第8話 幸せな記憶

 宿屋に帰った私は、夕食後に冒険者ギルドで聞いた内容とジュディの予測をみんなに話して聞かせた。


「魔法使いを妻に持つ有力者で、さらに具合が悪くなってから姿を見せなくなったってところまで限定されてるなら絞り込むのは造作もねえ。一度、俺が偵察してくるぜ」

「ギース。仮に使い魔の黒猫の言う通りだとしたら、どうするつもりなんだ?」

「そうだなぁ……俺としては放置するのも一つの手かと思うぜ」


 ギースさんは少し考えた後、ジュディと同じ結論に達したようだった。理由としては、有力者と敵対するのは人数的に危険だから。つまりはオリビエさんの身の安全が第一という、お付きとしては当然の判断ともいえた。

 でも、予想通りオリビエさんはその意見に対して首を縦に振らなかった。


「却下だ。他人の命を吸って生きているようなら、それを正すのが神に仕える聖騎士の役目だろう」

「そうですねぇ。役目ということもありますが明確な犯罪行為ですし、有力者といえども刑罰は免れないところです」

「その場合は、フィーちゃんに予定通り生気の流れを変えてもらうのが手っ取り早いが、あんまり手を汚させたくないんだ」


 ギースさんの指摘にオリビエさんが固まった。きっと私に気を遣っているんでしょうけど、私は私で考えがあった。


「ギースさん。もし有力者の奥さんに生気が向かっているなら、その場に行って奥さんの本心を聞いてみたいんだけど……駄目かな?」

「いやいやいや。そいつは駄目だろう! 敵のど真ん中に行くなら偵察する意味もないぜ!」


 確かにそうだ。事件の首謀者かもしれない魔法使いに直接聞きに行くなんてどうかしてる。でも、闇に紛れて潜入することには自信があった。


「大丈夫よ。闇属性は得意だから、隠蔽の魔術をかければそう簡単に見つからないわ。それに私じゃないと、近くに行っても生気が流れる先や魔法陣の設置場所を感知できないじゃない」

「そりゃそうだが……はあ、フィーちゃんも引き下がりそうにないな。じゃあ俺が該当する家を絞り込んで、屋敷の使用人たちが見回る時間帯を探ってくる。その後、警備が手薄な時間帯を狙って一緒に潜入しよう」


 そうして私とギースさんで潜入することを決めると、話し合いはお開きとなった。


 ◇


 男女に分かれて部屋に戻り灯りを消して寝ようとしたところで、窓際の側に立ったマリアさんがふと尋ねてきた。


「ねえ、フィーちゃん。どうして奥さんの本心を聞いてみたくなったの?」

「それは、人の生気を集めてでも死にたくないのかなって」

「ひょっとして、お母さんのことを気にしているのかしら」

「どうして……」


 お母さんの死因を話した記憶はないはずだけど、普段と違う鋭い切り込みに思わず黙り込んでしまった。窓から差し込む月の光に照らされたマリアさんの鋭い双眸に、髪をおろしていることもあって別人のように感じてしまう。

 そして、私の長い沈黙はマリアさんの言葉が正解だと言っているようなものだった。


「不思議そうにしてるけど、悠久の魔女は物語になっているほど有名なのよ。その名の通り若々しい姿のままで悠久の時を生きるとされた魔女サーリアが亡くなったのなら、出会ってからのフィーちゃんの一連の言動から原因を推測するのは職業柄簡単なの」


 普段オリビエさんに絡んでいる時は想像もできないけど、マリアさんは査察官として地方の教会を巡って悪事を働いていないか調べ上げ中央教会に報告する役目を背負っているのだそうだ。

 今日の昼間に巡礼していたのは、オリビエさんを隠れ蓑にして不正がないか確認する目的も兼ねていたらしい。なかなか怖いお姉さんだわ。


「当たり前だけど、私だけでなくギースだって気がついてる。彼も普段は飄々としているけど、グローリア家の懐刀とされるアネスティ家一の切れ者なの。だから、フィーちゃんの同行に反対しなかったのよ」

「そうだったんだ……ごめんなさい。すごく個人的なことで迷惑をかけてしまって」


 魔法使いとして雇われている以上、本来はオリビエさんの安全を第一に考えるべきでしょう。わざわざ潜入などしなくても、今ここで生気の流れを変えてしまえば一件落着だわ。私の行動は甘えでしかなかった。


「フィーちゃんはまだ十五歳だもの、感情に折り合いが付かなくても仕方ないわ。それに、今のうちにその疑いを綺麗さっぱり払拭しておく必要があると思ったのよ」

「お母さんを見たこともないのに、ずいぶんとハッキリ言うのね」

「まあね。フィーちゃんを見ていれば両親にどれほど愛されていたかわかるわ。それでも、踏ん切りをつける必要はあるでしょう。小さな切っ掛けから闇に堕ちた人たちをたくさん見てきたせいか、少し危ういフィーちゃんをお姉さんは放っておけないのよ!」


 そう言って微笑みを浮かべたマリアさんからは先ほどまでの鋭利な雰囲気は抜け落ちて、普段の優しいお姉さんに戻っていた。窓際からこちらに寄り添いそっと抱き寄せられると、生前のお母さんを思い出して涙が溢れてきた。


「あらあら。今日だけは私をお母さんだと思って、このまま一緒に眠りましょう」

「……うん、ありがとう」


 その日、私は久しぶりに生前のお父さんとお母さんの夢を見て、深い眠りに落ちたのだった。


 ◇


 朝起きて身支度を済ませてマリアさんと朝食を摂りに向かうと、すでにギースさんとオリビエさんが席について食べ始めていた。


「おはよう、フィーちゃん。昨日はゆっくり眠れたようだな」

「おはようございます。魔力も回復したし、いつでも行動に移れるわ」


 二人に挨拶をして席につくと、給仕の人がミルクとパン、それからベーコンエッグを運んでくる。ジュディの分も頼もうとすると、あらかじめ用意してくれていたのか別の人が運んできてくれた。


『気が利いているね。てっきり部屋に戻るまでお預けかと思っていたよ』


 喜んでミルクを飲み始めたジュディを見ていると、オリビエさんが話しかけてきた。


「少し目が赤いようだが、本当にゆっくり休めたのか? 具合が悪いようならしばらく寝ていても……」

「べ、別に大丈夫よ! これは少し……そう、夢見が悪かったのよ」


 昨日のことを思い出して、今更マリアさんの前で泣いたことが恥ずかしくなり慌てて言い訳を捻り出して窓の外を向いた。涙を流した影響か、窓から差し込む陽光が少し眩しく感じられる。

 そんな私の様子を不審に思ったのか、なおも詰め寄ろうとするオリビエさんをギースさんが嗜める。


「そういうところだぞ、オリビエ。女性が目を腫らして誤魔化そうとしていたら、しつこく聞かずに何かあったらいつでも頼ってくれと心配していることだけ伝えればいいんだ。まったく巡礼の成果が出てないな」

「なっ! 何度も言っているが、巡礼はあくまで修行のため……いや、確かにそうかもしれない。済まない、フィー。何か役に立てることがあったら言ってくれ」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫なので気にしないでください」


 そう言って朝食を摂り始めると、隣のマリアさんが目をゴシゴシと擦り始めた。


「なんだか目が赤くなっている気がするわ! 先に言っておくけど、オリビエくんができることは、お姉さんを慰めつつ一緒に夜を過ごすことよ!」

「何を言ってるんだ。仮に目に異常があっても、自分で回復をかければすぐ治るだろう。朝から馬鹿なことをするな」

「うう、ずいぶん長く一緒に旅をしてきたというのに、ちっとも打ち解けてくれなくてお姉さんは悲しいわ」


 ヨヨヨと鳴き真似をし始めたマリアさんに、思わずクスッと笑ってしまう自分に気がつく。どうやら、また気を遣わせてしまったようだ。

 私はなおも続く聖属性の二人の掛け合いを楽しみながらも、いつか自分も他人をさりげなく元気づけられる大人の魔女になりたいと、目標を新たにするのだった。

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