第19話 宝石への魔法付与

「あそこよ、ルーカスさんが細工を売っていたのは」


 私が指を刺した先には昨日と同じように露天商を開いていたルーカスさんがいたが、なにやら数人の男たちに囲まれて良からぬ雰囲気を漂わせていた。


「こんなところで細工品の商売とは物好きだな、ルーカス」

「お前には用はないぞ、ヘンリー。買う気がないなら他所に行け」

「まあそう言うな。知り合いのよしみで、良いことを教えてやろうと思ってよ。鍛冶ギルドの大会で優勝できるような男になら、ミランダを嫁にやってもいいって親方が言ってくれたんだぜ」


 ルーカスさんは一瞬だけ息を呑んだ様子を見せたが、すぐに元の調子を取り戻して切り返す。


「ハッ! お前が優勝できるほど鍛治ギルドの大会は甘くはないぜ。お前が出るならヨーゼフさんは出場しないんだろうが、親父にはどう足掻いても勝てないだろ」

「はっはっは! 確かに万全ならお前の親父には勝てないが、どうやら怪我をしたみたいでなぁ! 他の有力な店も、なぜか次々と怪我人を出していて俺の優勝は目前ってわけだ!」

「さてはお前、そこにいる連中を使って闇討ちをしやがったな!? 相変わらず汚ねぇ野郎だ!」

「はっ、なんとでも言え。あとは、お前を潰せば目ぼしい鍛治師は残っていない。せいぜい指を加えてミランダが俺のものになるところを見ているんだな! やれ、お前ら!」


 これはまずいと私が思った時には、すでにオリビエさんとギースさんが飛び出して彼らの間に割って入っていた。


「そうはさせないぜ。ルーカスさんには俺たちの鎧を仕立ててもらう必要があるからな」


 そう言って油断なく剣を構える二人に圧倒的な技量の差を感じ取ったのか、ルーカスさんを囲んでいた不審な男たちは脱兎の如く逃げ出した。ギースさんはそのあまりの逃げっぷりの良さに肩を剣の腹で叩いて軽く溜息をついた。


「おいおい。あまりにも呆気なさ過ぎるだろ……ちょっとは向かってきたらどうなんだ」

「ギース、一般人相手に何を言ってるんだ。ルーカスさん、怪我はないか?」

「おお、昨日の兄ちゃんじゃないか。助けてくれてありがとな。ところで、さっきの鎧を仕立てるってどういうことだ?」


 そこで私やマリアさんも合流すると、先ほどトーマスさんの鍛冶屋に寄って聞いたことを話した。私がつけていた髪飾りを見て笑顔を浮かべていた様子を伝えると、ルーカスさんは照れくさそうに鼻の下を擦る。


「へっ、まったく頑固親父はわかりにくくて仕方ないぜ。助けてくれた礼に俺が代わりにと言いたいところだが、すぐには鎧を仕立てることはできない。奴の優勝を阻止するために、俺はどうしても剣を打たなくてはならなくなった。ミランダをあんな奴に渡すわけにはいかない」


 グッと右手の拳をを固めるルーカスさんの瞳は決意に満ち溢れていた。


「それくらいなら待てるぜ。元々、大会を見物していくつもりだったからな。フィーちゃんの剣の手入れも頼んでいるし、しばらくホーキンスの街に逗留するつもりだから、その後で頼む」

「わかった。じゃあ度々すまないがちょっと親父のところに一緒に来てもらえないか? 聞いての通り数ヶ月ほど家を出ていて帰りにくいんだ」

「はっはっは、お安いご用だ! それに付与魔法師に良い心当たりがあるから紹介してやるよ!」


 そう言って先導するように来た道を引き返すギースさんに、オリビエさんが


「おい、ギース。まさかフィーを紹介するつもりじゃないだろうな? こう言うのはなんだが、フィーの付与魔法で勝負するのは少し卑怯じゃないか?」

「はぁ……頭が硬いな、オリビエ。相手はホーキンスの街の鍛治師を軒並み潰して回るような連中だぞ? どうせ付与術師にも手を回しているに決まっている」


 ギースさんの話では、大会に出す剣は付与魔法無しと有りの二段階で評価するらしい。その際に、脅したり金を積んだりして著名な付与術師に付与魔法を請け負わないように裏工作するくらいは考えてもおかしくないという。


「それに十五歳の女の子が施す付与魔法を大会に出すことのどこが卑怯なんだ。若手魔法使いが精一杯頑張った成果を大会で披露しようというんだ。実に微笑ましいことじゃないか」


 そう言って両手を広げて肩をすくめるギースさんに、マリアさんも賛同する。


「まったくだわ。むしろ正々堂々と正面から悪党を粉砕してやろうというのよ? これほどスカッとする勧善懲悪劇はないと、お姉さんは思うわ」

「そう……なのか? いや、確かにそうだ。なんだか、そこの猫を相手にドラゴンをけしかけるほどに大人気ない気がしていたが、年齢だけ見れば確かにフィーは十五歳の魔法使いだった」


 オリビエさんが納得する過程を聞き及ぶにつけ私は逆に納得いかない感覚が強まっていた。


「なんだか酷い言われようね。付与魔法に関してはそんなに造詣が深いわけじゃないのに」

『まったくだよ。僕がたかがドラゴン相手に苦戦すると思われてるなんて心外さ!』

「……そういう話じゃなかったと思うの」


 ニャーニャーと鳴くジュディを宥めていると、後をついてくるルーカスさんが声をかけてきた。


「そんなに凄い魔法使いだとは思わなかったが、実際、どれくらいの付与ができるんだ?」

「ごめんなさい、ほとんど付与したことないから期待外れかもしれないわ。いくつか試して駄目だったら他の人に頼むのが良いと思うの」

「わかった。とりあえず親父とも相談して決めることにする。今回はミランダのために負けるわけにはいかないからな」


 こうして私は鍛治ギルドの大会に向けて宝石に付与魔法をかけていくことになった。


 ◇


「はい、雷撃の効果を付与してみたから試してみて」

「わかった。本当に軽い効果なんだな」


 私が軽く頷くと、オリビエさんは試し斬りスペースに置かれたカカシに向けて試作の剣を振り下ろした。


 ガドォーン!


 すると雷撃の剣から放たれる閃光がカカシの中に仕込まれた鉄の棒を蒸発させたが、周囲に影響は及さなかった。


「うん、かなり威力が抑えられたわ! これでどうかしら?」

「……いや、対象が消滅してしまったら評価できないから駄目じゃないか?」

「ええ!? でも、真空の刃の効果を付与しても駄目って言ったじゃない」

「あれは無尽蔵に鎌鼬かまいたちを撒き散らすから、観客が危険過ぎるだろう」


 六属性やその発展系を付与するとどうしても範囲効果が強くなってしまい、切れ味に重きをおく鍛治ギルドの大会向けの効果ではなくなってしまうという。


『フィーは時空間魔法が得意なんだから、次元斬を付与すれば良いじゃないか』

「なるほど! それなら文字通りなんでも斬れるだけの剣が出来上がるわね!」


 新たな着想を得た私は、時空間魔法を付与した新しい魔法剣に想いを馳せ、胸を膨らませるのだった。


 ◇


 そんなフィリアーナとオリビエの様子を遠巻きに見ていたトーマスとギースは、次々と繰り出される前代未聞の魔法剣に目を白黒させていた。


「ソード・オブ・ザ・ケープライトに付与した超振動剣も大概だと思っていたが、フィーちゃんの付与術はやばいな。あれが千本あったら、隣国との軍事バランスが崩壊しかねない」

「百本の間違いじゃねぇのか? 最初に全力で付与した属性剣は、光以外のどの属性でも一個大隊が全滅しかねない威力だ」


 あまりの威力故に固有空間の中で発動された獄炎は周囲の桜を焼き尽くし、氷獄はその炎すらも凍りつかせ、風狼は巨大ハリケーンを巻き起こした。あんなものを人が集まる大会で振ったら、周囲の人間はタダではすまない。


「だよなぁ……だというのに、属性魔法は専門外だって言うんだぜ? 笑っちまうだろ。あとは付与効果無しでルーカスさんが勝てるかどうかの問題だな。大丈夫なのか?」

「ふっ、そいつは当日のお楽しみってもんだ! だが、あんな真剣な様子の息子は見たことねぇ。ヨーゼフの弟子がどの程度のものか知らんが、ちょっとやそっとでは負けんだろうよ」


 そうして自信ありげに語るトーマスの顔には、息子への全幅の信頼の色が浮かんでいた。

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