第18話 怪我をした鍛治師

 オリビエさんに連れられてギースさんが待つ宿に向かった。しばらく歩いていると、道の先に色とりどりの外灯に照らされた建物が見えてくる。


「すごい、こんな宿見たことないわ……」


 私は夕暮れの街に幻想的に浮かぶように建つ宿屋に圧倒され、息を呑んで立ち尽くす。


「ここの宿はガラス職人と懇意にしていて、宣伝を兼ねて夕方から夜にかけて各職人の代表作となるランプを外に展示しているんだ。中には王都でも有名な職人の作品もあるらしい」

「確かにこれだけ立派なら、お金持ちでも欲しいランプの一つや二つはありそうね」


 単純に灯りを得るためならライトの魔法で十分な明るさの白光を得ることができるけど、こうした幻想的な輝きを職人が計算して作り込んだガラスを通さずに再現するのは至難の技だ。物語などで魔女が杖を片手にランプを持っている姿が描かれていることを不思議に思っていたけれど、これなら私もお気に入りのランプにライトを掛けて出歩きたくなるかもしれないわ。

 そうして外周に飾られた外灯が映し出す光陰や模様を楽しみながらネイルの宿に入ると、ロビーの脇にある憩いのスペースでギースさんとマリアさんが紅茶を楽しんでいるのが見えた。ギースさんもこちらに気がついたようで、手を振ってあちらに来るように促してくる。


「おお、思ったより時間がかかったんだな。どこか寄り道でも……って、フィーちゃん。その髪飾りはどうしたんだ?」


 私も紅茶を頼もうかと席について周りにいる人たちの様子を見ていたところ、ギースさんは新しくつけた髪飾りを目ざとく見つけて尋ねてきた。


「これは、冒険者ギルドから戻ってくる時に露天商に寄ってオリビエさんにプレゼントだってつけてもらったの」


 私はギースさんとマリアさんに見えるように横を向きながら、青い宝石が持つ保湿効果などを説明した。


「……そいつは予想以上だな。ふーん、へぇ、ほーう。青い宝石の髪飾りかぁ」

「あら、本当! お姉さん、羨ましいわぁ」


 ギースさんとマリアさんは私の髪飾りとオリビエさんとを交互に見つつ、ニヤニヤとしている。そんな様子に何か気がついたことがあったのか、オリビエさんがハッとした表情を浮かべて捲し立てる。


「こ、これはドラゴンの鎧に使う素材は高いから、せめてもの埋め合わせとして贈っただけだ! 妙な誤解をするな!」

「別にそんなこと言わなくてもいいだろ。正直言って想像以上の成果を上げて帰った主の姿に、侍従として初めてオリビエを手放しで褒めてやりたい気分で一杯だったんだ。そんな俺のささやかな夢を壊さないでくれ」


 そう言ってガクリと肩を落としたギースさんの様子に、マリアさんがまあまあとなだめてかかる。


「そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。フィーちゃんやオリビエくんがそんな気の利いたやり取りをできるなんて最初から思っていないでしょう? それより今日は偶然の神のお導きに乾杯といきましょうよ」


 どういうことかと気になったけど、食事が出来上がったと宿の給仕から知らされ食堂に向かううちに髪飾りの件は有耶無耶になった。


 ◇


 ロビーから食堂に移って夕食を取ったあと、食後のデザートを食べながら今後の予定を話し合う。


「とりあえず今日は旅の疲れをとって、明日に鍛治師のところに行ってドラゴンの素材を使った防具の製作を依頼しよう。オーダーメイドだから多少の時間はかかるだろうが、ちょうどこの時期は鍛治ギルドで大会が催されるはずだから退屈はしないはずだぜ」

「大会ってどんなことをするの?」

「目玉となるのはやはり剣の品評会だな。見学する方にとっては試し斬りが華だが、参加する方にとっては街一番の鍛治師を名乗れるチャンスだ。それぞれの店の最高の品が持ち寄られる。細工部門もあるから、女性からも宝飾品の類がみれると評判だ」


 それは確かに楽しみね。そうだ、宝飾といえば魔法付与する宝石も見てみたいんだった。私は腰の剣の柄頭に空いた空洞を見ながら頬に手を当てて考えを巡らせる。


「うーん、この剣に付いていた宝石の代わりになるものは売ってないかしら。適当に汚れを弾いたりするような、ちょっとした保存効果が付与できればいいの」

「それならドラゴンの鱗を使った鎧を注文する時についでに頼めばいい。そいつは宝石が付いていなくても良い剣であることに変わりはないし、手入れもしてもらったらどうだ?」

「そうね。鍛治師さんに会ったことはあまりないから、色々と教えてもらいたいわ」

「ああ、まかせろ。まあ、明日行く予定の鍛冶屋はこの街でも一、二位を争う店だから心配はいらないと思うがな」


 それを聞いた私は、先ほど街一番の鍛治師を決める大会が近いことを思い出す。


「あれ? でも今は鍛治ギルドが主催する大会に向けて忙しくしているんじゃないの?」

「大丈夫だろ。あそこの親方は年季が入っているから、大会に出品する剣は既に打ち終えているはずだ」

「それなら安心ね。明日が楽しみだわ!」


 こうして明日の予定を話し終えた私たちは、その日は揃って早めにとこいたのだった。


 ◇


「なんだって!? 仕事を受けられないってどういことだ。トーマスの親っさん!」

「すまねぇ、少し腕を怪我しちまってよ。回復をかけてもらったものの、一ヶ月は大事を取るように言われちまってな」

「そうなのか。マリア、ちょっと親方の腕を見てみてくれるか?」


 ギースさんに促されてトーマスさんの腕を診断すると、マリアさんは首を横に振った。


「まだ骨が完全じゃないわね、あまり無理しない方が良いわ。職人が骨折なんてしちゃ駄目よ?」

「面目ねぇ。ちょっと酒を引っ掛けて帰ったら途中で妙な連中に襲われちまってな」

「そうか……ん? だが親方には息子さんがいるだろ。確か、ルーカスさんもなかなかの腕前だったはずだ」

「息子の奴は最近は細工に夢中だ。しかも、その理由がよりにもよってライバルのヨーゼフのところの娘のミランダを口説くためだってんだから、つい怒鳴って追い出しちまった。しばらくしたら戻ってくるとは思うが、今はどこにほっつき歩いているんだか……」


 そう言って頭を掻くトーマスさんだったけど、私は親方の息子さんの名前に心当たりがあった。


「ひょっとして、この髪飾りを露天で売っていた人かしら」

「ああ、そういえばルーカスって名乗っていたな」


 私とオリビエさんの会話に、トーマスさんが私の髪飾りを見て目を見張る。


「おお、こいつは確かにルーカスの作品だ。数ヶ月しか経っていない割に良くできてるじゃねぇか」


 怒鳴ったって言ってたのに、ルーカスさんの作品を見て嬉しそうにしているトーマスさんを不思議に思って私は首を傾げた。


「あれ? 親方さんは息子さんが細工品を作るのは反対じゃなかったの?」

「いや、細工も立派な鍛治仕事であることに変わりねぇからな。本腰入れてやるなら文句はないが、理由が不純で仕事を舐めてるのかと思わず怒鳴っちまっただけだ。それに、細工も出来た方が剣の意匠も凝って作れるからな」


 そう言って髪飾りから目を離したトーマスさんは満足そうな笑みを浮かべていた。


「そうなんだ。そういえば、この剣も宝石が付いていたものね」

「……おい、嬢ちゃん。そいつはもしかして、ソード・オブ・ザ・ケープライトじゃねぇか?」

「そうよ。よくわかったわね。お父さんの形見の品なの」

「一人前の鍛治師で、その紋章を見て気が付かない奴はいねぇ。そうか、親の形見か……ん? そこに付いているはずの翠玉はどうした」


 トーマスさんが指を刺す先は、ギースさんにも指摘された王家の紋章が彫られた柄頭の部分の空洞だった。


「ちょっと生活費に困っていた時期があって売ってしまったの。今日はドラゴンの素材を使った鎧の他に、この剣の手入れや代わりの宝石も頼みに来たのよ」

「売った!? 嬢ちゃん……悪いが翠玉の代わりは簡単には見つからねぇなぁ」

「別に前みたいなものじゃなくて、とりあえず埋めておく程度のものでいいの。ちょっと保護用の付与魔法を付加するだけだから」

「それなら、ペリドットはどうだ。サファイアより安価に大粒のものが入手できて付与特性もそれほど見劣りしないはずだ。これなら金貨十枚で譲れるぜ」


 私は渡された宝石に魔力を当てて、付与できそうな魔法効果を推し測ると想像以上の容量に思わず声を上げた。


「凄い、思っていたよりずっと高い効果を付与できそうだわ!」

「は? その剣を腰に刺していながら、嬢ちゃんは剣士じゃないのか」

「本職は魔法使いよ。剣も使うけど護身用ね。はい、金貨十枚」


 私はトーマスさんに宝石の代金を渡すと、その場で宝石に魔力を込めてペリドットをゼリー状にして剣の柄頭に嵌め込んだ。その後、汚れを弾くのに最適な効果を付与する。


「翠玉より簡単に柔らかくなって楽チンだったわ」

「そんな簡単に適合処理できるような代物じゃないんだがなぁ。てか汚れを弾くだけにしてはずいぶん光輝いているが、どうなってんだ?」

「えっと、魔力を込めると超振動するようにしたわ。これなら、よく切れて血液みたいな液体も弾かれるから便利だって教わったの」

「……ちょっと、裏手のカカシを斬ってみてくれないか?」


 私は促されるままに店の裏手にある試し斬りをする場所に移動して軽く剣を振った。


 スッ……


 音もなく両断されたカカシは一切のズレを見せずそのままを維持していた。剣を納めてカカシの上を持ち上げて断面を見てみると、中には金属の棒が仕込まれていることが判明した。


「あ、ごめんなさい。中の支え棒まで斬ってしまったわ」

「いや、気にしなくていい。それより、こっちの剣でも試してもらえるか?」


 私は渡された剣を受け取りヒュンヒュンと振り回して重心を確かめると、その軌道を真横にして一気に振り抜く。


 キンッ!


 先ほどと違って少し抵抗を感じたけれど、無事に鉄棒入りのカカシを両断することが出来た。剣の刃をよく見てみると、やや粗さを感じる。気を通していなかったら両断できなかったんじゃないかしら。


「はぁ、嬢ちゃんすげぇな。いつからナマクラで金属棒が切れる腕前が魔法使いの護身術になっていたんだ? 店にくるボンクラ剣士どもに見せてやりてぇくらいだぜ」

「親方も人が悪いな。試さなくても、フィーちゃんの剣技はどこに出しても恥ずかしくないレベルだぜ」

「すまねぇな。なんせ、あのソード・オブ・ザ・ケープライトだ。扱うのに相応しくない腕なら、駄目にしないうちに練習用の剣でも渡そうかと思ってよ。お詫びにタダで剣の手入れをしてやるから許してくれ。研ぐくらいならこの腕でも問題ねぇ」


 私はその言葉に甘えて、腰から鞘ごと剣を抜いてトーマスさんに差し出す。手入れをしている間の代わりだと言って渡された剣を見ると、かなり良い品だった。ギースさんによると親方に剣士として認められた証拠だそうだけど、魔女見習いとしては複雑な気分だわ。


 渡された剣を身につけて店を出ると、ギースさんがこちらを振り向いてウインクをする。


「じゃあ帰りはその髪飾りを売っていたところに案内してくれないか?」


問われた私はオリビエさんと顔を見合わせて問い返す。


「ルーカスさんに会ってどうするつもりなの?」

「親方が無理なら息子に頼んでみようぜ。仲直りを手伝えば割り引いてくれるかもしれん」

「まあ、それは良い考えだわ。さすがギースさんね!」


 こうしてトーマスさんの鍛冶屋を後にした私たちは、ルーカスさんが露天商をしていた場所に向かって足を伸ばした。

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