第5章 王都動乱

第22話 商業都市カサブランカへの旅路

 ホーキンスの街を出発した私たちは、王都に向けて北西へと歩みを進めていた。


「ねえ、フィーちゃん。教会でシスターになる気はない?」

「ブフッ! な、何言ってるの? 私は光属性に適性がほとんどない魔女見習いなのよ!」

「それはわかっているんだけどね……王都の魑魅魍魎の教会関係者たちに見せてやりたいくらいフィーちゃんの心根が澄んでいるから、お姉さんも駄目で元々と思って口にしてしまうのよ」


 おかしな言い方だわ。それではまるで王都の教会の人たち性根が腐っていると言っているように聞こえるじゃない。


「フィーちゃんがおそらく今考えているだろうことは合っているぞ。もっとも魑魅魍魎なのは教会だけじゃないがな。俺としては王都は最低限の滞在、もしくは、そのまま通過をお勧めするくらいだ」

「でもオリビエさんにとっては久しぶりの実家なんでしょ? それに、お父さんとお母さんと共に旅をしたというご両親に一目でもいいから会ってみたいわ」


 子供の頃、両親が楽しそうに四人での旅を話していたことを覚えている。二人の娘として一言くらいは挨拶もしていきたい。


「フィーちゃんがそこまで言うなら、オリビエの実家にだけは寄ろうか。と言っても、まだまだ先の話なんだがな」


 北西に続く道には約三日先に商業都市カサブランカ、さらに四日ほど先に水の都とも呼ばれる王都フォンティーヌが続いている。そこまで行けば、魔法都市マーシャルまでの旅路の半分まで来たことになるわ。


「ところで、魔獣と遭遇しないんだけどどうしたのかしら」

「ホーキンスからカサブランカを経由してフォンティーヌに至る街道は、ケープライト王国にとって重要な軍事物資の補給線だからね。軍が定期的に魔獣狩りをしているんだよ」


 だから魔獣はそれほど頻繁に出没することはないという。だったら当分は平和な旅路が続くのかと思っていたところ、前方から剣戟の声が聞こえてきた。

 何事かと思って水魔法で望遠レンズを形成して遠方を見てみると、商隊が盗賊に襲われているのが見えた。どうやら魔獣と違って相手次第で隠れてやり過ごすことができる野盗の類は駆逐できていないようだわ。助けてあげたいけど、この距離だと到着するまでに戦闘が終わっていてもおかしくない。


「仕方ないわね。タイダル」

『そんな魔法を使ったら……』

「ウェーブ! 何か言った?」

『……いや、何でもないよ』


 沈黙したジュディをよそに、私は高速で押し寄せた大波が前方の一段を巻き込んだのを望遠レンズで確認すると、今度は右手を掲げて雷撃の槍を形作り一気に解き放つ。


「ライトニング・ジャベリン!」


 遠くにいた一段を巻き込んだ大波の後を追うようにして、高速で飛来した雷撃の槍が着弾したことを確認すると、私は右手をパチンと鳴らして大波を解除した。


「フィーちゃん、突然何をしたんだ?」

「何だか商人の馬車が盗賊の一団に襲われていたから敵味方関係なく気絶させたの」

「そいつは……この場合は正解だな。マリアもいるし問題ないだろ」


 間に合わないくらいなら、全員気絶させてしまえばいい。今度の盗賊は人数が多いから運ぶのは大変そうだけど、あれだけいれば金貨百枚くらいになりそうだわ!


 ◇


 結論から言うと金貨百枚にはならなかった。襲われていた商人さんたちの積荷が水浸しで駄目になってしまった分を補填したら消えてしまったのよ。


「まったく一命を助けられておきながら、フィーちゃんに弁償させて尚且つ護衛までさせるなんて図太い連中だぜ」

「まあいいじゃない、カサブランカの商人らしくて。それよりもフィーちゃんの機転で誰も死なずに済んだことを喜ぶべきだわ」


 そう言ってマリアさんは朗らかな笑みを見せたが、ギースさんはそれとは別の事が気になったようだった。


「そうかもしれんが、なんだかおかしいぞ。こんな団体をのさばらせておくなんて軍の連中は何をしてやがるんだ」


 顎に手をかけて私が吊るして運ぶ百名以上の盗賊さんたちを眺めて、ギースさんは思考に耽った。


「確かに、これだけの人数が潜伏していて気が付かないほど軍は甘くない。となると王都で何かあったのかな」

「あるいは、これから起こるのかもしれない……か。カサブランカに到着したらちょっと情報を漁る必要がありそうだな」


 オリビエさんやギースさんの見立てだと、軍が王都に詰めていないといけない不穏な動きがあるかもしれないという。


「ところでフィーちゃん、そいつらの夜の見張りはどうするんだ?」

「えっと……可哀想だけど土魔法と水魔法で作った池に電撃と火炎を付加した宝石を入れて、ずっと湯船で麻痺していてもらおうと思うわ」


 さすがに一晩中、闇属性の魔法による幻惑や睡眠で対処するには人数が多すぎた。でも、ホーキンスの街で手に入れた宝石を二つ使ってある程度の温度の電撃風呂に入って貰えば、この時期でも風邪はひかないはずよ!


「あらぁ、そんな便利な魔石風呂に浸かって夜を過ごせるなんて盗賊たちも幸せね」

「そうかぁ? すごく似た拷問が教会にあった気がするぞ」

「拷問じゃなくて沸騰した水に浸かって無実を証明するという荒業のことじゃないの?」

「ああ、それだ。ちょっと温度を上げる素振りを見せれば素直に悪事を吐くかもしれないな。商人ども以外に、こいつらからも王都の動向を聞き取りしておくか」


 ギースさんやマリアさんを中心として道中で商人さんや盗賊さんたちから情報を集めた私たちは、ホルスの村から持ってきた住居で野営しながら約三日で商業都市カサブランカに到着した。


 ◇


「ちゃんと収監してくれよ。百名以上の盗賊をここまで運んでくるのは苦労したんだからな」

「苦労したのはフィーちゃんじゃない。あ、これ途中で盗賊から聞き取った内容の写しよ。アジトに行けば、まだ残党が残っているかもしれないわ」


 カサブランカの街の門番さんは、ギースさんやマリアさんとグッタリとしている盗賊さんたちを交互に見て目を白黒とさせていた。


「商人たちの証言がなければ、お前たちだけでこれだけの盗賊を捕縛してきたなんて信じられないところだ」

「しかし常駐しているはずの軍はどうしたんだ? いくらなんでも多すぎだろ」


 それを聞いた門番さんは、最初のうちは言い出しにくそうにしていたけど、ギースさんが何かを懐から渡すと一気に滑舌よく話し始めた。


「それがな、王都でクーデターが起きるという怪情報が流れて軍の連中はみんな王都に戻っていっちまったんだよ」

「そんな情報が事前に流れた時点で失敗だろ。他国が流したガセじゃないのか?」

「そこが不思議なところなんだよ。よほど信頼できる筋の情報なのか、あるいは真実ではないとわかっていても無視できないほど高位の貴族の指示なのかもしれん」


 その後、いくつか情報のやり取りをして盗賊の賞金を受け取り商業都市カサブランカの街中に入った。宿屋に続く道を歩きながら今まで得られた情報からある程度の結論を得たのかギースさんが溜息を漏らす。


「こりゃやばいな。侯爵以上のどこかが本気でクーデターを画策していることを否定できないぜ」

「なぜだ? 常駐させていた軍が王都に戻ったのなら安心だろう」

「その普段はいないはずの常駐軍が、クーデター側の兵に変わったらどうだ?」

「まさか……軍を統括しているのは、実直なオルブライト公爵だぞ。それに父さんと母さんが揃っていたら、有象無象が何人集まったとしても陛下のもとまで刃を届かせるのは至難の業だ」


 勇者と聖女は魔王討伐のせいで攻めが得意だと思われがちだが、実際には最高峰の法術である絶対結界を主体とした堅固な守りが本領なのだとオリビエさんは言う。


『確かにあの二人の結界を正面から破れる可能性があるのは、今のところ僕とフィーのコンビくらいのものさ。でも……それはあくまで正面からの話だよね』

「なによ、ジュディなら力技以外に絶対結界をどうにかできるっていうの?」

『魔王をしていた頃、結界の内側に内通者を送り込んで破綻させることを得意とした配下がいたからね。既に城内に間者を潜り込ませているなら絶対結界といえども楽に破れてしまうのさ』


 そんなこと可能なのかしら。私はジュディが話した事をみんなに話して聞かせると、ギースさんが顔色を変えて呟いた。


「まさか、人間自身の手で、幻魔リブルグルムがなしたフォンティーヌの悲劇を再現しようというのか」


 今後起きるかもしれない悲劇を想像して立ち止まる四人と一匹の間を、秋の終わりを告げる木枯らしが通り抜けていった。

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