第12話 予期せぬ遭遇
「エミリーさんの試練って、ギースさんの妹さんは魔女なの?」
「いえいえ、そういう意味じゃないのよ。まあ、王都に着いて会えばわかるわよ」
よくわからないけど変わった性格をした妹さんのようだわ。色々と気が回るギースさんを兄に持つんだし、甘えん坊なのかしら。でも、ギースさんの歳から考えると私よりも年上のはずよね?
「おい、マリア。フィーちゃんに余計なことを吹き込まないでくれ。言っておくが、あいつと会うつもりはないからな。面倒事はごめんだ」
「王都に帰っても顔を合わせないつもりなの? さすがにそれは可哀想じゃないかしら。一回り歳が離れたお兄さんの帰りを待ち侘びているんじゃない?」
「ハッ! そんなタマじゃないことは百も承知のくせによく言うぜ。フィーちゃんと同じ年頃とは思えないほどお転婆だ」
横にいるオリビエさんの方を向くと、前を歩く二人の会話に渋面を作っていた。
「どうしたの? オリビエさんらしくない表情ね」
「ギースの妹は苦手なんだ」
「ふーん。私と同い年ならお友達になれるかもしれないのに」
「そうだといいな。でも……」
私の意見に対するオリビエさんの答えは、海岸から押し寄せてきた複数のシーサーペントにより途中で阻まれた。
「数が多いぞ! フィーちゃん、とりあえず属性魔法を叩き込んで弱らせてくれ! 普通の基本属性魔法で頼む!」
「え? わ、わかったわ」
何にしようかしら。基本というと雷撃も駄目だし、水属性だろうから火属性は効きにくい。とりあえず弱点の土属性の魔法を叩き込んで様子を見てみましょう。
あまり考えていなかったこともあって、前に言われた通り全力の基本魔法を撃ち込む準備に入る。
「基本魔法を全力で、可能な限り多く、固く……!」
私の周囲に幾百のアース・ニードルが浮かび、それが凝縮されて硬質な金剛石に変質していく。
『フィー、そんなものを撃ち込んだら……』
「いくわよ! サウザンド・ダイヤモンド・ニードル!」
「「「ギョエエエエエエ!」」」
ブッドドドドドパーン!
『……素材なんて消し飛んじゃうけど大丈夫かい?』
海の藻屑と化したシーサーペントをのんびりと眺めつつ、肩に乗ったジュディは欠伸をした。
「ああ! バラバラになってしまったわ! 強力な防具素材になるんじゃなかったの!?」
「いやぁ……あれを防げる防具なんてオリハルコンやアダマンタイトじゃなきゃ無理だろ。まったく、基本のレベルが違うぜ」
ギースさんが頭を掻きながら感心する一方で、マリアさんやオリビエさんは厳しい視線を向ける。あたり一面に突き刺さったダイヤモンドの剣山により景観が台無しとでも言うのかしら。
「フィーは全力は禁止だ。毛皮を扱うように穏便な魔法で頼む」
「うん。属性魔法縛りがなければ雷撃で一網打尽かもしれないわ」
あまり大きな魔獣だと雷撃が拡散してしまうけど、これくらいなら十分麻痺できるはず。倒れたところで、鱗の間から剣を差し込めば綺麗に倒せる気がしてきたわ。
「あと、この惨状も修復してね。道が崩れ落ちたら危険でしょう?」
「はい……」
マリアさんの正論に従い、私はまたストーン・ウォールを使って周囲を整地する。
「そうだ。フィーちゃんが地盤の修復をしている間に、フライメタルフィッシュの塩焼きでも用意するか。肉食魚は中々美味しいんだぜ?」
『おお! それは楽しみだねぇ!』
ニャーニャーと騒ぎ立てるジュディに期待していることを察したのか、枯葉や焚き木を集めて火を起こし器用にナイフで木の串を作る。ギースさんにマジックバックから取り出したフライメタルフィッシュを渡すと、作成した串に突き刺して火で炙り始めた。
「あ、魚の姿焼きをするならいいものがあるんだったわ。はい、ソイソース!」
「おお! そいつは悠久の魔女が開発したとされる幻の調味料じゃないか。ありがたく使わせてもらうぜ!」
ギースさんがフライメタルフィッシュにソイソースをかけると、あたりに何とも言えない香ばしい匂いが立ち上る。
「まあ、美味しそうな匂いだわ。渓谷のサーモンも捨てがたいけど、フライメタルフィッシュの白身も中々だって聞くし、お姉さんは楽しみね」
やがて丁度いい具合に焼けると、各々に串が手渡される。私は二本受け取って片方の魚からウィンド・メスで骨を取り去りジュディに差し出し、自分もガブリとかぶりついた。
「美味しーい!」
ジュワッとした脂身がソイソースと合わさり、なんとも言えない旨味を引き出している。これならもっと積極的に狩ればよかった……と言っても、凄いスピードで飛び回っているから基本的には迎撃でしか得られないのだけど。竜巻を起こしたら、また地形破壊を咎められそうだわ。
「そういえば、シーサーペントは食べられないの?」
「あれは筋張っていて調理が難しいらしい。鍋の出汁を取るにはいいって聞くが、身が柔らかくなるまでかなり煮込まないといけないから今回はパスだな」
「そうなんだ。そのうち試してみたいわね」
鍋ならお父さんと山籠りした時によく作ったから、筋を多く含んだ肉質の調理方法はなんとなく想像がつく。秋野菜や山菜、キノコなんかと一緒にに煮込めば意外に美味しいシーサーペント鍋がいただけるかもしれないかと思うと、表情が緩むのだった。
◇
それから幾度かのシーサーペントとの遭遇を経てシートレーの街に着いた私は、ギースさんの勧めで来た高台の観光スポットから見下ろす港街の風景に感動を覚えていた。港湾から山側の高台に向けて建てられた茶色の民家は、平地の街にはない風情を感じさせる。
高台まで先導してきたギースさんは私たちの方を振り返ると、港街の景観をバックに、得意満面な顔をして尋ねてくる。
「どうだ、結構なもんだろ。シートレーに来たら、まずはここから街の風景を見るのが旅の醍醐味だって言われているんだぜ?」
「ええ、素晴らしいわ! オリビエさん、あれを見て。海から船が入ってくるわよ!」
はしゃぐ私に手を引かれて高台の縁に共に立つと、オリビエさんも感嘆の声を上げる。
「ほう、凄いな。最初に来た時はこんなところを紹介しなかったじゃないか」
「何言ってんだ。以前来た時は、オリビエがさっさと次の街に行くぞって急かしたんだろうが。どうだ? 少しは人生を楽しむ余裕を持つことの重要性をわかってくれたか」
「そうよ。美しい景色は正しき心を、豊かな食事は健全な肉体を作るのよ」
「うっ、わかった。今後は留意する……」
そうして四人で和気藹々とした時間を過ごしていたその時、後ろから女の子の声が上がった。
「もしかしてオリビエ様!」
振り返るとギースさんと同じ色の髪をポニーテールにした少女が瞳を輝かせてこちらを見つめていた。
「まさか、エミリーか。……どうしてこんなところに」
「やっぱり! オリビエ様ぁ!」
喜色満面に走り寄ってくる少女が隣のオリビエさんに飛び付こうとした次の瞬間、
ギィン!
急転換した彼女が私に差し向けてきたナイフを、私のロングソードが首筋ギリギリのところで防いでいた。
「……いつまで、私のオリビエ様の手を握っているの? 斬り捨てられたくなかったら、その薄汚い手を離すことね」
言われて手を繋いだままだったことに気がついた私は、オリビエさんを引いていた左手をそそくさと離したあと、ススッとエミリーさんから距離をとってマリアさんの後ろに移動する。
「お父さんの言った通り、条件反射で防げないようなら外の世界では身を守れないって本当のことだったのね」
「そんなこと普通はない……と、お姉さんは思うのよ?」
苦笑いをして口角をピクピクとさせるマリアさんと後ろに隠れる私を横目で見つつ、あらためてオリビエさんに抱きつこうとするエミリーさん。しかし、彼女の動きはオリビエさんの両手により阻まれ、動きを止めたエミリーさんの頭にギースさんの拳骨が落ちる。
「痛ぁーい! ちょっとぉ! ここは歳の離れた可愛い妹の恋の成就を応援するところじゃないの? 兄さん!」
「アホか! 可愛い妹ってやつは見ず知らずの女の子にいきなりナイフを突き出したりしねぇんだよ! てか、なんでここにいる。学園はどうした!」
「抜け出して来たに決まっているでしょ? オリビエ様が淫乱女僧侶の毒牙にかかっていないか心配で勉強なんて身につかないわよ!」
さも当たり前のことを聞かれたように、胸を逸らして堂々と言い放つエミリーさんに、私はこの街に来る前にマリアさんが話していたことを思い出していた。
「なるほど、オリビエさんの親衛隊長とはよく言ったものね……」
ポツリと呟いたはずの声が会話の間隙にスルリと入り込み、やけに大きくその場に響いたのだった。
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