖魔法の使い手の育成、支援に特化した聖教会。

 鍛冶師や魔道具師など、生産系に特化した者たちによるクラフターズギルド。

 何でも屋的なイメージの強い冒険者ギルドよりも更に戦闘に特化した傭兵ギルド。


 それらの頂点に位置する意思決定機関が、各ギルド下に存在する複数のクランより選抜された代表25人により構成されるギルド評議会である。


 評議会は半年ほど前に各国の王の要請により発足した。

 初代議長には傭兵ギルドのトップであるリガルドが満場一致で選任され、ここまで月に一回の頻度で会議が行われている。

 なによりこの世界においてすべての元プレイヤーたちの力は異常である。

 プレイヤー視点ではそうでもないかもしれないが、野放し状態の彼らの力はNPC達からしたら畏怖の対象でしかない。実際、初期においてはプレイヤーによる犯罪が頻繁に発生し、その度に傭兵ギルドが警察役を買って出る羽目になっていた。


 一見、無頼漢の集まりと思われがちな傭兵ギルドこそ犯罪を起こしそうなものであるが、実際には正しく統率され純粋に軍隊然とした彼らにはそういう面は皆無であり、その流れもあって初代議長にリガルドが選ばれたともいえるのかもしれない。


 そのリガルドを前に、グラムは憮然とした表情で腕を組んでいた。

 厄介事の匂いしかしない。でなければこの男がわざわざ自分たちのクランハウスに出向いてくるはずが無い。むしろ偉そうに呼び出してくるはずである。


 権威としてはリガルドのほうが上なのだ。


「レティシア。きちんと説明しろ。なんでリガルドこいつがここにる?」


「んー何でかなー? 何でだろうねー」


 自分の隣に座り、そしらぬ顔で飄々と答えるレティシアの姿にグラムは溜息をついた。

 こいつの悪い癖だ。こういうところはによく似てやがる、と。


「俺の要件だ。俺が話す」


 グラムの正面に座る大男が、言葉を続けようとするレティシアを制止した。


「つーかお前はこんなトコで何をしてる。今は評議会のトップなんだろ? こんなところで油売ってんじゃねぇよ」


 そう言いながら睥睨するグラムの視線も素知らぬ顔で、リガルドは話し始めた。


「お前も話には聞いているかもしれないが、傭兵ギルドは評議会の指示である依頼を受けている」


「おいっ!」


 グラムの反応が面白かったのか「ぷっ」とレティシアが小さく噴き出す。面白くもなさそうにグラムがそっぽを向いた。

 二人の様子を気にした風もなくリガルドは話をつづける。


「剣神レイド、あのレイドボスの討伐だ。NPCの中でも人型レイド、特にあれはGMが操作してるという噂もあったしな」


 リガルドの言葉にグラムは眉をよせた。


「連絡がつかないGMと違ってクエスト扱いの剣神なら常にそこにいる。もしもGMが背後にいるのなら、会話さえ出来れば何かわかるかもしれん。とはいえ目の前に立てば問答無用で戦いが始まるのだからな。倒さねば話も出来まい」


「何を聞くつもりだ」


「真実を」


「GMが黒幕だとでも思ってんのか?」


「かもしれん。可能性は否定できまい?」


 グラムは頭を抱えた。


「あいつらだって巻き込まれただけだろ? 普通に考えて」


「そうかもしれんがな。俺たちがゲームキャラ俺たちのままで今もあるように、あいつらも未だGMに等しい権限を持ったままなのかもしれん。であれば今起きている事象は奴らがかかわっていると見るのは想像に容易い」


「あぁそう。ご苦労さん。じゃ討伐頑張ってくれ。期待してるぜ」


「すまんな。不甲斐ない話だと思っているよ」


 グラムは片眉を吊り上げた。

 リガルドは身じろぎひとつしない。


「けっ。負けたのかよ」


「残念だ」


「で? 俺に慰めてほしいのか? おっさん。悪いが他をあたってくれ」


黒の旅団ウチのトップを揃えた。一人残らず死を恐れぬつわものだ。異変前ならクリアしたこともある。──結果は惨敗だがな」


「──人の話を聞けよっ!」


 そっぽを向いたまま手をひらひらと振りながらぶっきらぼうに答えるグラムの様子を意に介すこともなく、淡々と話を進めてゆくリガルドにグラムは声を荒げた。

 横を見ると笑いを堪えるようにレティシアが肩を震わせている。

 ふぅ、と、一息吐くとグラムはバリバリと頭を掻き再び座りなおした。

 どうにもリガルドに主導権を握られたまま、遊ばれているような気がする。


「何回挑んだ?」


「5回だ」


「最強、とか言ってなかったか? お前ら」


「耳が痛いな」


「名前が悪いんじゃねぇの? 黒の旅団だと。痛い名前だ」 


 むぅ、と唸るとリガルドは押し黙った。


「剣神レイドはクリア目的なら小規模PTでやる奴だろ? お前らがクリア目的でやるなら負ける相手とも思えねぇが?」


「5回ともハードモードだ」


 グラムが眉をよせる。


「世界変異から状況は変わったのだろう。と見ていい」


 リガルドの言葉にグラムは腕を組み思案した。


 通常、剣神レイドの難易度は挑戦するPTの構成によってイージー、ハードと切り替えられる。

 複数人数で挑んだ場合、HP、耐久力は高いが攻撃力の低いがイージーーモードが適用される。

 攻撃パターンを理解してさえいれば、多少の攻撃をもらってもヒーラー次第で何とかなる。

 とはいえ高レベルPTでなければクリアは難しい。イージーと言ってもハードと比べればの話だ。

 こちらはプログラムで動いていると目される、討伐によってクリアとなる普通の小規模レイドだ。


 逆にソロで挑んだときにのみ発生するのがハードモードだ。

 公式の発表を鵜呑みにするのならHP、耐久力は上位プレイヤークラス。代わりに尋常ではない反応速度と攻撃力をもつ。

 こちらはとなるが、逆にまともに攻撃を喰らえば一発で即死となる。


 そのあまりにも臨機応変、パターン化されていないその動作ゆえにGMが直接操作しているのではないのか? と噂されていた。

 あくまで噂の範疇ではあるが。


「ソロでは挑んだか?」


「ああ、念のため、な。俺が行った」


「結果は?」


「今この場にいて頭を下げている俺に、それを聞くのか?」


 ごもっともだ、と、グラムは肩をすくめる。


 仮にこの世界の有力者を集めてPTを組んでもハードモード相手ではPTがまともに機能するとは思えない。

 一人で臨むのがベスト。複数では枷になるのだ。

 だからこそハードモードしか存在しないと分かった時点でリガルドはソロで挑んだ。

 結果が敗北である以上、残る選択肢はそう多くはない。


 討伐計画自体を中止するか、それとも──


「そうまでして強行する必要があるのか? GMがどんな情報を持っていようが何も変わらないぜ?」


「そうかもしれん。が、それでも」


「それでも?」


諾ううべなう理由がほしい」


「理由なんざ必要ねぇと思うがね。今更どうにもならねぇだろう? ここがゲームの中ならいざしらず」


「万人がそれを納得しているわけではないからな」


「で、無様に敗退したお前らに代わって剣神クエをクリアしてこい、てか?」


「そうだ」


「久しぶりに会った元同僚に、いきなり死ねっつてるようなモンだぜ?」


「最強剣士の言葉とも思えんが」


 リガルドは一拍置くと改めてグラムの目を見た。同時にグラムは目を反らすように天井を見上げ、ゆっくりと腕を組むと溜息をひとつ吐いた。


「誰が最強よ。恥ずかしい。逆に萎えるわ」


 グラムはリガルドのほうを向くこともなくそう答えた。


「それでも現時点で俺が知る限り、お前より強いやつはいない」


「しらねぇよ。くだらねぇ世辞ならいらねぇ」

 

「世辞ではないさ。なぁ、剣聖よ」


 あからさまに拒絶の姿勢を崩さないグラムに動じることもなくリガルドはそう告げると、グラムの横に立てかけられた大太刀に目を向けた。

 グラムが小さく舌打ちをする。


 この世界において、かのクエストの単独クリアを成し遂げた者は3人いる。

 うち2人はおそらくこの世界にはいない。姿を消してからすでに3年以上が経過している。

 残されているのは最後の一人。グラムだけだ。

 そのグラムをしても剣神戦はやりたくないもののひとつだ。

 今一度戦って勝つ自信はあるか?と、聞かれてもやはり首を横に振るだろう。

 一度の勝利など運でしかない。しかもでのことだ。


 敗北自体はどうでもいい。勝負など時の運だ。

 だが何よりもあの死の感覚に馴染めない。


 仮に敗北したとしても、彼らに事実上の死は無い。

 死後はゲームと同じく現世を彷徨い誰かに蘇生してもらうのを待つか、一定時間経過後に強制的に送られる、かつてのログイン画面によく似た世界。通称『隔世かくりょ』へ戻された後に、自力復活するかの2択となる。

 どちらもランダムでのステータスダウン、祝福されたアイテムブレスドアイテム以外のドロップというペナルティ込みだ。


 どちらも痛いことに変わりはない、が、それを回避する方法なら存在する。

 何よりも出来れば隔世へは行きたくない。あれは生者の赴くところではない。

 無へと際限なく引きずり込まれるようなあの感覚は本能的な忌諱感が強い。

 誰も生理的に受け付けない行為を好き好んでは行わない。

 それはグラムも同様だった。


「ソロ討伐でのみ発生する剣神の報酬アイテム。そいつをもつお前だ、闘技会優勝は伊達ではあるまい? 剣聖」


「剣聖はやめろ。厨二くせぇ。大体おまえなぁ──」


「──クランに対する指名依頼だ。エレミヤ王からの。と、言ったらどうする」


 グラムの動きが止まった。


 指名依頼は基本的に個人に対して行われるものであり、クランに対してそれが出されることは稀だ。

 ゲームの頃には無かったシステムであるが、世情がそれを必要とした。

 確実な成功を望む一部貴族からの依頼で動くケースがほとんどではあるが、稀に豪商など一般からの依頼もあった。

 いずれも通常の依頼に対して高額報酬が約束されてはいるが難易度も高く、失敗は即ち名誉の失墜を意味する。


 これが王命──勅命ともなれば条件も破格となる。

 ただし、所属する国家からの依頼、命令である以上拒否はできない。それこそこれがゲームの中であれば拒否もやぶさかではなかったかもしれないが、状況が違うのだ。

 これまでプレイヤー達に勅命や勅令の類が下されたのは一度のみ。

 すなわちギルド評議会の設立命令のみであり、その際に指示に従わなかった場合にと提示された内容。それはすべてのプレイヤーをMOBと同様の人類の敵として、すべての国家はこれに対し総力を挙げて討伐を行う。と、いうものだった。


 エレミヤの王はNPCである。

 それがこのような国や世界の為の依頼ではなく、プレイヤーの事情の為に──もちろん世界変異の影響によるMOBの動向というものもあるのだろうが──王命を発するとは正直思わなかった。


 おそらくはリガルドもこのような依頼が王家から評議会に下されるなど思ってもいなかっただろう。


 レティシアに目を向けると両手を合わせ、拝むようにグラムを見ている。その口が言葉を発することもなく「ごめんねー」と動いていた。


 今回の依頼は個人ではなくクランに対しての物である以上、拒否した場合に不都合を被るのはグラムだけではない。クランの全員がそれを被ることになる。

 グラムは額に手を当て目を閉じると天を仰いだ。


「勅命である。クラン、フロイドローズサブマスター、グラムよ。剣神クエストをクリアの後、情報を持ち帰れ」

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