第4章 鍛治ギルドの紛争

第16話 峠で過ごす一夜

 あれから西に向かって峠道を進んだものの出発したのがシートレーの街についてすぐだったので、早くも日が暮れようとしていた。


「今日はもう野宿するしかねぇな。フィーちゃん、焚き木を集めてくるから火種を頼む」

「それならホルスの村から持ってきた家を設置するわ。暖炉に焚べれば十分暖かくなるはずよ」


 私はアース・ウォールやウィンド・カッターなどで適当な平地を用意すると、マジックバックに収納していた家屋を設置する。そこからさらにアース・ウォールで四方を高い壁で覆う。


「ちょ! なによそれ……あんた無茶苦茶なことしてるって自覚あるの?」

「無茶苦茶って、アース・ウォールとウィンド・カッターみたいな基本魔法しか使ってないわ。お家も廃村から拝借したものだし」


 そう言って設置した家屋に入ると、ホルスの村で泊まった時に綺麗に掃除したままの状態で保存されているから中は綺麗なものだった。やがてギースさんとオリビエさんが集めてきた枯れ木を暖炉に焚べると、部屋は次第に暖かくなっていく。


「ふーん、台所もあるじゃない。これなら、宿に泊まるのと大差ないわね」

「それだけじゃないわ。今日はなんと、ドラゴンのステーキが食べられてしまうの! 今日は任せてちょうだい!」


 私はクリエイト・ウォーターで鍋に適量の水を入れ、空中で適度な大きさに整えた野菜やサイコロ状のドラゴン肉を入れて灰汁を取りながら煮込んでいく。野菜が透明になる頃、特製の出汁を入れて味付けを行う。

 それから頃合いを見計らって、メインディッシュのドラゴンのステーキを魔力による最適な火力を維持して焼いていき、調味料やソイソースで味を整え、最後にマジックバックで時間停滞させていたパンと共にみんなに配った。なお、ジュディには冷却魔法で冷やしたものを別途用意した。


「はい、どうぞ。召し上がれ!」

「美味い! いや、本気でフィーちゃんはいい嫁さんになるぜ!」

「本当だ。まさか野宿でこんなご馳走を食べられるとは思わなかった」

『うん、なかなか美味しいよ。贅沢を言えば、ミルクたっぷりのホワイト・ソースのスープが欲しいかな』


 よし! 男性陣には上々の出来栄えのようだわ。私もエア・ナイフで一口サイズに切ったドラゴンのステーキを口にすると、ジュワッと芳醇な味が口の中に広がった。ドラゴンの野菜スープの方も、その芳醇な味わいと出汁が野菜に染み込んでいい味を出している。


「うん、悪くない出来ね!」


 自分の料理の出来に満足していると、エミリーさんからうめき声が聞こえてきた。どうやら喉を詰まらせたらしいので、急いで木のカップを出してクリエイト・ウォーターで水を注いで差し出した。


「はあ! 死ぬかと思った」

「そんなに急いで食べなくても、まだ沢山あるのに」


 大人の男性数人がお腹いっぱい食べたとしても、さすがにドラゴン一頭を食べ切れるものではない。可能な限り時間経過を遅らせているけれど、腐りそうになったらスモークで燻製にしないといけないほどよ。


「量の問題じゃないわ。美味し過ぎるのよ! あんたの使う調味料や出汁は少しおかしいわよ?」

「そうねぇ、幻のソイソースがポンと出てくるくらいだから、このスープも色々と特殊なものを使っているんでしょうね」


 お母さんの調味料は豆や穀物を発酵させたり成分を抽出したりしないといけないから、覚えるのが難しかったけど、お母さんが亡くなるまでに覚えられてよかった。おかげで、私はお母さんの料理の味を忘れないでいられる。

 そんなことを考えて内心でしんみりとした気分でいると、戸口から鳴き声が聞こえてきた。


 キューン……


「まあ、狼の子供かしら? でも全身が白いなんて珍しいわね。ん、どうしたの? ひょっとしてお腹が空いちゃったのかなぁ?」


 私はお皿から適当な大きなに切ったステーキを白い狼の子にあげると、ガフッっと齧り付いたかと思うとみるみるうちになくなる。


 キューン!


 どうやらまだ足りないようなので、ドラゴンの野菜スープやパンを皿に掬って差し出すと、あっという間に平らげてしまうので、狼の子供が満足するまで私は料理を続けたのだった。


 ◇


 見張を残して皆が寝静まった頃、ジュディは白い狼の子供を目を細めて睨んでいた。


『……それで? そんな格好をして一体どういうつもりだい? ヴァナルガンド』


 そう呼ばれた子狼は、その姿を野生的な男の姿に変えていた。見た目は二十代後半くらいだろうか……白い短髪に青い瞳をギラつかせた姿は、一見すると華奢な雰囲気を漂わせているが、その膂力は巨大な岩石を粉々に粉砕するほど強力なものであることをジュディは知っていた。


「いや、ヴェルナンドの奴から聞いて様子を見にきたら、やけに美味そうな匂いを漂わせていやがるからつい。しかしジャスパーのやつはまだ蕾だと言っていたが、料理の腕は既に大輪の花じゃないか! なあ、あの娘を俺の嫁にくれないか?」

『何を言うかと思えば……それは、あの子次第だね。まだ特定の相手もいないし、欲しければ真正面から正々堂々口説いてみることさ。好きだろう? 小細工無しの正面突破』


 鼻を鳴らして笑うジュディに、ヴェルナンドも不適な笑みを浮かべて答える。


「ふっ、そんな格好をしちゃあいるものの、中身は昔のままなんだな。でもいいのか?」

『魔女試験に合格した後のことは考えていないようだからね。僕もフィーが幸せになる道はまだ無限に存在すると思っている段階さ。なんせ時間だけはいくらでもある。フィーは悠久の魔女なのだから』

「ほう……そうか、普通の人間じゃないわけだ。そうなると、がっつくような段階でもないか。今でも十分美しいが、もう少し育ってくれた方が抱き心地も良さそうだ」


 先ほどの風呂場でも思い出しているのか、相好そうごうを崩すヴェルナンドにジュディは眉を顰めた。


『はあ……まったくフィーは無防備でいけない。なにがモフモフと一緒にお風呂だと呆れてしまったよ。君が風呂場で本当の姿を見せていたら、制御を外れた膨大な魔力で今頃ここら一帯が吹き飛んでいたところさ』

「ははは、そいつは怖いな。じゃあ今日のところはここらで退散するぜ。あばよ!」


 そう言ってザッと飛び上がった先には、逞しい巨躯を軽々と宙に飛ばすフェンリルの姿があった。フェンリルはひと駆けで山の頂上を飛び越えると、その先の闇に紛れていった。


 ◇


 翌日の朝、軽めの朝食を済ませた私は再び家屋をマジックバックに収めて峠道を歩いていた。平地よりもやや気温が低いのか、道を進むにつれて赤や黄色に染まった紅葉が山の景色を美しく彩っていた。


「昨日の白狼の子はどこかに行ってしまったのかしら。これから冬になるし少し心配ね」

『いやぁ、まったく心配要らないと思うよ。昨日の夜、大きなフェンリルを見たからね』

「フェンリル!? てっきり普通の狼かと思っていたわ……」

『モフモフしているからといって、不用意に近づかない事さ。第一、モフモフなら僕で十分だろ』

「ふふふ、なあに? ジュディったらあの子に嫉妬してるの? 大丈夫よ、ジュディは私にとって残されたただ一匹の家族なんだから」


 そんな他愛もない会話を交わしているうちに峠を越えて中規模の街が眼下に見えてきた。


「ホーキンスの街が見えてきたわよ!」


 何本か煙が上がっているのは煙突だろうか。確か工芸品の生産が盛んな街だって聞いた気がする。


「あの街まで着けば安心だな。俺たちはゆっくり旅を続けるが、エミリーは寄り道せず早く王都に戻るんだぞ。学園を追い出されたら大目玉をくらうぞ」

「ちぇ、わかってるわよ。兄さんこそ、たまには実家に顔を出してよね」

「巡礼が終わればずっと王都なんだから、むしろ外を見て回れるのは今のうちなんだぜ? 一生に一度かもしれない諸国旅行を邪魔しないでくれ」


 ギースさんの話だと、貴族の子息とその従者はほとんど王都や領地から離れないで一生を過ごすらしい。身分が高いというのも、なかなか不自由な存在なのね。そういえば旅が終わってオリビエさんたちと別れた後はどうなるのかしら。お母さんのような立派な魔女に少しでも近づいているといいな。


 私はホーキンスの街並みを遠目に捉えながら漠然とした将来に不安を抱きつつも、魔女になった自分の姿を想像して期待に胸を膨らませるのだった。

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