第24話 王都フォンティーヌへの旅路

「そもそも事情が急転したのは今から数週間前の事だった」


 モーガンさんの話では今まで実直に仕えていたオルブライト公爵が豹変し、人が変わったように武力蜂起の動きを見せ始めたという。もっとも、いくら兵を集めても勇者と聖女による結界があれば決定打にはなり得ない。今、王都はそんな危うい均衡のもとで平穏が保たれているという。


「オルブライトの兵と戦うにしても、損害は計り知れないものになるでしょう。そこで、あなたの大魔法の出番というわけです!」


 モーガンさんの説明を締め括るようにビシィと私を指差すユリアーナ姫に、私は思わずビクリとしてしまう。


「大魔法って、そんな大した魔法を使ったかしら」


 口に人差し指を当てて考えるも、海岸線で全力を禁止されてからろくに魔法を使っていない気がするわ。


「なにを言っているのです! 盗賊をわたくしたちもろとも、一網打尽にしたではありませんか!」

「え? あれは中級ま……フガフガ」


 反論しようとした途中でマリアさんに口を抑えられた。要は敵味方とも傷つける事なく大量捕獲すれば、自国の国力を大幅に減じることなく事を済ませることができると言いたいらしい。襲ってくる兵士たちすら、国の兵力の一部と考えなくてはならないところが統治者としての苦労なのだそうだ。


「話はわかったが、アルフレッド様とミューズ様でオルブライト公爵を討ち取ればいいんじゃないか? 相手は魔王じゃないんだ」

「数週間前はまったく正常だったのだ、陛下もそこまで割り切れないだろう。宮廷魔道士によると、何者かに操られている可能性があるらしい」

「それならミューズ様の究極破邪法陣で元に戻せるんじゃない?」

「オルブライト公爵の意思だった場合には効果がなく、力を使い果たした後には結界を張れなくなる。単なる可能性の段階では、陛下を危険に晒すことになる一か八かの方策には側近たちも同意できないだろう」


 ギースさんやマリアさんの提案に丁寧に答えたモーガンさんは、あらためて私の方を向いて頭を下げてきた。


「というわけで、すまないが力を貸して欲しい。謝礼はきちんとする!」

「わかったわ」


 なんだかよくわからないけれど、みんな気絶させてしまえばいいだけだと言うし、盗賊さんを突き出すよりは割のいいお仕事になるはずと淡い期待を抱いて再度王都に向けて出発した。


 ◇


 隠れる必要がなくなったユリアーナ姫は私が浮遊させた杖に乗って悠々とした旅を楽しんでいた。最初は浮いているだけだったけれど、もっと自由自在に飛翔できると知ると、可能な限りの飛行を頼まれた。


「うーん、ちょっとだけだよ?」


 本当に可能な限りだと色々と問題があると思ったので、子供の頃にしたような曲芸飛行をさせる。その途中でモーガンさんやティファリスさんに両脇からガシィと掴まれてやめるように言われたので、ゆっくりと地上に戻すと姫様は大声を張り上げた。


「まさか、わたくしが魔法使いのように自由自在に空を飛ぶ日がやってくるとは思いませんでしたわ! ありがとう、フィリアーナ!」

「……どういたしまして」


 腕に食い込んでいた手のあとが痛い。モーガンさんもティファリスさんも、どんな握力をしているのかしら。私が両腕をさすっていると、マリアさんが近づいてきて回復をかけてくれた。


「気をつけないとダメよ、フィーちゃん。あんな調子でもケープライト王国の第一王女なんだから、擦り傷一つでもつけようものなら大変な目にあうわよ」

「うん、気をつけるわ。もうあってるけど……」


 やっぱり王侯貴族の相手は同じ王侯貴族に相手をさせるに限る。そう思った私はユリアーナ姫からススッと距離を取ると、代わりにオリビエさんを姫様の方向に押しやった。

 そんな様子にギースさんが笑い声を上げる。


「ははは、フィーちゃんでも苦手なものはあったのか」

「それはもう一杯あるわ。ネズミは苦手だし、実は辛いものや苦いものも少し苦手なの。そう言ったものは使い魔が処理すべきなのにジュディも避けて通るのよね」


 そう言って肩に乗るジュディを眺めると、尻尾と毛を逆立てて反論してきた。


『猫に辛いものや苦いものを食べさせようとするのが間違っているよ!』

「じゃあネズミはどうなの? ある物語ではパクッと咥えた姿が描かれていたわ」

『そこらのネズミは病原菌をたくさん保有しているから危ないんだよ。サーリアから教わったろう。ネズミの使い魔を媒介として街に疫病を蔓延らせるのは古典的な技法さ』


 確かに教わったけど、聖女がいる街では自然浄化されるそうだから王都のネズミは安心ということかしら。

 そんなことを考えていたところ、周囲に妙な気配が発生した。


「なんだろう、実体のない魔物?」

『……そうだね。まったく何を考えているのやら』


 極々微弱な気配だから放置しても問題なさそうだけど、心が弱い人間にとりついたら厄介だわ。


「じゃあ消しておくわ。アナザー・ディメンション」


 パチンッ!


「どうしたの? フィーちゃん」


 突然指を鳴らした私に不審に思ったのか、マリアさんが何事か尋ねてくる。


「なんでもないわ。ちょっと悪い霊みたいなものが沸いていたから、異空間に吹き飛ばしただけ」


 光属性で消すのが一番だけど、弱い存在なら異空間に飛ばせば大抵は消滅してくれるし、自力で戻れなければ永遠に閉じ込められたまま帰って来られない。ゲートを開いて閉じるだけの、魔力の消費が少ないエコな魔法よ!

 そうして、時々沸いて出る悪霊のようなものを消滅させながら進むと日が天井に登っていた。


「そろそろ、昼食にするか。例の館を出してもらっていいか?」


 モーガンさんの合図を受けた私は、マジックバックからモーガンさんに指定されて取り込んでいた館を出現させる。ホルスの村から持ってきたものと違って、三階建てで何部屋もある立派な館だった。


「こんな館をポンとテント代わりにするなんて、どんな豪商設定だよと呆れていたが今となっては納得だな」


 ギースさんによると、姫様の別荘としてはこれでも質素な作りだという。どこら辺が質素なのか私には理解できないけれど、従者の人たちも含めてまとめて飲食寝泊まりできるから便利なものよね。


「じゃあ私はホルスの村から持ってきた家で昼食を作るから、一時間後くらいにまたね」


 そう言って手を振って別の場所に向かおうとしたところ、モーガンさんに呼び止められた。


「いやいや、肝心のがいなくては話にならないだろう」

「え、シェフって私のこと!?」


 大きく頷くモーガンさんに、マリアさんが腰に手を当てて呆れた表情をする。


「運搬料だけで調理もさせようと思っていたなんて、酷い商人もいたものだわ」

「もちろん、その分の手当ても弾む。幻の調味料が満載の料理など、たとえ王宮でも難しいのだから」

「おいおい、騎士団長様よぉ。姫様にどこの誰とも知らぬものが作った料理を食べさせようって言うのかぁ?」


 ギースさんが揶揄やゆするようにして言うと、モーガンさんは自信ありげにのたまう。


「幻の調味料を日常的に使用している事が何を意味しているのか分からないとでも思っているのか? そうでなくても、毒味役志願者は沢山いるから心配するな」


 モーガンさんが指し示す先を見ると、商人のふりをしていた従者たちがゾロゾロと物欲しげな顔をして待機していた。


「このニコラス、姫様の為ならば毒味役を喜んで引き受けよう!」

「いや、お前は引っ込んでろ。鋼の胃袋を誇るこのマグナードこそが毒味役に相応しい」

「……ハァハァ、フィーちゃんの手料理なら毒が入っていても構わない」


 最後はおかしな言葉も聞こえた気がするけど、誰一人として自分たちで食事を用意しようとは思っていないようだった。


「アホかぁ! 全員食ったら毒味役じゃなくて、単なる食い意地の張った兵隊どもだろうが! ちっとは自重しろ!」


 こうして私は王都までの四日間の旅の間、偽装商隊全員分の食事を用意することになった。道中、おかわりする毒味役が何処にいるんだとツッコミを入れるギースさんに思わず吹き出してしまったのは、また別の話となる。

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