第13話 エミリー襲来

「言ってくれるじゃない。貴女、オリビエ様とどういう関係なの? もし、ただならぬ関係だなんてほざいたら、タダじゃおかない!」

「ええ!? 私は魔法使いとして雇われた単なる旅のお供よ! 戦士、僧侶、魔法使い! ほら、パーティとして自然でしょう!?」


 私はギースさんとマリアさん、最後に私を順番に指差した後に手の平を前に出してブンブンと振った。


「はあ? その齢で私のナイフをロングソードで受け止められる女が、魔法使いなんて笑わせないで。つくならもっとマシな嘘をつくのね、この泥棒猫。その肩の黒猫もメスだったら近寄らせないで!」

『いやいや。僕はれっきとしたオスだよ。だいたい、頼まれても聖騎士なんかに近寄りたくないさ』


 ジュディは猛然と反論するが、彼女にはニャーニャーと鳴いているようにしか聞こえない。というか、猫にまで嫉妬するなんて相当だわ。

 内心で戦々恐々とする私だったが、ギースさんは今のエミリーさんの言葉で思いついたことがあるのか、手を打ち鳴らして提案してくる。


「そうだ! ここは証拠を見せてやればいいじゃないか。フィーちゃん、例の盗賊を麻痺させた魔法をエミリーにかけてやってくれ!」


 悪人でもない……ってことも、さっきのナイフのことを考えればないのかもしれないけど、ギースさんの実の妹に雷撃を喰らわせるというのは気が引けた。どうしようかと迷っていると、前にいるマリアさんからも遠慮は要らないと太鼓判を押される。


「大丈夫よ。多少ダメージがあっても、お姉さんは僧侶なんだから回復できるわ!」

「確かに……じゃあ、いくわよ? エミリーさん」

「はん! やれるものならやってみなさい!」

「ウォーター・ボール」


 バシャ!


「ライトニング・ボルト」

「アババババッ!」


 バタン……


 まともに電撃を喰らって倒れ伏したエミリーさんに、オリビエさんにギースさん、さらにはマリアさんまでホッと息を吐くと、そのまま何事もなかったようにエミリーさんを放置してその場を後にしようとする。


「あれ? エミリーさんを回復してあげないの?」

「嫌だわ。回復とは言ったけど、回復とは言ってないじゃない。お姉さんの言葉は最後までよく聞いておかないと駄目よ?」


 どうやらエミリーさんをこのままにして退散するつもりらしい。マリアさんはともかく、年頃の妹さんをこんなところに晒しておいていいのかとギースさんにも確認すると、まったく問題ないという。


「大丈夫だ。まあ、なにかあっても自力でなんとかするだろう。それよりも今のうちにエミリーの前から退散するぞ」

「そうだな。フィーはエミリーに目をつけられたから危険だ。今すぐにシートレーの街を出て距離を稼いだ方がフィーの身のためだと僕も思う」


 あのオリビエさんまでそんなことを言うとなると、私はよほどの危険に晒されているらしい。なんだか納得いかないけど、雇い主の意向であれば仕方ないわ。

 後ろ髪を引かれつつもその場を去ろうとすると、ジュディがエミリーさんの手に噛みついているのが見えた。


「な、何をしてるの? あんなことを言われたからって、倒れているエミリーさんに噛み付くなんて感心しないわよ」

『違うよ。こうしてマーキングしておけば接近したらすぐわかるからね。いわば予防措置さ』

「そんなしつこいメス猫にするような警戒をしなくても……」


 なんだか可哀想になり、一応、ベンチに座らせてあげてその場を去ることにする。。


「じゃあね、エミリーさん」


 こうして、港街の景観に胸を躍らせていたのも束の間のこと、私たちはシートレーの街を後にして西の峠に向かうのだった。


 ◇


「やれやれ。折角の観光スポットが台無しで悪いな。てか、観光スポットゆえに鉢合わせしたとも言える。今後は気をつけないといけないな」

「王都を出発した時からまったくお変わりないようで、なんだか逆にホッとしてしまいましたよ。懐かしいなって」

「そんなことを言えるのはマリアくらいのもんだ。何度、寝首を掻こうと忍び込まれたか忘れたわけじゃないんだろ?」

「それはもう! おかげさまで、査問官に恨みを持つ方々が差し向ける刺客の対処の訓練に役立ち、大変感謝しています」


 ほのぼのとした口調で語られる内容に、私はドン引きしていた。よく考えてみれば手を繋いでいただけでアレなのだ。オリビエさんに積極的にアプローチしているマリアさんは、それ以上の敵意を向けられていたに違いない。でも、あの最初に会った時はマリアさんには特に手出しはしなかった。


「どうしてマリアさんはエミリーさんに襲われなかったの? 私は手を繋いでいただけでナイフをブスリと刺されそうになったのに」


 純粋に疑問に思って尋ねてみると、その答えは意外なものだった。


「エミリーちゃんの試練を潜り抜けて強さを認められると、晴れてオリビエくんにアプローチすることが認められるのよ!」

「ええ……」


 私が思わずオリビエさんから距離を取ると、オリビエさんは眉を寄せて不満の意を表す。


「そんな露骨に避けないでくれ。いくら精神修行をしていても傷つく」

「うっ、ごめんなさい。別にオリビエさんが悪いわけじゃないのよ。単にドン引きしただけなの」

「フィーちゃん、それは全然フォローになってないぞ」


 ギースさんの話によると、小さい頃からオリビエさんに勉強や武道の面倒を見てもらっているうちに、歳の離れたギースさんよりもオリビエさんを兄のように慕うようになったらしい。

 オリビエさんが育つにつれて、女性に言い寄られることが多くて困っているところを何度も見るうちに、ああなってしまったのだとか。


「それで、いつしか近づく女性にを課すようになったと。でも、それならエミリーさんとオリビエさんがくっ付けば大人しくなるのでは」

「それはできない相談だなぁ。オリビエはこう見えて貴族だし正妻には慣れねぇんだよ。まあ、長年グローリア家に使えるアネスティ家としては、婚姻関係無しでエミリーが主家の御子息のお手付きになるのは別に構わないんだが……」

「そんな不誠実なことは絶対にできない!」

「……というわけなんだ。まあ、オリビエがどこかの貴族令嬢と婚約でもすれば落ち着くだろう。それまでは逃げ回ることになると思うが我慢してくれ」


 逃げ回るにしてはシートレーの街を出てからゆっくりとしたペースで歩いているように思えるんだけど、大丈夫なのかしら。三人とも特に慌てた素振りを見せないように見える。

 その辺りの疑問をぶつけてみると、肩をすくませてギースさんは答えた。


「逃げるのに、こんなにゆっくり旅をしていていいの?」

「ああ。シートレーを出る前に船場に寄って行っただろ。あそこで船長に金を渡して船に乗ったことにしてもらったから、今頃は湾岸から船旅をしたという欺瞞情報に釣られて東海の旅に出ていることだろうさ」


 してやったりと腹の底から笑いを浮かべる様子に、私は少し呆れてしまう。


「なんというお兄さんなのかしら。なんだか少しエミリーさんが可哀想に思えてきたわ」

『いや、どうやら彼の仕掛けたトリックは有効に働かなかったようだ』

「え? どう言う意味よ」

『簡単なことさ。彼女がこっちに近づいている。ほら、あそこを見なよ』


 言われて後ろを振り向くと、こちらに向けて猛然と坂を駆け上ってくる姿が見えた。


「まーちーなーさぁーい! 私から逃げられるなんて思わないでよ!」

「げっ! なんてこった、少しは知恵を身につけたらしいな!」

「ハァハァハァ……仮にも一族随一の切れ者とされる兄さんが、あんな痕跡を残すなんておかしいでしょ。それよりあなた! よくも私をあんな目に合わせてくれたわね、決闘よ!」


 そう言ってビシィと指差すその先には、なんと私がいたのだった。

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