第3話 呪われた村

 あれから二時間ほどかけて麓まで降りて来た私は、村から立ち昇る瘴気に眉を顰めていた。


「ねえ、ジュディ。なんだか、おかしな気配を感じるんだけど、この村で安心して眠れるのかしら」

『うーん。僕たちに関して言えば問題ないかな? そこの二人はわからないけど』


 言われて気がついたけど、オリビエとマリアさんが顔を青ざめさせて今にも吐きそうな顔をしていた。


「オリビエさんにマリアさん。気分が悪いなら別の村に行く?」

「いいえ。これは私たちに課せられた試練に違いありません! この村に立ち込める暗雲を払ってみせます……オエエエ!」

「マリアさん!? もう、仕方ないなあ。ダークネス・フィールド!」

「うっ、なんだか楽になった気がする」


 それはそうでしょう、周囲を私の魔力で満たしたのだから。でも毒をもって毒を制するようなやり方だから、あまり長い間こうしているのはおすすめできないわ。


「ギースさん。なんだか悪いものが取り憑いているみたいだし、聖属性の二人には辛いみたいよ。後日高名な司祭様にでも祓ってもらう事にして、今日は野宿したほうがいいんじゃない?」

「いやあ、俺もフィーちゃんの言う通りだとは思うんだけどな……」

「駄目だ! こんな濃い瘴気の中で村人たちも苦しんでいるはずだ!」

「……というわけなんだよ」


 もう、オリビエさんも融通が効かないのね。大体、普通の村人なら耐性もできてるでしょうから大丈夫なのでは……と思ったら、村の建物から一斉にグールが湧き出て来た。


『あちゃー、取り憑いているというか村全体が既に悪霊になってるからミルクは期待できそうにないなぁ』

「もう! ジュディが討伐されて、こういうのは大人しくなったんじゃないの?」

『やだなぁ。もともと僕は悪霊なんて操るような品の悪いことはしないさ。これは自然発生的なものに近い。ここらは魔素黙りで人が住むのはおすすめしないな。まあ、君のような魔女が住むなら快適だろうけど』

「そうなんだ。じゃあ、遅かれ早かれこうなっていたのかしら。だったら後腐れないように、いっそ全てを炎で焼き払ってしまったらどうかな?」


 私がジュディの見立てを三人に共有して焼き払うことを提案したところ、オリビエさんとマリアさんが首を横に振った。


「駄目よフィーちゃん。それじゃあ村人の魂が救われないじゃない」

「そうだ。ここは僕に任せてくれ。一つ考えがある」

「別にいいけど、無理はしないでね」

「ああ、約束する」


 そう言ってオリビエは剣を抜くと、地面に突き立てて祈りを捧げ始めた。


「……最高神の慈悲のもと天に還れ。我が名はオリビエ・フォン・グローリア、勇者グローリアの末裔なり。グランド・セイクリッド・フィールド!」


 オリビエの祈りが終わり最後に聖句を唱えたかと思うと、あたりに巨大な魔法陣が現れ世界が光に包まれ、村人たちが浄化されていった。やがて光が収まると、オリビエさんがゆっくりと倒れていった。


 ドサッ……


「オリビエさん!」


 急いで駆け寄って抱き起こすと、単に力を使い果たして眠っているだけのようだった。まったく、無理はしないって言ってたのに全然信用できない人だわ。


『こいつは驚いた。この少年、次代の勇者じゃないか。というか君の両親と共に僕を討った勇者と聖女の子供なんじゃないかな』

「ええ!? それはまた……奇遇、なのかしら?」


 その後、マリアさんが来て回復をかけると、オリビエさんが意識を取り戻したのだった。


 ◇


 あれから村の建物に残された遺骨を埋葬して、建物の一つを綺麗にするとすっかり夜も老けていた。私は昼間に狩ったフォレストマッドベアーの肉で焼肉を楽しみつつ、昼間のことを聞いていた。


「オリビエさん、勇者の末裔なの?」

「うっ……まあ、そうだ。でも、僕自身は何の実績も上げていない単なる聖騎士見習いさ」

「そっか。でも大規模な浄化の力が使えて良かったわ。今日は野宿だと思っていたから」


 それきり興味を無くしたように肉を頬張る私に、不思議そうな表情でオリビエさんが尋ねてくる。


「僕の両親の事に興味はないのかい?」

「亡くなった両親から小さい頃に散々聞かされたから」

「そ、そうか。どんな話だい?」

「うーん、アルフレッドの奴は頭が固くて融通が効かない野郎だとか、ミューズは聖女の癖にやたらと人に恋バナを持ちかけて来て鬱陶しかったわ、とか……あっ」


 余計なことを喋ってしまったと口を閉じた。


「ご、ごめんなさい。よく考えたら別人の話だったわ!」

「フィーちゃん。そいつはちょっと厳しくないかい? 大体、その剣の柄頭の紋章を見た時から怪しいと思っていたんだ」

「え? これは普通のロングソードよ。お父さんの形見なの」

「……ほう、つまりフィーちゃんは狂戦士ブラフォードと悠久の魔女サーリアの子なわけだ。そりゃ強いはずだわ」


 おかしいわ。何も言っていないのに、剣だけで素性がばれてしまったみたい。私は腰のロングソードの柄頭を確認したけど、飾り気のない四つ葉の紋章しか描かれていない。


「おかしいわね。こんな雑草の意匠なんて、どこにでも売っていると思うんだけど……」

「おいおい、ケープライト王家の紋章を雑草呼ばわりしたらまずいだろ。そいつを見せれば、国王にだって目通りできる逸品だぞ。てか、中心の穴に付いていた翠玉はどうしたんだ?」

「そんなの売り払ったに決まってるじゃない。両親が亡くなって生活費に充てたわ。それでも足りなくなったから、街で開業するために魔女の資格を取りに行く事にしたの」

「はあ? 嘘だろ? フィーちゃん、絶対カモられてるぞ。翠玉一つで一生暮らしていけるはずだ」


 その後、ギースさんの説明で私がいかにぼったくられていたのかが判明すると、私はガクリと肩を落とした。


「うう……当時十二歳の私に宝石の価値がわかるわけないじゃない。でも、まあ……あの街も今では復興したけど、当時はスタンピードで荒れていたから仕方ないわ」


 私はその気になれば山に行って狩りをして生きていけるけど、普通の住民たちはそうはいかない。まあ、今回のことは勉強料として諦めましょう。それより、この剣が通行証代わりに使えることがわかってラッキーと思う事にするわ。


「はあ……フィーちゃんは、そこで酔っ払って管を巻いて寝ているマリアよりよっぽど聖職者に向いてるぜ」

「聖職者なんて魔女の適正と正反対の職業に就けるわけないじゃない。それに、お母さんも性格と職業は必ずしも一致しているとは限らないってミューズさんを例に挙げていたわ……って、ごめんなさい」


 よく考えたら、息子さんがいる側でお母さんの事を悪く言うのは良くない。


「いや、気にしないでくれ。俺もそう思っているから」


 しかし予想に反してオリビエさんの機嫌は悪くない。ふと横を向いたところ、焚き火に照らされたオリビエさんの横顔は、むしろ柔らかい笑顔が浮かんでいた。


 ◇


 四人が村の中心で夜食を楽しんでいる頃、使い魔のジュディは村の外れにある墓地を訪れていた。


『出てきなよ。わざわざ、あんな出迎えをするなんてお前だけだからね。幽鬼ヴェルナンド』


 ジュディの呼びかけに微かに残っていた瘴気が渦を巻き、執事の服装をした鬼人の造形を形作り、右手に手を当てて礼を取る。


「やっと見つけましたぞ。まさかそのような姿に身をやつしておられたとは思いませんでした。さあ、魔界に戻り再起を果たしましょう」

『必要ない』

「……は?」

『僕はもう魔王になるつもりはないってことさ。今すぐ何かするつもりなら、君たちだけでやるといい』


 ジュディとヴェルナンドの間に静寂が訪れた。


「これはこれは。キルレインの名を受け継ぐジュディラスティ様のお言葉とは思えませんな。一体どのようなお考えがあってそのような事をおっしゃられるのか」

『簡単な事だよ。今は子守で忙しいんだ。気配を探ればわかるだろう?』

「……これは! なるほど。そういうことでございましたか。それでは、私めはその時のために準備を進めておきます」


 そうして霧の鬼人が恭しく礼をした直後、集まっていた瘴気が霧散した。


『やれやれ。だから結界で隠蔽されたあの街から出たくなかったんだけどな。可愛いフィリアーナの言うことなら、それもやむなしか』


 独白するようにつぶやいたジュディが去った後には、秋の訪れを告げる落ち葉が赤く色づいていた。

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