第21話 対決、魔法剣!

「おい、あのカカシの色おかしくないか?」

「ああ。藁というより……アダマンタイトの鋼糸で出来てるな」


 壇上に設置されたカカシのあんまりな材質に、会場はブーイングの嵐が巻き起こる。


「あんなのありなの? どう見ても普通のカカシじゃないじゃない!」

『ぷっ! こんなあからさまな不正が罷り通るなんて、人間は本当におかしな連中だよ』


 しかし、そんな特別性のカカシを前にしてもオリビエさんにはいささかの乱れも見られず、今度は霞の構えを取って軽く息を吐いたかと思うと一気に手にした剣を振り下ろした。


 ズッ……ゾン!


「……消えた。壇上の舞台ごと」


 次元斬を付与したルーカスさんの魔法剣は、オリビエさんが振り抜いた剣の軌跡に沿って空間を切り裂き、舞台とその下の大地を深々と抉っていた。当然のことながら軌道上にあったカカシは綺麗さっぱり消滅していたけれど、地面が斬れていれば切れ味を示すには支障ないはずよ!


「よし! ちゃんと斬れたわね!」

『うーん……これはっていうのかなぁ』


 あまりの威力に静まり返った会場で、「これで悪は滅びたのだった」と劇場気分で喜ぶマリアさんの声が響き渡り、みんな一気に我に返ったようで大きな歓声が上がった。


「ふ、ふざけんなぁ! そんな魔法剣があってたまるかぁ!」

「気持ちはわからんでもないが結果は見ての通りだ。残念だったな、ヘンリー」

「いや、これは伝説の剣でお前が作ったんじゃないんだろ! 違うというなら、魔法を付与した魔法使いをここに連れて来てみろ! 同等以上の魔法が使えるはずだ!」

「別に構わんが……おーい! フィーちゃん! ちょっと壇上に上がって、魔法を見せてもらっていいかぁ!」


 こちらに向かって手を振るルーカスさんの先にいる私に、会場中の視線が一気に集中した。なんだか緊張してしまうけど、私はトコトコと観客席から壇上へと上がっていく。


「はあ? こんな子があんな魔法を使えるわけないだろ。苦し紛れの嘘を吐いてもどうにもならないぞ」

「いいから黙って見ていろって、ほら頼むぜ! フィーちゃん!」

「わかったわ。ディメンション・スラッシュ!」


 ズズッ……ゾバァン!


 軽く手を振った先に、先ほどの魔法剣の数倍の太さの断層が大地に深く刻まれる。あまり魔力を込めると街が割れてしまうし、力加減が難しいわ。


「と、いうわけだ。残念だったな、ヘンリー」

「そ、そんな……クソッ! お前さえいなければ!」


 そう言って大会に出した剣を手に私に襲いかかってくるヘンリーさんだったけど、


 キンッ! ……トスッ。


 例によって私は無意識のうちにヘンリーさんの剣を根本から斬り飛ばしていた。やっぱり代わりに渡された剣も中々の逸品ね。


「ごめんなさい、条件反射で大会の剣を駄目にしてしまったわ」

「ば、馬鹿な。俺の剣がこんなにアッサリと斬り飛ばされるなんて……くっ! おい、ベートにバート! こいつらをやっつけろ!」

「ベートにバートって、ひょっとしてこいつらのことか?」


 ドサッドサッ!


 後ろから姿を現したギースさんの下には、猿轡を噛ませて縛り上げられた男たちが呻き声をあげていた。


「ギースさん、どこに行っていたの?」

「念の為にそいつの手下どもを一網打尽にして役人に引き渡していたんだ。悪事は全て吐かせたから、あとはそいつを捕縛して役人に引き渡せば一件落着だな」


 そう言って目を向けるギースさんに、ヘンリーさんはガクリと崩れ落ち今度こそ沈黙したのだった。


 ◇


 ヘンリーさんが連行されたあと、鍛治ギルドの大会はルーカスさんの優勝で幕を閉じた。


「ルーカス! 優勝おめでとう!」

「ミランダ! これでヘンリーのところに嫁に行かずに済むな!」


 壇上に駆け上がったミランダさんと抱き合い喜びを分かち合うルーカスさんを苦々しく見つめながら、ヨーゼフさんは地面に突き刺さったヘンリーさんの剣先の断面を検分して深く溜息をついた。


「ふん、まったく雑な仕事をしやがって……しかし相変わらずいい腕してやがるようだな、トーマス」


 ヨーゼフさんはそばに来たトーマスさんと私が使った剣を交互に見ながら語りかけてきた。


「そりゃありがとよ。今年もお前と勝負が出来ると楽しみにしていたんだが残念だ」

「そうか……馬鹿弟子が迷惑をかけたようで済まなかった」

「いいってことよ。それよりいいのか、愛娘を放っておいて」


 トーマスさんは、壇上で愛を語らい合うルーカスさんとミランダさんを遠目に見ながらヨーゼフさんに目線で合図をする。


「ふん、仕方あるまい。娘の前で鍛治ギルドの大会に優勝するような男になら嫁にくれてやってもいいと言っちまったからな。いささか、代理剣士と付与術師が反則すぎる気もするが、お前の息子なら不足分は遠くない未来に埋めてくれるんだろ?」

「ふっ、もちろんさ。そこんところは保証するぜ。お前の娘の為なら剣でも細工でも本気で取り組む困った奴だからな」


 そう言って固く手を握り合う二人は、共に壇上に立つ幸せそうな息子や娘を見てその表情を緩める。私はその二人の姿を見て、胸にほんのりとした暖かさを抱くのだった。


 ◇


 鍛治ギルドの大会が終わってから一週間、あらかじめ下準備をしてくれていたトーマスさんと弟子が迷惑をかけた謝罪というヨーゼフさんの合作によりドラゴンスケールの鎧が二セット出来上がっていた。トーマスさんの店に受け取りにきた私たちは、美しく装飾された鎧に感嘆の溜息を漏らした。


「これはすごいな……父さんの勇者の鎧に迫る勢いだ」


 ホーキンスの街の二台巨頭とも言える鍛治師の夢の合作は流石の出来栄えで、オリビエさんもギースさんも王都に着くまではドラゴンスケールの鎧を着ていくと言うほど気に入ったようだった。


「しかし、この付与魔法やばくねぇか? 目視できるほどの赤いオーラが出てるんだが、フィーちゃんはいったい何を付与したんだ?」

「氷結無効、火属性吸収、腐食無効、不壊属性、対魔法防御結界、対物理防御結界を付与しただけよ。あとは保温効果もあるから夏は涼しく冬は暖かい優れものなの!」

「はっはっは。嬢ちゃんの付与術を見たらさすがのヨーゼフも、この腕で鍛治ギルドの大会に出たら反則だろうと呆れてやがったぜ!」


 剣と違って鎧は面積があるから資金がある限り宝石を付け放題だった。おかげで楽に複数の効果を付与することができたので、普通の魔法の直撃やドラゴンに踏まれたくらいじゃビクともしないはず。


『……勇者が着ていた鎧よりはだいぶマシだけど、完全に伝説級レジェンダリーじゃないか』

「まさか。でも鍛治ギルドの大会でルーカスさんの剣に付与した次元斬や一定以上の威力の魔法は防ぎ切れないわよ?」


 いくら火属性を吸収すると言っても、ハイドロゲン・コンバージェンス・ブラスターみたいなのは吸収する前に露出部分が瞬間蒸発するだろうし、属性的に厳しい超高圧のウォーター・カッターやダイヤモンド・カッターあたりが直撃すると鎧部分でも安全は保証できない。


『だから次元斬をはじめとしたフィーの……いや、悠久の魔女の特殊魔法はすべて伝説級レジェンダリー以上なのさ。あんな空間を切り裂くような剣をポンと作って悪用されても知らないよ?』

「一日で効果が切れて普通の振動剣になるように細工しておいたから大丈夫よ! あれで斬ると土地にかけられた結界まで切れてしまうからって子供の頃に注意されたからね」


 そう言って私は懐かしさに目を細める。ローレライの街に施されていたのは外部からの監視を遮るだけの簡単な結界だったけど、あの頃は結界を修復するのも一苦労だった。


『しかし真紅の鎧なんて目立つものをよく着る気になるね。あれじゃあ、旅の道中で魔獣に襲ってくれと言っているようなものだけどいいのかい?』

「仕方ないわよ。お父さんも新しい鎧ができた時ははしゃいでいたわ。それに、襲ってきたらお金になるわ!」


 ここから王都への旅路では海岸線よりも安全だというし大したことはないでしょう。むしろ来れば来るほど美味しい。

 そう考えていると、今度はルーカスさんが手入れの終わった私の剣を手にやってきた。


「おう、待たせたな! 鎧は手出し出来なかったが、代わりに剣の手入れは俺が完璧に仕上げておいてやったぞ」


 渡された剣を鞘から抜いてみると鏡のように私の顔が映った。それは昔は毎日見ていた懐かしい姿とも言える。


「ありがとう。うん、お父さんが使っていた頃みたいだわ!」


 私は剣を鞘に収めるとギュッと胸に抱き目を閉じると、懐かしい修行の日々が浮かんでは消えていく。


「今回はありがとうな。嬢ちゃんたちのおかげで俺はミランダと将来を共にできる」


 不意に掛けられた声に目を開けると、そこにはいつか見たような真剣な眼差しをしたルーカスさんがいた。


「ううん。例え私たちがいなかったとしても、ルーカスさんはミランダさんを諦めたりしなかったでしょう?」


 お父さんもライラの街の老紳士も、家族を強く想う時はきっと同じ目をしていた。そんな目ができるルーカスさんなら、どんな困難があっても立ち向かっていったに違いない。今回は少しその手助けをしただけ。

 私がそう告げると、少し驚いた顔をしたあとルーカスさんは自信に満ちた表情で力強く頷いた――


 ◇


 鎧の完成をもってホーキンスの街での用事を済ませた私たちは、トーマスさんの鍛冶屋を後にする。店の出口まで見送りにきたルーカスさんは、少し距離が離れたところで大声を上げた。


「何年かしたらまた寄って行ってくれ! その時にはフィーちゃんの付与術に見合うだけの剣や鎧を作れる鍛治師になっているからよ!」

「うん、修行頑張ってね! ルーカスさん!」


 こうして未来の名鍛治師に別れと再会の約束を済ませた私は、次の目的地にである商業都市カサブランカに想いを馳せ、新たな出会いに心を弾ませるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る