第23話 カサブランカ商人の正体

 宿に入って夕食を摂ったあと、明日の出立に向けてベッドで横になったところでジュディに当時の事を聞いたところ溜息混じりに話してくれた。


『まったく余計なちょっかいは出すなと言っておいたんだけど困った部下だったよ』


 結界の内に潜んでいた幻魔リブルグルムにより当時の王が害されたことで守りから攻めに転換する機会となったフォンティーヌでの出来事は、悲劇であると同時に人間側の快進撃の始まりだったそうだ。もはや守るだけでは後はないと覚悟を決めた勇者アルフレッドと聖女ミューズは、現在の魔法都市マーシャルの北にある前線に赴き、狂戦士ブラフォードと悠久の魔女サーリアと合流して一気に魔族領へと攻め込み、遂には魔王を倒す事に成功したという。


「なるほどね、文字通り窮鼠と化した人間たちは猫を噛んだわけね!」


 手で口をかたどってジュディをガブリとすると、嫌そうな声で鳴いて涙目で訴えてきた。


『言っておくけど当時は猫じゃないからね! 大体、あの四人のどこがねずみだというのさ。特にサーリアなんか僕と魔力でも技量でも生きた年月すら互角なんだから、一対一サシの勝負じゃないとズルいじゃないか』


 魔王と魔法で互角の存在がいながら、聖女の最高硬度を誇る法術防御を帯びた脳筋勇者の相手をするのは無謀にも程があるという。


「そんなに強いんだ、オリビエのお母さんの法術防御」

『最高神の無敵盾イージスバリアは僕やサーリアの魔法でも貫けないからね。通せるのはフィーの桜竜のような特殊な精神攻撃や浸透勁くらいだけど、聖女の回復魔法で無限に立ち上がってくるんだから僕にとっては不毛な長期戦だったよ』


 当時を思い出して欠伸をして丸くなるジュディ。そんな圧倒的に不利な条件下でも長期戦になるほど粘るなんて、今のジュディの姿からは想像もつかないわ。


「あれ? そういえばお父さんは活躍しなかったの?」

『ブラフォードは僕の手助けをしようとする四天王を一人で相手にしていたよ……フィーがホーキンスで作ったような武器を何本も背負って。彼が鬼神のような働きをして僕の側近を止めてみせたのが一番の計算外だったね。そのせいで僕は尻尾を巻いて逃げることができなかったのさ』

「四人も同時に相手にするなんて、やっぱりお父さんは凄いわ……」


 そう答えながら幼い頃に見た頼もしいお父さんの背中を思い出しつつ、私は微睡の中で眠りに落ちていった。


 ◇


 明くる日の朝、早めの朝食を済ませた私たちは宿を引き払い、王都への旅路についていた。王都の様子が気になるからだそうだけど、賑わいを見せるカサブランカの市場を見て回ることができず残念だわ


「おい、ギース。なんで商人と一緒に王都に行くことになったんだ?」

「フィーちゃんのアレを見て一人も一緒について来ようとしなかったら、逆にカサブランカの商人じゃないだろ」


 カサブランカに来るまでの野営で出したホルスの村の家屋が快適過ぎたのだとか。マジックバックを作ってあげればいいんじゃないかと提案したところ、全員からやめるように言われてしまった。難しいことはわからないけれど、兵站の常識が覆るとか関所をノーチェックで通れてしまうだとか今までの社会秩序が崩壊するからだそうだ。

 おかげで今は裕福な商人さんの別荘……というか館のようなものもマジックバックに入れて運んでいる。


「ギースはんわかってはりますなぁ! いやぁ、ほんま助かりますわぁ。わての商会は重い物も仰山運ばなあきまへんし、なにより、これから冬になろうというのに野営は厳しゅうてたまりませんわ」


 カサブランカの商人であるモーガンさんは、揉み手をしながら西方人の特徴的な訛りをした口調で人懐こそうな笑顔を向けてくる。


「そう思うならフィーちゃんにもっとを支払ったらどうなのかしら」

「わてもこない優秀な魔法使いのお嬢はんと懇意にできるならを勉強させてもろて、ガッチリと専属契約を結びたいところで……」

「フィー、商人と契約を結ぶのは絶対にやめておけ」

「……したが、こうも頑なに断られてはかないしまへん」


 どうもオリビエさんは商人の類を信用していないようで、とりわけ契約に縛られることの危険性をこれでもかと説いてくる。そんな態度にモーガンさんはお手上げという風情で両手を広げて肩をすくめた。


「そんなに悪い人には見えないんだけどな」

『フィーに本性がバレるようじゃ商人としては三流もいいところだよ。そこの聖騎士見習いも、きっと幼い頃にぼったくられたクチじゃないかな。もっとも、今回は別の意味で騙されていそうだけどね』

「別の意味ってどういうこと?」


 ジュディは目線を変えずに前足で器用に後ろの馬車を指して目を細めた。


『この商人の本当の仕事はの運搬じゃないってことさ』


 なんのことかと思って気配を探ると、馬車に二人ほど女性が乗っているのがわかった。若い女の子と、もう一方はマリアさんくらいの年齢かしら。決して広いとはいえないスペースで苦しくないのかと馬車の方を心配そうに見たところ、前を歩くモーガンさんから声がかかった。


「こりゃ驚きましたなぁ。ギースはんはともかくお嬢はんに先に気が付かれるとは、わても……いや、私もヤキがまわったものだ」


 先ほどとは別人のような雰囲気を纏ったモーガンさんが、私に厳しい視線を向けてくる。


「えっと……ごめんなさい?」


 なにか気に触ることでもあったのかと、とりあえず謝ったところモーガンさんからの殺気は薄らいだが、少し遅れて後ろの馬車の気配に気がついたギースさんが、モーガンさんにどういうことか問い質す。


「おい、まさか人身売買の片棒でも担がせようってんじゃないだろうな。を確認させてもらおうか」

「控えよ、それ以上近づいたら容赦はしない……」


 そうして無言で剣を抜き放つ二人の間に、一触即発の冷たい闘気が漂っていた。


「二人ともおやめなさい!」


 そんな二人を止めたのは、馬車から出てきた……お姫様だった。


 ◇


「おいおい、モーガンさんよぉ。なんで、ユリアーナ第一王女殿下をこんなところに引っ張り出してんだよ。第一の意味わかってんのか? 王家を守る立場だろうが!」

「聞いてくれるな。本来は、きな臭い王都に影武者を置いたまま安全な辺境でしばらく避難される予定だったのだ。だというのに、あんな大魔法を姫殿下の御前で披露した貴様らが悪い!」


 魔法を見せたことの何が悪いのかさっぱりわからなかったけど、せっかく王都から避難してきたのに蜻蛉とんぼ返りだなんてせわしないことだわ。


「まあ良いではないですか。真正面から粉砕できる見込みがあるのなら、辺境に避難などしていられませんわ。ねえ、ティファリス」

「はい、姫様のおっしゃる通りです。事ここに至っては、奸臣オルブライトを粉砕して陛下の威光を知らしめるべきかと存じます」


 ユリアーナ姫に仕える近衞騎士のティファリスさんは、お姫様の言うことすべてを鵜呑みにするタイプらしく、ギースさんとモーガンさんは揃って頭を抱えている。


「まったく下手くそな西方訛りを使いやがって。どこの間者かと思っていたら、とんだ疫病神を掴まされちまったぜ」

「本当にね。いつボロを出すかと楽しみにしていたのに姫様とティファリスが出てくるんじゃ、さすがのお姉さんも笑えないわ」


 ギースさんもマリアさんも最初からモーガンさんを怪しいと思っていたけど、今回の騒動の情報が掴めるかもしれないと泳がせていたと言う。


「全然気が付かなかったわ。人の良い商人さんだと思っていたのに」

「僕もだ。まさか栄えある第一騎士団長が、商人に身をやつしていたなんて凄い変装術だ」

「言わないでくれ、その褒め言葉は私に効く……」


 商人の仮面を外して頭を抱えるモーガンさんにマリアさんの声が刺さる。


「それで? フィーちゃんを巻き込むつもりなら状況を話してくれるんでしょうね。エセ商人さん」


 口調とは裏腹に鋭い視線を向けたマリアさんに溜息をつくと、モーガンさんはポツポツと王都での出来事を話していった。

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