第15話 レッド・ドラゴンとの戦い

「チッ、まずい! こんなところにレッド・ドラゴンだと!?」

「エミリー、起きろ! 踏み潰されるぞ!」


 オリビエさんが逃げるように声を上げるが、気を失っているようでピクリとも動かない。そのまま倒れ伏したエミリーさんを前足で踏み倒そうとするところを、私は間一髪フライで浮遊させてこちらに引き寄せる。


「すまない、フィーちゃん。マリア、あいつは俺たちが引き付けるからエミリーを頼む! フィーちゃんは後ろから援護を!」

「わかったわ! エクストラ・ヒール!」


 オリビエさんとギースさんはマリアさんの法術により緑の光に包まれたエミリーさんを庇うように立つと、そのままレッド・ドラゴンに向かっていった。私は飛び出した二人にアイス・ウォールを掛けてドラゴンのブレス対策を施す。


「困ったわね。もう少し距離がないと氷漬けにできないわ」

『まさかコキュートスでも使う気かい? さっき、そこの娘が使っていたアイス・アローで十分だと僕は思うよ。あ、アイス・ランスでもいいけど』

「そうかしら。じゃあ、邪魔にならないよう、氷柱つららみたいに直角に落としてみようかしら」


 ドスンッ!


「ナイス、フィーちゃん! よし、俺が脚を斬り落とすから後は頼んだぜ、オリビエ!」


 巨大な氷柱により地面に貼り付けられたレッド・ドラゴンの下を掻い潜り、ギースさんが前脚を両断する。


 ギュォオオオオオ!


 そして頭が地面に落ちたところへ、オリビエさんがドラゴンの首を両断する。


「ハァ!」


 ドスンッ!


 ゴロゴロと転がるドラゴンの頭に、ギースさんとオリビエさんが勝ち鬨を上げた。後ろを振り向くと、エミリーさんは既に回復していてその様子を見ていた。ギリギリだったけど、助けられてよかったわ。

 安心した私はいつぞや食べたドラゴン・ステーキの味を思い出し、ブラッド・ドレインの魔法でレッド・ドラゴンの血抜きを始める。


「はぁ、ドラゴンのステーキなんて久しぶり。楽しみだわ!」

「フィーちゃん、ドラゴンの血はポーションの材料にも使えるんだぜ。もっとも、固まらないように処理しておかなきゃならねぇから今回は無理か」

「それはいいことを聞いたわ。エア・バキューム、アイス・ボール!」


 私は頭上のドラゴンの血液球の周囲の空気を真空にして球状の氷で密閉するとマジックバックにレッド・ドラゴンの本体ともども丸ごと収納した。これで街に着くまでの間なら劣化しないで済むはず。

 そんなことを考えていると、後ろにいたエミリーさんからおずおずと声をかけられた。


「ありがとう。私を助けてくれたってマリアから聞いたわ。あんたには酷いことをしたのに、なんで助けてくれたの?」

「うーん、そう言われてもあの時は咄嗟の判断だとしか。強いて言えば、お世話になっているギースさんが……いえ、誰であっても、家族を無くして悲しむ姿を見たくないの」


 普段は憎まれ口を叩いていても、ギースさんもエミリーさんも互いを大事に思っているはずよ。


「……はあ、わかったわ。負けを認める。フィリアーナがオリビエ様と爛れた関係になっても文句は言わない」

「ええ!? そんな関係になるつもりなんて、これっぽっちもない!」

「なによ! オリビエ様が不満だって言うの?」

「不満とかじゃなくて、当分は誰ともお付き合いするつもりはないというか……」


 なおも言い募ろうとするエミリーさんに、隣にいたマリアさんが横槍を入れてきた。


「フィーちゃんに頼まなくても大丈夫よ、オリビエくんの初めてはお姉さんが責任をもってもらって上げるから安心してね、エミリーちゃん」

「駄目よ! 私はあんたの手からオリビエ様を守るためにやってきたんだから!」


 今度はマリアさんと激しく口論を始めたエミリーさんに、どうやら怪我は問題なく完治したようだと安心する。


「フィーちゃん、妹を助けてくれてありがとな」

「どういたしまして。あの……またドラゴンが出ると危ないし、せめて次の街までエミリーさんも同行した方がいいと思うの」

「そうだな。あの通りお転婆娘だが、これでも大事な妹には変わりない」


 そう言ってマリアさんと口論するエミリーさんを見る目は普段より柔らかかく見えたのだった。


 ◇


「魔女見習いですって!? それじゃあ勝てるわけないじゃない」


 旅の道すがら、ギースさんがこれまでの経緯を話して聞かせていたところ、エミリーさんがこちらを見て驚いた声を上げる。


「なんで魔女になろうって子が、あんなに剣も強いのよ……」

「そりゃあ剣技だけで言えばアルフレッド様に勝るとも劣らないブラフォード様直伝だからな。愛娘に悪い虫がつかないようにだろうが、フィーちゃんが天然なのをいいことにとんでもない英才教育を施されているぞ」

「天然……そんなことないわよね、ジュディ」


 なんだか酷い言われようだと肩に乗るジュディに話を振るものの、プイッと横を向いてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってよ! ブラフォード様の愛娘って……まさかフィリアーナって、狂戦士ブラフォード様と悠久の魔女サーリア様の!?」

「まあ、そうだな。というわけで、オリビエに対する妙な勘繰りはやめて普通に接するんだぞ」

「なんで最初から言ってくれなかったのよ!」

「言う暇もなかったろうが。第一、フィーちゃんの腰の剣の紋章に最初に気付いていれば、フィーちゃんの両親に関わらずそれなりの態度を取れたはずだ。」


 ギースさんに言われて気がついたのか、エミリーさんは私の剣の柄頭の四つ葉の紋章を見て目を見開いた。


「嘘でしょ!? ソード・オブ・ザ・ケープライトじゃない!」

「まだまだ、アネスティ家の人間としては観察眼が足りないってこった」

「待ってよ、紋章の中央にあるはずの翠玉はどうしたの?」

「……二束三文で売っぱらったらしい。お前とは違った意味で目が離せない子なんだ」


 先ほどから驚いてばかりのエミリーさんだけど、今度は目が飛び出そうなくらい驚いている。そんなに翠玉を売ったのは不味かったのかしら。


「はぁ!? ばっかじゃないの! あれだけでどれだけの魔法効果があるか知らないの?」

「えっと、私が持っていれば常時それ以上の魔法付与を掛けられるから、別に要らないかなって。それに、お父さんもお母さんも亡くなって生活費も必要だったの……」

「うっ……ごめんなさい」

「でも、そんな貧乏生活もこれまでよ。レッド・ドラゴンの素材や血液がいくらで売れるか今から楽しみだわ!」


 可愛い服は買ったし、今度は何を買おうかな。髪留めも欲しいし、今まで高くて手の届かなかった宝石に効果を付与するジュエル・マジックも試せるかもしれない。

 そうして次の目的地であるホーキンスの街での買い物に胸を弾ませるのだった。


 ◇


「獣王ヴァナルガンド様、例の娘に差し向けたレッド・ドラゴンが倒されました」

「ほう、最低限の力は持っているということか。ところでヴェルナンドの奴はお茶を濁しておったが、魔王様はどのようなお姿でいらっしゃるのか?」

「例の少女の肩に乗るほどの黒猫でございます。魔王に返り咲く気はないというのも頷けますな」

「なん……だと?」


 ヴァナルガンドは腹心の部下であるジャスパーの報告に顎に手を当ててしばしの間思考を巡らせる。しばらくして顔を上げると、その野生的な相貌に獰猛な笑みを浮かべてこう漏らした。


「であれば、事と次第によっては狙っても良いかもしれんな、魔王の座を」

「なんですと? それでは、例の娘はいかがいたしましょう」

「……美人だったか?」

「まだ可憐と言った方がよい蕾でございますが、美姫の器としては十分なものをお持ちかと」

「それは重畳ちょうじょう! 魔王となった暁には、我が妃として迎えてやろうではないか!」

「なるほど、それは名案でございますな。それなら幽鬼殿も文句はございますまい。では、さっそくお迎えする手配をいたしましょう」


 こうしてフィリアーナやジュディを巡って、魔族側で大きな動きが起きようとしていた。

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