第28話 魔女の起源と明かされた真実

 フィリアーナの使い魔の黒猫に導かれ、ギースは王都から少し離れた距離にある迷いの森に来ていた。森を抜けて常に濃い霧に包まれた沼地を越えると周囲が突然カラッと晴れ、離れた丘の上に蔦に覆われた古城が姿を見せる。


「まさか、こんな近くに幻魔リブルグルムの古城が隠されていたなんてな。ここにフィーちゃんがいるのか?」

「ナーオ……」


 目の前の黒猫がひと鳴きしたかと思うと目の前に水魔法による望遠レンズが目の前に現出し、品の良いドレスに身を包むフィリアーナの姿が映し出された。


「嘘だろ? これはフィーちゃんが前に使っていた魔法じゃないか。……てか、ずいぶん良い待遇を受けているな」


 最悪の事態も想定していたというのに、メイドにかしずかれながらバルコニーで紅茶を嗜む姿は、ちょっとした姫君のそれだ。助ける必要があるのか疑問に思えてくるほどである。


「急を要する事態にはなっていなそうだし、一度帰ってアルフレッド様に判断を仰ぐとするか」

「ミャウ!」


 ギースの言葉を理解したように水魔法による望遠レンズを解除し、ぴょんと肩に飛び乗る黒猫にギースは苦笑いを浮かべる。


「ははは、帰りは肩に乗せて行けってか? まあ、お前がいないと迷いの森を抜けられないようだし、いくらでも足代わりになってやるよ」


 そうしてギースは踵を返すと、王都に向かって足早に迷いの森を去っていった。


 ◇


 一方その頃、フィリアーナはユリアーナ姫に仕えていた頃のティファリスに姿を変えた幻魔リブルグルムと相対していた。


「それで、どうかしら? ミスティに聞いたと思うけど、姫様には魔王を継いでもらって、魔族を率いて欲しいと考えているのよ」

「その姫様というのがよくわからないわ。私は戦士ブラフォードと魔女サーリアの娘よ?」

「そこからだなんて……どうやら、悠久の魔女は何も告げずにこの世を去ったようね」


 どういうことかと首を傾げる私に、ティファリスさんは額に手を当てて少し考える素振りを見せたあと、驚きの事実を告げる。


「まず大前提として、魔力を持たない人間と魔女の間では子供はできないわ」


 ティファリスさんの説明によると、魔女級の魔力による保護で魔力を帯びない精は卵子に届く前に死滅してしまうらしい。いきなりオシベとメシベの話になって赤面してしまうけど、今はそれより大変なことがあるわ。


「……え? じゃあ、お父さんは私の本当のお父さんじゃないの?」

「いいえ、裏技があるじゃない。私が王都でしたように人間に霊を憑依させる方法が」


 つまり、普通の人間でも魔力を持った霊魂を憑依させれば魔女との間に子供を儲けることができるということかしら。お父さんに魔力を持った霊を憑依させる?

 そこで私は自分が姫様と呼ばれたことや使い魔のジュディの成り立ちといった断片的な情報の欠片ピースを、頭の中のパズルに当て嵌めた。


「まさかジュディをお父さんに憑依させることで、身体はお父さんとお母さん、魔力はお母さんとジュディのそれを受け継いだ……とか?」

「御名答! 私たち魔族は受け継ぐ魔力を重視するから、姫様は前魔王陛下の直系の娘という認識になるのよ!」

「ちょっと待って。あの黒猫のジュディが私の魔力のお父さん!?」


 そうしてジュディのことを連想したところで、ライラの街に着く前にギースさんがオリビエさんをけしかけようとした時にジュディが伝えかけた念話の内容が、フラッシュバックのように蘇る。


『いや、大丈夫だよ。悠久の魔女と普通の人間の間には……』


 子供は出来ないっていうことだったんだわ! つまり、ジュディはこのことを知っていたことになる。

 その事実に気がついた私が顔面を蒼白にしていると、ティファリスさんが嬉しそうな口調で話しかけてきた。


「あら、その様子だとなにか覚えがあるということかしら? そもそも人間の身でありながら強力な魔力を有している者は、過去に有力な魔族との魔力的な縁を持っているものよ」

「つまり、魔導士や魔女は魔族の魂の血縁にあるということなの?」

「そう! あなたは前魔王と悠久の魔女、その両方の魔力を受け継ぐ生粋のサラブレッドというわけよ! さあ、我ら魔族のプリンセスとして鮮烈デビューを果たしましょう!」


 バッと右手を中空に掲げたティファリスさんに、ミスティさんをはじめとした周りに控えるメイドさんたちが揃ってパチパチと拍手を贈ってくる。


「そんなの駄目よ! 私は魔法都市マーシャルに赴いてお母さんみたいな立派な魔女になるって決めていたんだから!」


 ユリアーナ姫に仕えていた姿は芝居だったのか、ずいぶんと雰囲気が変わってしまったティファリスさんに押され気味になりつつも、私は断固として拒否する。すると、ティファリスさんは唇に人差し指を当てて少し考えたあと、ポンと手を叩いて再びプッシュしてくる。


「では魔女試験を受けて合格したらにしましょう。それで問題ないわね」

「それは……そう、なのかしら?」

「そうでしょう! では、早速マーシャルに向けて旅の準備を整えさせるわ」


 確かに魔女になると決めていたものの、その後、店舗経営をするのか冒険者稼業をするのか考え中だったことからすると、魔王が職業でも何ら問題はない……わけないわ!


「やっぱり駄目よ! オリビエさんやミューズさん、それに兵士さんたちにあんな酷いことをするなんて信用できないわ」


 危うく言いくるめられるところだったと額の汗を拭う私に、ティファリスさんがまとう雰囲気を変えて目を細める。


「ふう、できれば穏便に事を進めたかったけど仕方ないわね。こうなったら、姫様には私の傀儡になってもらうわ」

「な、なにを……」


 かざされた右手から放たれる幻惑の魔法に魔力を吸収されていた私は抵抗することができず、ここにきた時のように再び意識が闇に沈んでいった。


 ◇


「アルフレッド様、このタイミングでの代替わりはさすがにどうかと……」


 黒猫の導きでフィリアーナの様子を伺って王都に戻ってきたギースは、聖剣エクスカリバーを手に鍛錬に励んでいるオリビエを見てアルフレッドに苦言を呈する。


「私がオリビエの年齢の頃には既に聖剣を継いでいた。向こうも代替わりしたとはいえ、幻魔リブルグルムを名乗るものを相手に加齢で衰えつつある勇者では話になるまい」


 グローリア家の一族の代替わりは早い。勇者としてピークを迎えるのが二十代であり、時として巨大な力を持つ魔族や竜族を相手にすることを求められるからだ。オリビエは既に十七歳を迎えており、今から十数年が勇者としての力を最大限に発揮できる期間であることに間違いはない。


「それにエクスカリバーは本気で守りたい者がいない限り、グローリア家の人間であろうと主人とは認めない。ミューズはお前に揶揄からかわれただけで、かの娘の事は勘違いだったと言っていたが、そうではないのだろう?」

「……まあ、まだ意識はしていませんがね。しかし、オリビエの毒はもう大丈夫なんですか?」

「エクスカリバーを持った勇者に、毒や幻術の類は効かない。ああして剣を振っているだけで、既に体は絶好調に回復しているはずだ」


 一振り毎に俊敏さを増していくオリビエの剣筋に感心していると、やがてこちらに気がついたのか剣を納めてこちらに向かってくる。


「ギースか。フィーは見つかったのか!?」

「ああ。迷いの森の奥地にある古城にいた。まるで姫君のようにメイドに囲われていたぜ」

「なんだと。酷い目にあっていないのはいいが、どういうことだ?」


 思案に耽る二人を見かねて、アルフレッドが種明かしをしてみせる。


「仕方ないな。こういうことは本人から聞いた方がいいのだが、戦闘時に心の乱れがあっては危険だ。ブラフォードとサーリアの娘についての誕生秘話について話しておくとしよう」


 こうして使い魔の中にいる存在のことと共に、フィリアーナとの間にある使い魔と主人以上の関係について二人は知らされることになった。


「アルフレッド様、ちょっと待ってください。ということは、奴らの狙いは……」

「そうだ。おそらくは、彼女を新たな魔王として祭り上げるつもりでいるのだろう。相手は幻魔リブルグルムであることだし、操られる可能性もある」

「なんてこった! フィーちゃんの魔法が王都に向けられたら大変な事になるぞ!」


 ミューズ様がいるとはいえ、まだ本調子ではないはず。そんなところに、海岸で見せたような魔力消費が少ないと言いつつも強力過ぎる魔法を連打されたら危険極まりない。

 そんな最悪の結末を想像して、ギースとオリビエは強く握った拳を震わせたのだった。

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