第6章 囚われのフィリアーナ

第27話 若き勇者の誕生と囚われの姫君

 王都で発生した動乱がひと段落した頃、オリビエはマリアの献身的な介護もあって再び意識を取り戻していた。


「うっ、ここはどこだ?」

「よかった。目が覚めたか、オリビエ」

「父さん? 僕はいったい……」

「お前は幻魔リブルグルムに襲われて意識を失っていたんだ」


 父さんの言葉に倒れる直前のことを思い出し周りを見まわすと、ベッドの傍らで膝をつき自分の手を握って眠りこけているマリアがいた。父さんの話だと、ユリアーナ姫に付いていたティファリスが幻魔リンドブルムで、マリアは倒れた僕にずっと回復魔法をかけてくれていたという。


「母さんは? 確か城門から城に入ったところまでは一緒にいたはずだけど」


 自分が倒れたというのに心配性の母さんがそばにいないとなると、なにかあったのだろうか。


「ミューズはお前が倒れた不意を突かれて、毒が塗られたナイフで刺されて倒れた。今は別室で静養を取っている」

「なんだって!? ……ぐっ」


 慌てて身を起こそうとするも、激しい頭痛がして再びベッドに寝込んでしまう。


「無理をするな、ミューズはもうだいぶ回復して自分で解毒をかけている。しかし特殊な毒を使われたようで、回復に時間がかかっているようだ」

「よかった……いや、母さんが倒れたというなら結界が張れないはず。王都は大丈夫なのですか!?」

「ミューズが倒れると同時に低級霊に操られたオルブライト公爵一党が蜂起してきたが、ブラフォードとサーリアの娘、フィリアーナちゃんがそのほとんどを鎮圧して残りは私が始末した」


 そう言って曖昧な笑みを向ける父さんに、時折ギースが見せていた何かを隠すときの態度を思い出す。


「……なにか隠しているのですか。なにが起きたか包み隠さず教えてください」

「ふっ、旅で成長したようだな。実は、魔法を大量に使ったところを狙われ連れ去られたと使い魔の猫が知らせてきてな。ギースと共に幻魔リブルグルムの消息を追わせているところだ」

「なんてことだ……俺が不甲斐ないばかりに母さんを危険な目に合わせたばかりか、フィーまで攫われてしまうなんて!」


 自らの失態が引き起こした事態に目を瞑り唇を噛んで両手を硬く握りしめて身を震わせていると、父さんから叱責が飛んで来た。


「そう思うなら、今は体を休めて回復に専念することだ。現在の不安定な情勢下では、父さんは陛下のそばを離れることはできない。つまり、お前しか幻魔を倒してフィリアーナちゃんを救うことはできないんだぞ」

「俺が、幻魔リブルグルムを……?」

「そうだ、覚悟を決めればできるはずだ! お前はグローリア家の嫡子、つまりは次代の勇者なのだから」


 そこで父さんは一度言葉を区切り、僕に向けておもむろに腰に刺した剣を鞘ごと抜いて差し出してきた。


「……このエクスカリバー、そろそろ、お前に託してもいい頃だろう?」


 主人あるじと認めた者以外が手にしたら聖なる炎に身を焼かれるとされる聖剣エクスカリバー。つまり、今ここで勇者を継ぐ覚悟を決めろということだ。


 僕は目を閉じて共に旅をしてきたフィーを思い出す。老夫婦を思いやり心配そうにする顔、楽しそうに料理をする姿、そして髪飾りをつける時に見せた信頼し切った表情と嬉しそうな笑顔を。

 その後、再び目を開いた青い瞳には断固とした覚悟の炎が灯っていた。


「受け取るよ。フィーは必ず僕が助けてみせる!」


 躊躇いもなく伸ばされた右手に、エクスカリバーはいささかの拒否も示すことはなく、ここに若き勇者が誕生した。


 ◇


「……夢みたい」


 天蓋付きのベッドなんて、空想の世界でしか見たことも聞いたこともないわ。


「おはようございます、お目覚めはいかがですか」


 不意に聞こえた声に身を起こすと、メイド服を来た女の子が少し離れた場所でお茶の用意をしていた。


「あなたは……?」

「私は吸魔一族のミスティです。本日から姫様付きのメイドとしてお仕えすることになりました。以後、お見知り置きを」

「姫様? あ、ユリアーナさんに新しく仕えるメイドさんなのね」

「違います。私の目の前におわすフィリアーナ様のメイドでございますわ」


 私はしばらくポカンと口を開けて、次に周りを見渡して自分と目の前の少女しか部屋にいないことを確かめると、再度問いかける。


「私が姫様? 誰かと間違えているんじゃないの?」

「私はそれほど高位の魔族というわけではございませんが、魔王様に連なる方の魔力の波動を間違えるわけがありませんわ」


 魔王というとジュディのことかしら。確かに私とジュディの魔力の波動は使い魔の契約をする前から似通っているけど、だからと言って猫のジュディの娘扱いというのはどういうこと……じゃなくて!


「え! 私、魔族に捕まっちゃったの!?」


 そこで私はようやく城壁で幻魔リブルグルムにより気絶させられたことを思い出した。気がつけば腰の剣や杖もなく、いつの間にか着替えさせられているわ!

 いったい何をされるのかと両手で自分を抱きしめて身を震わせていると、


「まあ姫様ったらそのように怖がらないでください。私どもは姫様に害を及ぼしたりしませんわ。これでも飲んで少し落ち着いてくださいませ」


 差し出された紅茶の芳しい香りに釣られてティーカップに口をつけると、次第にざわついていた心が落ち着いていった。そうだわ。どうにかするつもりなら、こんな部屋にメイドさんを付けてモーニングティを振る舞う理由なんてない。

 そうして恐慌状態を脱したのを見計らうようにして、ミスティさんが声をかけてくる。


「先ほどのお言葉ですが、捕まえるというのは語弊があるかと。どちらかというと、危険な戦場から保護したと聞いております」


 保護したというけれど、気絶させて運び込むのもおかしい。それに、なんとなく不安を感じると思ったら魔力が吸われて上手く魔法を振るえないようだわ。

 そこで、先ほど目の前のメイドさんの自己紹介を思い出す。


「あなたが私の魔力を吸っているの? ずいぶん眠っていたようだけど、魔力がそんなに回復していないわ」

「はい。大変失礼ながら姫様の魔力は巨大ゆえ、先ほどのように取り乱された際に建物を破壊しないようにとの配慮でございます」


 つまり傷つけるつもりはないけれど自由にさせるつもりもないと。いわゆる軟禁状態というわけね。なんの目的もなく連れ出すことはしないだろうし、どういうつもりかしら。


「私を強引に保護してきて、いったい何を企んでいるの?」

「企むなどと。単に姫様に魔王の座を継いでいただこうというだけですわ」

「そうなんだ……って、えぇえええ!?」


 わけもわからず連れ去られたと思ったら、なぜか魔王に祭り上げられようとしていることに気がつき、私は目を大きく見開き再び大口を開けて驚きの声を上げた。


 ◇


 そんなフィリアーナの様子を遠くから見守る小さな獣たちの姿があった。


『やれやれ。危険になったら真名マナを呼べと言ったのに、半ば懐柔されているじゃないか』


 吸魔一族の娘に甲斐甲斐しく世話をされつつ、普通に会話をしているフィリアーナの様子にジュディは小さく溜息をつく。


『それで? なんで君までここに来ているのさ』

『そりゃリブルグルムの奴が抜け駆けしたって聞いて、助けに来てやったんじゃないか』

『その格好でかい?』


 いつぞや見た可愛らしい狼の子供の姿になっている獣王ヴァナルガンドに、ジュディは尻尾を振ってピシピシと叩きつける。


『そりゃちょっとは役得があってもいいかと思ってな。この格好でキューンと鳴けば、大抵の娘は両手を広げて抱き寄せてくれるという寸法だ』


 そう言って顎を反らして誇らしげな態度をとる姿に、ジュディは呆れた声を上げる。


『はぁ……それでいいのかい、ヴァナルガンド。獣王のプライドはどこにいったのさ』

『そんなものは遥か昔に捨て去った! 大体、その格好で言っても説得力無さすぎだぜ』


 白い狼の子供もモフモフしい魅力があるが、それに負けず劣らずの可愛い黒猫の姿をしているじゃないかと真面目に指摘してくるヴァナルガンドに白い目を向けつつ、ジュディは当初の目的に立ち返ることにした。


『まあいいや。ちょうどいい、君はそこでフィーを見守っていてくれ。僕は助っ人を呼んでくる』


 そうしてヒラリと虚空に身を踊らせその場から掻き消えるジュディを見送ると、残されたヴァナルガンドは再び軟禁されたフィリアーナの方に目を向けポツリと呟く。


『磨けば光るとは思っていたが、あと二、三年もすれば大輪の華か』


 ミスティにドレスを着付けられ大鏡の前で長い黒髪を結い上げられるフィリアーナは、今まさに囚われの姫君に相応しい姿へと変貌を遂げようとしていた。

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