第17話 ホーキンスの街

「それじゃあ、ここでお別れね。王都で待っているから必ず寄るのよ!」

「わかったわ。またね!」


 エミリーさんは初めて出会った時にオリビエさんに向けていた笑顔を私にも向けてくれ、王都に向かって元気にホーキンスの街を旅立っていった。色々と大変だったけど、別れてみれば少し寂しく感じるものだわ。


「ふう、とりあえずフィーちゃんに危害が及ばずに済んでよかった。じゃあ、早速宿をと取って来るが、以前来た時と同じ宿だからフィーちゃんはオリビエを連れて用を済ませてきていいぞ。ドラゴンの血液が固まらないうちにギルドに届けた方がいいからな」

「あ、忘れていたわ! そういえば、レッド・ドラゴンの鱗とかは火属性防具として使えると思うんだけど、ギースさんやオリビエさんは防具とかにしないの?」

「うーん、俺たちは使わないだろうな。冒険者と違ってオリビエは規定通り聖騎士の鎧を常時着るようになるだろうし、従者の俺がそれより目立つ真紅の鎧を着込んでいたら不味いだろ? まあオリビエが目立ちたいって言うなら止めやしない。姫さんや公爵令嬢あたりには、結構ウケると思うぜ」

「腕を伴わず武器や防具だけ立派なものを身につけるなんて悪い貴族の見本みたいな真似はしたくない」


 オリビエさんは腕を伴っていると思うからいいのではと思ったけど、


「でも氷結系の魔獣が出たら有効なのは間違いないのだし、せっかくホーキンスの街に来ているんだからお姉さんは作っておいて損はないと思うわよ。冬に金属製の鎧を着て旅をするのは厳しいでしょ」


 なるほど。レッド・ドラゴンの鎧なら付与魔法を使えば暖かくもできそうね。


「じゃあ。二人分の素材だけ確保して、他を売却することにするわ。色が気になるなら、付与魔法で地味な色に変色させることもできるし、これから寒くなるものね!」

「ははは、気を使ってもらって悪いな。じゃあ、明日にでも防具を仕立てに行くか。じゃあ、一旦別れよう。場所は覚えているな? オリビエ」

「もちろんだ。ネイル亭だろう? 煌びやかなランプが特徴的でよく覚えている」


 そっか。職人の街だから、宝飾品や武器防具以外にも色々と見所がありそうね。オリビエさんが覚えているくらい綺麗なら、夜になったら空から街を見下ろして街の灯火を見るのも一興かもしれない。

 私は日が暮れるのを楽しみにしながら、ギースさんやマリアさんに一時の別れを告げた。


 ◇


 オリビエとフィリアーナの後ろ姿を見送りながら、ギースは人の悪い笑みを浮かべた。


「さてと、どうなるか楽しみだなぁ!」

「また悪巧みをして。若い二人だけで冒険者ギルドに行ったらどうなるか、わかっていて行かせたでしょう」

「フィーちゃんにはもう一人、いや、もう一匹ブラック・ナイトが付いているから大丈夫だ」

「あんな可愛い黒猫を肩に乗せていたら、余計に絡まれるだけでしょう」


 可憐な少女が可愛い猫を抱いて、若い美男子一人だけ連れてギルドに行く。荒くれ者共からしたら喧嘩を売っているようなものだった。


「ライラの街で見たように、せっかく頭が柔らかくなってきたんだ。従者としては、一段の成長を期待して更なる試練に向かわせようとするのは当然の成り行きだろ?」


 ギースは踵を返すと、ネイルの宿に向かって歩を進める。頭の後ろで手を組んで口笛を吹くその様は、どこからどう見ても楽しんでいるようにしか見えなかった。もちろん、マリアの方もそれに対して文句は言わない。オリビエの成長を望んでいるのはマリアも同じであり、だからこそ黙って行かせたのだ。


「それにしてもフィーちゃんも無欲なものね。レッド・ドラゴンの鱗がどれくらいの価値があるのか分かっているのかしら。自分で言っておいてなんだけど、二人分の鎧の素材なんて、相当な額よ?」

「わかっているわけないだろ。あの翠玉を売ったんだぜ? そういう意味では、フィーちゃんにも勉強が必要だなぁ。今頃、素材の売値に目ん玉をひん剥いていてもおかしくないだろうぜ」


 そう言って若い二人の行動を予想する二人の間に、穏やかな笑い声が響いた。


 ◇


「な、なんですって! 金貨千枚!?」

「はい。鎧の分を差し引いたので大分目減りしていますが、ギルドとしましてもドラゴンの血液が入手できる機会は珍しく、多少色を付けさせてもらいました」

「そ、そうなんだ……」


 なんてことなの! 海岸で狩ったシーサーペントやフライメタルフィッシュも含めていきなり金貨千枚が手に入ってしまったわ!

 私は声を上擦らせながら震える手で積み上げられた金貨をマジックバックに収納していく。そっと後ろを見たけれど、オリビエさんは顔色ひとつ変える様子を見せない。やっぱり貴族の金銭感覚は違うんだわ。


「あ、それと今回の件でフィリアーナさんはCランクに昇格です」

「え? この間、ギルドに加入したばかりなんだけど大丈夫なの? 冒険者ギルドに来たのは今回も合わせて二回しかないのに」

「レッド・ドラゴンを串刺しにするような魔法使いをDランクにはしておけませんよ。それに、近接でも戦えるなんて信じられません」


 受付のお姉さんの目線を追うと、先ほどちょっかいを出してきた冒険者たちが山積みにされている。ほとんどオリビエさんが片付けたけど、何人かは私の仕業だった。


「まったく、何も悪いことをしていないのにどうして絡まれるのかしら」

『ちゃんと彼らが理由を言っていたじゃないか。見せつけやがってとか、気にくわない野郎だとか。冒険者は正直で感心してしまうよ』


 ジュディの言葉に彼らの言動をもう一度思い出してみる。


「確かにそんなことを言っていたけど、それは物語などでよく使われる定型句でしょう? あんないい歳した大人の男性なら、もう結婚して子供の一人や二人いるはずよ」

『……だといいねぇ。ナチュラルに彼らの胸をえぐっていないことを祈るよ』


 ジュディが目を向ける先には「うっ!」と胸を押さえたり「ちくしょう!」と涙を流す男たちの姿があったが、金貨をマジックバックに詰めることに夢中なフィリアーナには彼らの声は届かなかった。


 ◇




「そう言えばオリビエさんは冒険者ギルドとかには入っていないの?」

「聖騎士見習いは冒険者登録することはないんだ。緊急時に指揮系統が二つになるからね」

「そうなの、聖騎士はどこに属するの?」

「基本的には教会だがケープライト王家と密接に繋がっているから、教会に王の要請があれば動くことになるだろうな。グローリア家はそういう意味では特殊なんだ」


 その後続けられた説明によると勇者というのも広義では聖騎士なのだとか。加護の有無と強弱によりランクアップしていくらしい。魔法使いが魔女や魔導士になるのと少し似ているかもしれない。

 そんな話をしていると、露天商から声をかけられた。


「そこの兄ちゃんと嬢ちゃん! ホーキンスでも指折りの職人であるこのルーカスが作った細工を見て行かないかい?」


 路上に広げられた細工を見ると、微細な加工が施された髪飾りやアクセサリーが置かれている。


「あ、この髪飾りの宝石、付与魔法がかけられてるわ」

「おお、嬢ちゃんお目が高いな! そいつは保湿の効果が仕込まれていて、髪に自然な潤いをもたらす効果があるってぇ代物さ! 今なら金貨三枚だがどうだ!」


 金貨三枚かぁ……付与されている魔法の効果はささやかなものだけど、控え目な青い宝石を中心とした微細な細工が素晴らしい。どうしようか悩んでいると、後ろに居たはずのオリビエさんが前に出てきた。


「よし、僕が買おう。ドラゴンの素材で随分と損をさせてしまったからな」

「ええ!? そんなの気にしなくていいわよ。そもそも、みんなで倒したんだし」

「でも、欲しいんだろ? 興味がなかったら、そこまで迷ったりしないだろう」


 そうして支払いを済ませたオリビエさんが、私に髪飾りを差し出してくる。


「おっと、兄ちゃん。そこは手渡すんじゃなくて付けてやるところだろ。気が気かきかねぇな!」

「そうか? じゃあ、ちょっと失礼するよ」


 オリビエさんの手により後ろで髪が纏められ、パチリと留め金で固定された。


「ありがとう。なんだか、ずいぶん手慣れているのね」

「小さい頃にエミリーのやつが自分でうまく付けられないってせがまれたからな」


 なるほど。確かにエミリーさんはポニーテールにしているから、小さい頃から髪留めを付けていたのだろう。


「受け取ってもらえて良かったな、兄ちゃん! 嬢ちゃんも似合ってるぜ!」

「え? あ、ありがとう」


 それにしても私はあまり髪留めは使っていなかったけど、冬に乾燥してくることを考えると長い髪に保湿効果はありがたい。宝石への魔法付与は属性防御をメインに考えていたけれど、それらは自分の魔法で事足りることを考えれば、身に付けるものは実生活向けに特化した方が便利かもしれない。


 こうして思わぬところで魔法付与に関してのアイデアをもらいながら、私は露天商を後にしてギースさんやマリアさんが待つネイルの宿へと向かった。

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