第14話 妹さんとのデュエル

「な、なんで私が決闘なんてしないといけないの……」

「あんな卑怯な方法で私を倒してもオリビエ様との交際は認めないんだから! さあ、魔法は無し、剣のみで戦うのよ!」

『魔法使い相手に剣のみで戦えなんて、どっちが卑怯なんだか。僕、笑っちゃうよ』


 そんなジュディの呟きが聞こえたわけではないだろうけど、ギースさんも彼女にツッコミを入れていた。


「あのな、どこの世界に魔法使いに剣で戦いを挑む剣士がいるってんだ。それに、こう言っちゃあなんだが、その魔法使いに手も足も出ずに負けたらどうするんだ?」

「なっ! 馬鹿にしないで!? 確かに兄さんやオリビエ様には及ばないけど、私だってアネスティ家の一人よ! そこいらの有象無象には負けないんだから!」

「……そうか? じゃあ、負けたらフィーちゃんがオリビエと付き合うのを認めるんだ。あと、お前もだが結婚前の娘に切り傷をつけるのはまずいから木剣を使え」


 ギースさんはいつもオリビエさんとの鍛錬で使用している木剣を取り出すと、エミリーさんに差し出した。


「わかったわ。その代わり勝ったら私を代わりにパーティに入れて! 彼女の空いた穴は私が埋めるから安心してちょうだい」

「いいだろう。だが、下手な小細工をせず正々堂々と戦うんだぞ?」

「え、本当にいいの? やったあ! 兄さん、話せるようになってきたじゃない!」

「お、おい! ギース、お前いったい何を……」


 抗議の声を上げようとしたオリビエさんを両手で制すと、ギースさんは私に向かってもう一本の木剣を差し出してきた。


「ごめんな、面倒事を押し付けちまって。遠慮はいらねぇから、フィーちゃんの親父さんから教わった技をあいつに見せてやってくれ。なあに、すぐに決着はつくさ」

「そこまで言うなら……」


 私は木剣を受け取って重さを確かめるようにヒュンヒュンと八の字に回転させ、それからピタリと正眼に構える。普段使っているロングソードと比べれば軽いけど、男性が使っているだけあってそれなりの重量は確保されているから普段の感覚とのズレは補正できそうだった。

 その後、ギースさんの立ち合いのもとエミリーさんと相対する。


「よし、じゃあ両者構えて……始め!」


 開始と同時に飛び込んで来たエミリーさんの剣を僅かに下にそらした後、それを跳ね除けようとする力を利用して私は思い切り木剣を跳ね上げた。


 カツーン! カラン、カラン……


 エミリーさんの手から離れた木剣が後方に転がっていく乾いた音が響く中、私は彼女の首筋に木剣をヒタリと当てた。


「それまで、勝者フィリアーナ!」


 大袈裟なポーズでバッっと右手を私の方に向けたギースさんは、満面の笑みを浮かべて呆然とするエミリーさんに言い渡す。


「じゃあ、これで文句ないな。王都に帰って大人しく学園に通うんだな。ああ、親父やお袋によろしく言っておいてくれ!」


 木剣を回収してパンパンとエミリーさんの肩を軽く叩いて意気揚々と立ち去ろうとしたギースさんに、我に帰ったエミリーさんが絶叫を上げる。


「ちょ! い、今のは少し油断していただけよ! そ、そう……三本勝負なんだから、あと二回は残っているわ!」

「おいおい。正々堂々と負けておいて、後からそれは感心しないなぁ。まあ、お願いしますお兄様、と言うなら考えてやらんでもない」


 そう言って、人の悪そうな表情を浮かべて踏ん反り返るギースさん。身内相手だからかもしれないけど、いつものギースさんと違って非常に大人気ない!


「うぅ……。お、お願いします、お兄様……」


 プルプルと涙目でギースさんに懇願する様子に、マリアさんも呆れた様子でギースさんを嗜める。


「まったく、呆れちゃうわ。それだからオリビエくんにの座を奪われちゃうのよ?」

「ふっ、そんなものはいくらでもオリビエにくれてやるッ!」

「いらん……お前たち、もう少し仲良くしてくれ」


 力なく肩を落とすオリビエさんを見ながら、仕切り直しの二回戦が始まろうとしていた。エミリーさんの方をみると、先ほどのしょげた様子はどこへ行ったのか、先ほどのギースさんを彷彿とさせるような悪い笑顔を浮かべている。いっそ清々しいまでの切り替えの速さである。


「ふっ、今度は油断しないわよ! ラッキーもこれまでと思うことね!」

「……エミリーさんはギースさんとそっくりなのね」

「なっ! そんなわけないでしょ! もう許さない、その澄ました顔をギッタンギッタンにしてやるんだから!」


 そう言って上段に構えたけれど、隙があり過ぎて困る。喉を突いたら木剣でも死んでしまうでしょうし、ここは少し受けて様子を見ることにしよう。


「もう一度、両者構えて……始め!」

「はぁあ!」


 カンカンカン! パシッ……ズダン!


 三合ほど打ち合ったところで隙だらけの出足を払ったところ、見事に転んだエミリーさんの首筋にスッと木剣を這わせる。


「勝負あり、勝者フィリアーナ! おいおい、今すぐ王都に帰って親父に剣でも見てもらった方がいいんじゃないか? まるで子供扱いじゃないか」


手を引いて起こして汚れを払ってあげつつもニヤニヤと笑いかけるギースさんに、またも涙目になるエミリーさん。


「うう……こんなはずじゃ。いったいあの子はなんなのよォ!」

「だから、遠距離攻撃担当の魔法使いだって言ってるだろ」

「そ、そうだわ! 魔法で勝負よ! 私だって少しは魔法を使えるんだから!」

「は? フィーちゃんに魔法で勝負? いやぁ……そいつはちょっとどうかな」


 先日の地形破壊を思い出したのか心配そうに周辺の峠道を見回したギースさんに、エミリーさんがドラゴンの首でも取ったかのように高笑いを始める。


「さては魔法使いとか言って、なんちゃって魔法しか使えないのね! 私が学院で学んできた魔法を披露してあげるから、それを見て素直に負けを認めることね!」

『丁度いい。少し、普通の人間が使う魔法というものを教わるといいよ。フィーの魔法、というよりサーリアの魔法がどれほど特殊なものかわかるというものさ』


 ジュディの勧めに加えて、学園で教わる魔法というものに興味があった私は大人しく見せてもらうことにした。


「それは楽しみだわ。是非見せてちょうだい」

「いいでしょう、そこで見ているといいわ! 私の超絶魔法を!」


 どんな魔法を使うつもりなのかと固唾を飲んで見守る私たちの前で、エミリーさんがおもむろに呪文を唱え始めた。


「我願うは凍れる水の刃、風の精を纏て我が前の敵を討て! アイス・アロー!」


 カツーン


 エミリーさんが発生させた氷の矢が近くの木の幹に小気味良い音を立てて突き刺さった。私は突き立った矢をまじまじと見ながら思わず呟いてしまう。


「うわっ、懐かしい……」


 ほんの小さな頃、お母さんに教わって初めて魔法を使った時のことを思い出す。そんな懐かしき日々を回想していると、何を勘違いしたのかエミリーさんが勝ち誇ったように踏ん反り返る。


「ふっ、どうやら私の勝ちのようね! あなたには氷なんて出現させることもできないでしょう!」

「え? そんなことはないけど」


 パチンと指を鳴らしつつ百本ほどのアイス・アローをエミリーさんが突き立てた場所に撃ち込む。すると次第に幹が削れていき、木こりの斧と同じように地面に倒れ込んでいく。


 バターン!


「ああ、いけない。勿体無いから、これも木材に加工しましょう」


 私は丸太を魔力で浮遊させながらウインド・カッターで枝を落として適当な大きさの角材にした。それからマジックバックに収納して振り返ると、エミリーさんが顎をカクンと落としてこちらを見つめていた。


「な、なによそれ……」


 呆然とするエミリーさんに後ろからギースさんが声をかけてくる。


「どうやら魔法の勝負も終わったようだな。木一本で済んでよかったぜ。じゃあ大人しく王都に帰るんだぞ、エミリー」

「おっ……」

「お?」

「覚えてなさいよぉおおお!」


 再移動したエミリーさんは、そんな捨て台詞を吐いて峠の先を駆け上がっていく。ギースさんの言い様は少し意地悪なところがあるけれど、兄弟ならではの遠慮のないやりとりに少しだけお兄さんがいるという事を羨ましく思ってしまう。


『うんうん、人間はああでなくちゃいけないよ。僕と対峙した四人はおかしかったと、しみじみと実感しているところさ』

「もう、ジュディったら。でも、これで試練とかいうのは終わったのかしら?」

「うーん、それはどうかしら。一度で諦めてくれるようなエミリーちゃんじゃないのよ」


 それから再び歩き出しながら十回、二十回と襲われては撃退した王都での出来事を聞かされ私はガクリと肩を落としてしまうが、そんな陰鬱な気分を吹き飛ばすような魔獣の雄叫びが峠の先から聞こえてくる。

 それから続けて聞こえてきた叫び声に急いで峠道を駆け上がると、赤い体表をしたレッド・ドラゴンが倒れ伏したエミリーさんの前に立ちはだかっていた。

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