第3章 エミリーの試練
第11話 海岸線の旅路
ライラの街を覆っていた生気吸収結界の魔法陣を除去した私たちは、宿泊していた宿屋を後にして次の街に向けて新たな一歩を踏み出そうとしていた。
「よし、忘れ物はないな? じゃあ次は北のシートレーを目指して出発だ」
「え? 北西のセレネー山脈を超えて行くほうが直線的に進めるんじゃ」
ギースさんが告げた次の目的地から、ローレライの街で確認していた大陸地図を頭に思い浮かべる。確か北に行くと湾岸に突き当たり、そこから西に進路を取ることになるはず。
「いやいや。この時期に二千メートル級の山を超えていくなんて寒くて死んじまうぜ!」
『なっ! 僕をそんな高山に連れて行くつもりだったのかい? 猫をなんだと思っているんだよ』
ジュディの話によると、セレネー山脈は既に氷点下まで気温が下がっているらしい。海沿いに迂回すれば、海流の影響もあり暖かいのだとか。夏が誕生日だったら既に出発していたと思うとかなりのロスになりそうだ。
「そうなんだ。熊や狼の毛皮が結構いい値段で売れたから、山道を楽しみにしていたのに……」
盗賊さんと違ってお肉も食べられるし、捕縛して運ぶ必要がないから嵩張らない。王都に向かうに連れて物価も高くなるそうだし、なるべく稼いでおきたいわ。
そう考えつつ肩を落としていると、マリアさんが軽い調子で話しかけてきた。
「あら、それなら心配いらないわよ。海沿いを歩いていればシーサーペントやフライメタルフィッシュが襲ってくるから。防具素材として鱗が高く売れるって聞いたことがあるわ」
「いやあ、そのルートはキツくねぇか? 普通に渓谷を進めば、産卵に海の河口から遡上して来た魚が獲れるし美味くて安全だろ」
海から川を登ってくるというと、ひょっとして噂に聞くサーモンフィッシュかしら。秋の味覚を取るか、それとも初めてみる海の風景と魔物素材を取るか迷うところね。
「渓谷は平和過ぎて修行にならない。フィーの魔法の威力次第だが、海岸線を歩くのも悪くないと僕は思う。今度は陸上の魔物と違って得意の窒息は使えないが大丈夫か?」
確かに水中に生息する魔物には窒息は使えない。でも鱗なら傷を付けた箇所以外から採取できるから遠慮は要らないということよね。使用する魔法を思い浮かべた私は、満面の笑みを浮かべて拳を突き出してオリビエさんに答える。
「無傷で捕まえる事にこだわらなければ、全力で撃てるから問題ないと思う」
「全力? 今まで見せた魔法は手加減していたってことか。じゃあ、連携のために少し全力の魔法を見せてくれないか?」
「うん、わかったわ。でも、ここじゃ危ないから海岸に出てからでいいかな?」
「うん? あ、ああ。そうだな、周囲に気をつけるに越したことはない」
こうして進路を決めた私たちは北の海岸線に向かって出発し、ライラの街を後にした。
◇
数時間ほど歩いたところで、前方に透き通った遠浅の海が見えてくる。空を舞う白い鳥が時折急降下を見せ、海から小魚を攫っていく。
「すごーい! これが海? とても危険に見えないわ!」
「まあ、ここら辺は水深が浅いからな。大型のシーサーペントやフライメタルフィッシュは、もう少し北の岩場に出没するんだ。初めて見たら、その大きさにびっくりするぞ」
「そんなに大きいんだ。それなら私の力が通用するかどうか、今のうちに全力の遠距離魔法を披露する事にするわ。百……いえ、二百メートルほど離れていて!」
「はぁ? どんな魔法を使うつもりか知らねぇが無理はするなよ。まだシートレーの街まではかなりの距離があるからな」
ギースさんの注意に大きく頷きながら、私はお母さんの魔杖をマジックバックから取り出して魔力を高め始めた。やがて三人が十分な距離まで離れたことを確認すると、開始の雄叫びを上げる。
「それじゃあ、行くわよぉー!」
「おお! ……ってか、こんな離れる必要があるのかぁ!?」
「まあ、見ていればわかるわぁー!」
全力で魔法を撃つのは久しぶりだ。初めて目にする広大な海の風景も相まって、気持ちも魔力も最高潮に昂ってくる。
『いや、そこまで高めなくても……』
肩に乗るジュディが何か言ったけど、もう止められないわ!
「いっけぇ! ハイドロゲン・コンバージェンス・ブラスタァー!」
キュゴォーーーーーン! ザザザァ……
数百メートル前方で水から分離された水素を収束させた巨大な液体水素が大音声を立てて爆発し、直径百メートルほどのクレーターが出来て近くの海水がポッカリと開いた穴に集まっていく。
「久しぶりだけど、上手くいってよかったわ!」
しばらくして爆発の余波が完全に治ると、ギースさんがこちらに走り寄ってくるのが見えた。私は到着を待って得意気に魔法の説明する。
「どう? これがお母さん直伝の四属性複合魔法、水素収束弾よ! これなら、どんな大型の魔獣だって無事では済まないはず!」
「あ……」
「あ?」
「アホかぁあああ! こんなの使ったらシーサペンとだろうがフライメタルフィッシュだろうが塵も残さず消滅しちまうわ!」
「いたっ!」
ゴツンと軽くゲンコツを落としたギースさんを恨めし気に見ていると、やがてオリビエさんやマリアさんもこちらにきて口々に注意をする。
「今の魔法は禁止だ。魔獣被害以上に、地形破壊の被害が
「そうねぇ、綺麗な遠浅の海が台無しよ。あの穴は塞げるのかしら?」
「うっ! まあ、十分くらいあれば土魔法でなんとか」
「じゃあ、元通り直してから出発すること!」
「はい。おかしいわ、環境に優しいって魔法を使ったのに。爆発しても水しか発生しないし魔力消費も少ないエコな魔法だってお母さんが言ってたわ……」
ブツブツと呟きながらアース・ウォールを連発して凹んだ砂浜を丁度いい具合になるよう盛り上げていると、オリビエさんが注文をつけてくる。
「もっと攻撃範囲を絞れないのか? 剣を刺すように、ちょっと穴を開けるだけで十分だ」
「それなら丁度いい魔法があるわ! アトミック・レイ!」
ズバンッ! ザザザァ……
魔杖の先から出たレーザー光線が遥か遠方まで海を両断し、直線上に蒸発して露出した陸地に海水が集まっていく。
「数キロ先まで貫通するから平地だと危なくて使えないけど、海なら大丈夫よね!」
「……それも禁止だ。少しでもフィーの魔法の威力を疑った僕が馬鹿だった。基本魔法のアロー系やランス系の属性魔法で頼む。それなら全力でも大丈夫だろう」
「わかったわ、アローやランスを全力ね」
――後日、フィーの攻撃魔法を特殊魔法故の威力だと勘違いしていたオリビエは、魔女級の魔力を持つ者が基本魔法を全力で放ったらどうなるかを知ることになるが、それはまた別の話である。
◇
浅瀬の修復を終えて海岸線を北上していた私達は、くだんのシーサーペントに遭遇していた。
「よし、今だ! オリビエ!」
「ハアッ!」
ザンッ! ゴトンッ……
囮となったギースさんを追いかけて口を開けたシーサーペントの首を、オリビエさんの聖剣が横から両断する。なんというか、
「ちっちゃいわね……」
せいぜい、民家くらいしかないじゃない。これなら下手したらファイアーボール一発で丸焼きになってしまうんじゃないかしら。
そんな感想を抱きつつマジックバックにシーサーペントを収納していると、先ほどのぼやきを聞いていたのかマリアさんがおかしな事を聞いたと尋ねてくる。
「どれくらいの大きさを想像していたのかしら。あれでも大きな方なのよ?」
「えっと、普通のグリーン・ドラゴンくらい?」
「え? 普通のドラゴンならあれと同じくらいだと思うんだけど……」
互いに不思議そうな表情をして顔を見合わせていると、ジュディが正しい情報を教えてくれた。
『もしかして、以前、ブラフォードが倒してみせた古竜のことを言っているのかい? 言っておくけど、あんなのは普通のドラゴンの範疇を逸脱しているからね」
「ごめんなさい、ジュディによると私が昔見たのは古竜らしいわ。お父さんとピクニックに行った時に一度だけドラゴンに遭遇したの」
「ああ、エンシェント・ドラゴンに比べたら子供みたいなものですものね。あ、危ない!」
キンッ! ドサドサッ!
「え? ああ、ひょっとしてこれがフライメタルフィッシュなの?」
剣の間合いに入ったので反射で両断してしまった。私は地面に落ちた金属魚をマジックバックに収納する。
「はあ……フィーちゃん、本当にブラフォード様とサーリア様の御子なのねぇ。お姉さんは感動を通り越して呆れてしまったわ」
「なんでよ。魔法はともかく剣は護身術程度しか教わってないわ」
「そんな護身術があってたまりますか。……でもフィーちゃんなら通過できるかもね、エミリーちゃんの試練」
妙なフレーズを聞いたとコテンと首を傾げた私のそばを、潮の香りがする海風が通り抜けていった。
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