第5話 魔女の条件

「うろ覚えだけど、確か魔力と知識と使い魔との絆だったかしら。あと私の系統だと、試験官に会うこと自体が難しいんですって」

「は? 魔女協会に行けば受け付けてくれるんじゃないのか」

「受け付けはしてくれるけど、そこから適正に応じたマスタークラスの魔女に会わないといけないの。お母さんや私は時空間系だから、この世界とは少しずれた場所に隠れていて見つけるのも課題のうちなんですって」


 火・風・水・土・光・闇のような六大属性の魔女なら協会を通して会うことはできる。苦手な光属性以外なら問題なく合格できるはずだけど、どうせならお母さんと同じ特殊系統で合格したいわ。


「世界からずれた場所ってどういうことだい?」

「うーん、それは説明するより実際に見てもらった方が早いかな」


 私は指をパチンと鳴らして私の力が最大限に発揮される空間に繋がるゲートを開き、周囲の空間を私の色に染め上げた。周囲にはお母さんが元いた世界に咲いていたという桜の木が満開に咲き誇り、はらりはらりと舞い落ちている。


「まさか固有空間!? おいおい、フィーちゃんこんなものまで使えるのか。ありえねぇ……」

「固有空間? 何だそれは」

「簡単に言うと、私自身の人格を反映した亜空間よ。かなり魔力を消費するけど、その代わりこの中でなら自由自在に力を振るえるの。こんなふうにね!」


 右手を振り上げると、突風が巻き起こり桜の花びらが一斉に舞い上がった。私は左手でそれを空中に静止させると、巨大なドラゴンを形成した。


「ずいぶんと綺麗なドラゴンだが、こいつは攻撃力はあるのか?」

「直接的な攻撃力はないわ。ただ桜竜に包まれたら精神が永劫の時の檻に囚われて事実上死んでしまうだけ。悠久の魔女であるお母さんが得意とした特殊魔法よ」


 私は再び指を鳴らして空間を元に戻す。空が崩れ桜の木々が崩れると、元の紅葉の景色が広がった。少し立ちくらみがして、オリビエさんの腕にしがみ付いてしまう。


「おい、大丈夫か?」

「ごめんなさい。久しぶりに一気に魔力を放出して眩暈がしただけよ。まだまだ修行が足りないみたい」


 そう言って頭を振りながらオリビエさんから離れると、ジュディから叱責が飛んできた。


『やれやれ。たった数分でそのザマじゃ、サーリアみたいになるのは当分先のようだね。僕とやり合った時には何時間でも僕の固有空間とのせめぎ合いを演じてみせたよ』

「嘘でしょ!? まいったわね。今の私にはせいぜい三十分が限界よ」

『まあ頑張ることだね。フィーの場合は魔力の大量放出酔いをどうにかするのが先かな。魔力は長年精進するしかないけど』


 ふう、盗賊十人程度で重いなんて言ってられないわね。魔法都市に到着するまで時間はあるし、それまで毎日でも固有空間を発生させて魔力の大量放出に慣れないといけないわ。

 そうしてジュディと会話をしていると、オリビエさんが不思議そうな表情で聞いてきた。


「使い魔って、もしかしてその黒猫のことか?」

「ええ、お母さんから受け継いだの。賢くて念話で話すこともできるのよ」

「へぇ、他には何かできるのか?」

「……何ができるんでしょうね」


 口に手を当てて考えてみるものの思い浮かぶことはなかったので、ありのままを呟いてしまう。


「ミルクを飲んだり、撫でると癒しを感じる効果があったりするかも?」

「いや、それは普通の猫でもできるだろう。できることに数えるのも疑問だが」

「あはは、それはそうよね。一緒に居てくれるだけで十分だったのよ」


 考えてみれば今まで気にしたことがなかったわ。話し相手になってくれるだけでも、孤独を感じずに済んだからありがたい。言わば、家族のようなものだ。


『失礼だなぁ。僕だって簡単な魔法や偵察くらいはできるよ。強いて言えば闇属性が得意だけど、使い魔は主人の影響を受けるから空間魔法もそれなりに使えるのさ』


 そう言ってジュディは杖に吊るした鞄から地面の影に飛び降りると、そのまま地面に吸い込まれて私の頭上から落ちてきた。


「ちょっと! 髪が痛むから乗るなら肩にしてよね! いえ待って。それならジュディは杖に乗らずに自分で飛んだらよかったんじゃない?」

『嫌だなぁ、それじゃあゆっくり眠れないじゃないか。知らないのかい? 猫には長い睡眠時間が必要なんだ』

「もう、仕方ないわね」


 私は自慢の黒髪が引っ掻からないようにゆっくりと頭からジュディを引き剥がすと、肩の上に乗せた。


「フィーちゃん、すごいじゃない! 使い魔まで魔法を使えるなんて、一級の魔法使いの使い魔だってそうはいないわ」


 大袈裟に褒めた讃えてマリアさんが猫可愛いさに手を伸ばしてきたけど、ジュディはヒョイと肩から飛び降りて、再び転移魔法でマジックバックの上に移動して丸くなった。残念そうにしているマリアさんの様子に、訝しむようにジュディを見る。


『僕は聖騎士や僧侶みたいな聖属性持ちは苦手なんだ。僕の魂が何者か忘れたんじゃないだろうね』

「忘れたわけじゃないけど、別にダメージを受けるわけじゃないでしょ?」


 ホルス村でオリビエが放った強烈な浄化の光を受けても問題ないのだから、触ったくらいでどうなるわけでもないはず。


『静電気のように毛が逆立つんだよ。害はないけど気になるんだ』

「はあ……、どうやら聖属性の人に触られるとピリピリして気になるみたい。ごめんね、マリアさん」

「そうなのですか。それは仕方ないですね。では、オリビエくんとただれた毎日を過ごして共に闇属性に反転してみせましょう!」


 マリアさんはジュディを撫でるのを諦めて今度はオリビエさんの方に近寄って行ったけど、そちらもザザッとオーバーリアクションで避けられる。


「断る! ギース、やっぱり人選を間違ったんじゃないか!?」

「いやぁ、これでも法術の腕だけは確かなんだ。それに、マリア以外だと同意無しで迫られていたと思うが……って、考えてみたら十七歳男子ならその方がよかったか?」

「いいわけないだろ! 聖騎士見習いの巡礼をなんだと思ってるんだ!」

「そりゃあ少しは世間を学ばせて、厳しい修行で堅くなり過ぎた頭を柔らかくしようっていうのが主旨だろ。聖騎士だって人間だ。女の一人や二人抱いた所で、合意の上なら神様も無粋なことは言わないだろうぜ」


 肩をすくめて答えるギースさんはふと私の方をみると、顎に手を当てて少し考える素振りを見せたあと、とんでもないことを言い出した。


「そうだ。フィーちゃんなら年齢も近いし口説いてみたらどうだ。考えてみれば言い寄られるだけで、自分から女の子に近づいたことはないだろ。フラれるのもいい経験だ」

「ばっ……何を言ってるんだ! 大体、なんでフラれる前提なんだ!」

「もう。ギースさん、オリビエさんをけしかけないでください。もし子供ができたら試験に支障が出ます」

『いや、大丈夫だよ。悠久の魔女と普通の人間の間には……』

「あ、あれを見てください、街が見えてきましたよ!」


 ジュディが何か言いかけたけど、その前にマリアさんがライラの街並みが視界に入ってきたことを告げられ気が逸れた。


「凄い! あんな大きな城郭都市なんて初めてみたわ!」

「ははは、王都はあの数倍はあるぞ。フィーちゃんも旅で色々と学ぶ必要がありそうだな」


 確かにローレライ以外の街は何も知らないに等しい。これまでの常識が通じないこともあるでしょうし、逆に美味しいものや可愛い服もあるかもしれない。

 私は新しい街での未知の体験に思いを馳せ、期待に胸を膨らませるのだった。

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