第20話 鍛治ギルド大会の開催
あれから試行錯誤すること一週間、ついに鍛治ギルドが主催する品評大会が開かれた。役目を終えた私は観客席で観ることになったけど、周りから聞こえてくる噂話はもっぱら今年の出場取りやめに関することでもちきりだった。
「おい、ヨーゼフもトーマスも、その他にも主だった鍛治師はみな出場しないってほんとかよ?」
「そうらしいぜ? どいつもこいつも闇討ちにあったって話だが、こうなると今年は若手鍛治師の一番手を決める大会になりそうだな」
「しかし、誰がやったんだ? ここまで主要な連中が出場しなけりゃ優勝しても意味ないだろ」
「それを予想するのが面白いんじゃねぇか。バレたら、タダじゃすまねぇだろうな」
そんな感じの論調で一杯だったので、私は不思議に思って思わず呟く。
「ここで犯人はヘンリーさんですって言えば、それでルーカスさんの目的は達成されるんじゃないかしら」
『ところがそうはならないのが人間の世の中ってものさ。人はやたらと証拠を重視するからね』
ペロペロと毛並みを整えるジュディを膝に乗せつつ壇上を見ていると、ようやく品評会が始まった。まずは普通のカカシや皮鎧の試し斬りから始まるようだ。
「それでは一番、ヨーゼフの弟子ヘンリー! 代理剣士はなんと、Aランク冒険者のロージンだ!」
「おい、あのロージンが試し斬りするって本当かよ!」
「ああ。ヨーゼフ親っさんのところなら頼めないこともないだろうが、出場するのはあの大商店のドラ息子のヘンリーだ。相当、金を積んだんだろうぜ」
周りから上がる歓声からすると、相当有名な冒険者らしい。壇上にいる冒険者は精悍な顔つきを崩さないまま、自然な流れで抜剣しカカシと革鎧を両断した。
「あれ? どうして鉄棒が入っていないのかしら」
「フィーちゃん。普通は試し斬りに金属の棒は入っていないと思うのよ? トーマスさんのところの基準が世の中の平均的なものだと思ったら大間違いなんだからね」
確かに続く参加者はカカシを両断できても革鎧の方は途中で止まったりする人も少なくなかった。場合によってはカカシすらも両断できないこともあり、周りの見物客たちからブーイングが出る。
「おいおい! いくら若手しかいないからって、カカシも斬れない剣で伝統の大会に出ようなんてよく考えたなぁ!」
「そうだそうだ! 一から修行しなおせぇ!」
周りを見回すと、どうにも職人たちが多い気がする。考えてみればそんなに多くの旅人がいるわけじゃないし、ホーキンスの街の住民はほとんど職人だから見る目も肥えているのかもしれない。
「では最後、トーマスの息子ルーカス! 代理剣士はオリビエ!」
「ん? 聞いたことない奴だな。あんな若造を代理剣士に立ててルーカスは大丈夫なのか?」
「さあ。まあ剣の出来に自信があるなら誰でもいいんだろ? お手並み拝見と行こうぜ」
周りの喧騒を他所に、壇上のオリビエさんは落ち着いた佇まいを見せていた。やがてゆっくりと抜剣して八相の構えを取ると、カカシと革鎧を纏めて一刀両断してのけた。
ゴトンッ!
「なんだか、妙に重い音がするわね……って、金属棒が入ってるじゃない!」
コロコロと転がったカカシの断面からは、トーマスさんの試し斬りスペースで見慣れた金属棒が仕込まれていた。
『ああ……どうやら運営を買収してるらしいね。元魔王の僕でも感心してしまうような、清々しいほどの悪党振りだ』
「ええ!? そんなの狡いじゃない!」
『でも、いつも通り斬ってしまったからあの通りさ。笑ってしまうよ』
ジュディが前足を上げて指し示す先には、先日見かけたヘンリーさんが地団駄を踏んでいる姿が見えた。本来はカカシも斬れずに失格となるところを、仕込み金属棒ごと断ち切ったことでルーカスさんの剣がナンバーワンの評価となったことが気に食わないようだった。
「あらあら。これを王都の劇団で上演したら彼は見事なヒール役として助演男優賞を取れそうじゃない」
そう言って手を口に当ててホホホと笑いを立てる様子に、周りの職人気質の観客たちも真相が見えてきたようだ。
「やっぱり、黒幕はヘンリーの野郎だったか。しかし、さっきのはルーカスが鍛えた剣も一流の出来栄えだからこそだろうが、代理剣士も相当な腕前だぞ? 剣先がまるで見えなかった」
「ああ。まるで聖騎士が見せるような構え……って待てよ? まさか、あの代理剣士はオリビエ・フォン・グローリアか!?」
「嘘だろ? ヘンリーが汚ねぇのはいつも通りだが、ルーカスもガチ過ぎだろぉ!」
オリビエさんの正体が周りに知れ渡ってしまったのが聞こえたのか、会場のヘンリーさんとルーカスさんが揉めている様子が観客席にも聞こえてきた。
「汚ねぇぞ、ルーカス! よりにもよってグローリア家を代理剣士に立てるなんて鍛治師の誇りはないのか! 正々堂々と勝負しろ!」
「お前、Aランク冒険者を雇った挙句に運営に手を出して金属棒まで仕込んでおいて、よく鍛治師の誇りとか正々堂々なんて言葉を口に出来るなぁ! 大会で負けてミランダをお前に取られるくらいなら、鍛治師の誇りなんて喜んでドブに捨ててやるぜぇ!」
そんな口汚いやり取りされると、観客も事の成り行きを把握したらしく、会場は一気に盛り上がった。そんな中、近くにいた初老の男性が目を押さえて天を仰ぐ姿が目に映った。
「ほら、お父さん! だからヘンリーは駄目だって言ったじゃない!」
「あの馬鹿、殊勝にも大会に勝ったらミランダを嫁にくれって言うから心を入れ替えたのかと思えば、俺の鍛治師としての面子は丸潰れだぜ……」
「それよりルーカスが優勝したら私たちの仲を認めてちょうだい! お父さんだってわかっているんでしょ? ルーカスの鍛治師の腕が一流だって!」
「そんなことはお前に言われるまでもなく最初からわかってんだよ! でもな、よりにもよって俺の生涯のライバルのトーマスの息子なんて、他にも鍛治師は沢山いるだろ?」
ひょっとして、ヨーゼフさんとミランダさんかしら。親同士の仲が悪くて交際を認められなかったなんて、ルーカスさんは色々と大変だったのね。
そんなことを考えていると、隣のマリアさんの表情も大変なことになっていることに気がついた。
「ああ! 親に反対されながらも逢瀬を重ねて距離を縮める二人! 無理やり婚約を結ばされそうになった悪い弟子を鍛治ギルドの大会で正々堂々と打ち負かして結ばれるなんて、最高の舞台じゃない! お姉さんはとても良い気分だわぁ!」
肩を揺さぶるも夢の国に行ったように陶然としており、マリアさんが我に帰る頃には次の魔法剣としての試し斬りが始められようとしていた。
司会の合図のあと、ヘンリーさんの代理剣士のロージンさんが剣を振うと設置されたカカシが斬り捨てられると同時に燃え上がった。
「えっ、これだけ?」
周りからどよめきが起きるも、私には今の試し斬りのどこに驚く要素があったのかさっぱりわからなかった。
『だから、フィーは普通の魔法使いのレベルを知るべきだって言ってるじゃないか。斬り付けたら相手が焼け死ぬ、人間の作った魔法剣としては十分な出来栄えさ』
「そうなんだ。でも、普通にファイヤー・ボールを打てばいいんじゃない?」
『まあ……あの程度ではそうなるかな。剣は中途半端な属性効果より、単なる不壊効果の方が怖いものさ。フィーの付与はその限りではないけどね』
ジュディの魔法剣の講義を聴いているうちに、壇上でヘンリーさんが勝ち誇る声が聞こえてきた。
「ふっ、どうだルーカス! これがAランク冒険者の魔法使いが付与した魔法剣の威力だ! お前には到底用意できない代物だろう!」
「……」
それに対してルーカスさんは無言を押し通す。ヘンリーさんはそんな様子を見て勝利を確信したのか、フンと鼻を鳴らして壇上を降りていった。
その後、出場者の代理剣士が次々と魔法剣の試し斬りをしていくうちに、ついにルーカスさんの名前が呼ばれオリビエさんが壇上に上がった。
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