第26話 王都動乱
「アッハッハ! こいつは久しぶりの大傑作だぜぇ!」
「ちょっ! やり過ぎよ、ギース! でも、駄目! お姉さん、笑っちゃうわ!」
走り去ったミューズさんに腹を抱えて笑うギースさんとマリアさんを見て、頭を抱えるオリビエさん。
「なんてことをしてくれたんだ! 誤解もいいところだ!」
「どういうことですか? こちらの品は確かにオリビエの瞳と同じ色をしているではありませんか」
「それは露天で勧められたものが偶然、偶々同じ色だっただけで、深い意味はなかったんだ!」
なんのことかと不思議そうな顔をしていると、ジュディが教えてくれた。
『貴族の風習だけど、未婚の女性に自分の瞳と同じ色の宝石がついた髪飾りを贈ることはプロポーズに等しいのさ』
「ええぇえええ! 聞いてないわよ、そんな事! どうして教えてくれなかったのよ!」
『別に二人ともそんなつもりじゃないことは、周りも承知していたからさ。後から気がついて慌てるなんて、実に微笑ましい光景じゃないか』
そう言ってペロペロと前足を舐めて耳を掻くジュディを眺めつつ、私はホーキンスの街での反応や王都に入る前の姫様の反応を思い出していた。まさか、そんな意味で聞かれていたとはカケラも思っていなかったわ!
「どうやら、わたくしの早とちりだったようですね。申し訳ありません」
「いえ、無知でごめんなさい……」
いえ、待って。以前、一瞬見せた残念そうな表情からすると、きっと姫様はオリビエさんに気があるということなの? 王侯貴族の恋愛事情がどうなっているのか知らないけど、王都での揉め事が片付いたら邪魔にならないように一人で旅に出た方がいいかもしれない。
そう考えた私は、魔法都市マーシャルまでの道程も半ばまで来たところで、大きな転換点を迎えようとしていた。
◇
落ち着きを取り戻して再び城門の前に訪れたミューズさんにオリビエさんが事情を説明して誤解を解き、結界の一部を開けて城内へと案内されていた。
「私としたことが飛んだ早とちりをしてしまったけど、まさかブラフォードとサーリアの娘さんだとは思わなかったわ。言われてみればサーリアそっくりだけど、こんなに表情豊かでは一目で気が付かないのも無理ないわ」
「そんなにお母さんと違うのかしら……」
「それはもう! 私がいくら恋バナをしてもウザいって言ってバッサリ斬って捨てられたのを昨日のように覚えているわ」
ミューズさんの話によると、お父さんと結婚する前は悠久の時を生きた魔女らしく冷めた表情をしていたのだとか。魔王討伐の旅を続けるうち体を張ったお父さんの愛情を受け入れ、次第に打ち解けていったらしい。
「私が知っているお母さんはいつも優しく微笑んでいたのに」
「子供ができれば誰でもそうなるわ。私もオリビエが生まれた時には……」
ドサッ……
不意に聞こえた音に振り返ると、オリビエさんが気を失って倒れていた。そばに居たティファリスさんが、倒れたオリビエさんを抱き起こしてどうしたのかと肩を揺らしている。
「オリビエちゃん!? 待っていて、今すぐ回復呪文をかけるから!」
急いで駆け寄ったミューズさんが膝をついて両手で法術を発動しようとしたその時、ティファリスさんの右手にナイフが握られミューズさんを刺し貫いた。
「な、何をしているんだ! ティファリス!」
モーガンさんとギースさんが取り押さえようと急いで駆け寄ったところ、ティファリスさんが尋常ではない勢いで後方に飛び退いた。
「ふふふ、やっと隙を見せてくれたわね。聖女ミューズ」
「……あ、あなたはまさか魔族、なの?」
お腹を抑えながら苦しそうに喘ぐミューズさんに、ティファリスさんははじけるような哄笑の声をあげる。
「ふふふ、そうよ。私はティファリス・リブルグルム、幻魔リブルグルムの後継たる魔族の四天王よ!」
「ば、馬鹿な! そんな気配は微塵も感じなかったのに」
「
そうしている間に気を失ったミューズさんを守るように幻魔リブルグルムの前に立ちはだかり、隙なく剣を構えるギースさんは続けて言い放った。
「チッ、やられたぜ! お前、初めからこうするつもりで俺たちについて来やがったんだな!」
「まあね。そこの坊やに淡い恋心を抱く姫様を誘導して勇者と聖女のウイークポイントを確保しに南下したのだけど、向こうから来てくれた上にこうして結界の中に手引きまでしてくれて助かったわ。じゃあね、お人好しの見習いさんたち!」
そう言って幻魔リブルグルムは幻のようにその姿を消した。
「おい、マリア! オリビエとミューズ様を回復しろ!」
「もうやっているわ! でも、何か特殊な毒を塗っていたみたいで、すぐに全快は無理よ!」
オリビエさんもミューズさんも青白い顔をしてグッタリとしている。命に別状は無いようだけど、しばらく目を覚ましそうにない。
「クッ、となると狙いはひとつか。おい、モーガン! 陛下とアルフレッドの旦那に伝令だ。結界を張れなくなった隙を突いてオルブライト公爵が攻めてくるぞ!」
「そういうことか! わかった、今すぐ伝えてくる!」
その後にポツンと残されたユリアーナ姫は唇を振るわせて独言る。
「そんな、わたくしを利用してオリビエを捕らえようとしていたなんて……ミューズ様が不覚を取ったのはわたくしのせいですわ」
「いや、俺が気がついていればこんなことにならなかったんだ。今思えば、いくらフィーちゃんが強力な魔法を使えても、それで王都に戻ろうとするのはおかしかった」
ギースさんが過去を振り返ってギリっと歯を鳴らし、拳を振るわせる様を見ながらジュディが軽いノリでツッコミを入れる。
『いや、そこは心理誘導されてないと思うけどなぁ。さては姫君に過剰な自責の念を抱かせないように芝居を打っているのかな。デキる男は大変だねぇ』
「もう。そんなこと言ってないで、これから攻めてくる人たちを迎え撃つわよ」
『うーん、フィーが関わることもないんじゃない? 相手は仮にも幻魔の名を継ぐ魔族だ。僕としては、お勧めしないんだけどな』
「一緒に旅をしてきたオリビエさんがあんなふうになっているのに、見捨てられるわけないでしょ!」
いつになく渋る様子を見せていたジュディは、私の決心が固いことを悟ったのか今度は一転して真面目な口調の念話を送ってくる。
『じゃあひとつ約束だ。危なくなったら僕の
「え、あの長ったらしい名前? よくわからないけれど、わかったわ!」
『……やれやれ、僕は心配だよ』
そんなジュディのぼやきは城外から上がった怒号に掻き消され、私は旅の疲れを癒す間もなく王都の動乱に巻き込まれることとなった。
◇
フライで城壁の上に降り立ち城の周りを囲むようにした軍勢を眺めて見たところ、みんな低級霊に憑依された人たちだった。浄化することができないので気絶させることしかできないけれど、かなりの人数で調整が難しそうだった。
「うーん、どうしようかしら」
沈黙させるだけならメイルシュトロームからのサンダー・レインで終了だけど、王都の建物とか商品が駄目になったら弁償できない気がするわ。魔力がかかって仕方ない気がするけど、ここはアナザー・ディメンションで低級霊だけ亜空間に引き剥がして戻す作業を延々と繰り返すしかなさそうね。
「リープ・アナザー・ディメンション」
両手を翳した先に生じた異空間に飲み込まれては吐き出され気絶していく兵士さんたちを見据えながら、私は歯を食いしばる。さすがに万単位でゲートを開くとなると、魔力消費が大きくて大変だわ。
しばらくそうしてゲートを開け閉めして低級霊を処理して回ると、魔力の使い過ぎでフラフラになりながらも集まる兵もまばらになってくる。
『もう大丈夫じゃないかな。ほら、勇者のお出ましだ』
ジュディが指し示す方向を見たところ、勇者特有の魔法剣で集結した軍勢をまとめて吹き飛ばす様が見て取れた。確かに、あれだけ強ければ残党の鎮圧は時間の問題ね。
そう思ってふと緊張を解いたところ、何かの気配がして反射で剣を振るう! しかし手応えなく、気配を感じた方向を見ると私の剣は幻魔リブルグルムの幻影をすり抜けていた。
「あら怖い。ちょっと大人しくしていてくださいね、我らが姫様」
真後ろから聞こえた声に誰の事かと疑問を抱いたところで、首筋に落ちた手刀により私の意識は暗闇の底に沈んでいった。
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