第2話 旅は道連れ

「何するのよ! 毛皮が駄目になってしまうじゃない!」

「……は?」


 呆然としてフォレストマッドベアーの前で口を開けたまま棒立ちになった青年に私は舌打ちをすると、その少年を抱えてその場を急速離脱した。私たちがいた場所に、フォレストマッドベアーの振り下ろしの一撃が加えられ地面が抉れた。

 そこで前足を地面に突き刺して動きを止めたフォレストベアーに向かって魔法を繰り出す。


「ウォーター・ボール! ライトニング・ボルト!」


 全身を水で包んで雷撃を加えて麻痺させ、そのまま溺死させるとホッと溜息をついた。


「ふう……危なかったわね。怪我はないかしら?」


 私は脇に抱えていた青年を立たせて笑顔を向けて無事を確認したが、何故か彼は怒り出した。ジュディもなにやら私を非難してくる。


「ばっ、馬鹿か君は! どこの世界にフォレストマッドベアーに向けた剣を受け止める奴がいる!」

『フィー、ない。それはないよ』


 なんだかよくわからないけど、ジュディまで言うなら彼の言う事にも一理あるのだろうと平謝りする。


「えっと……ごめんなさい。路銀が心許なくて、熊の毛皮が大切だったの」

「うっ……」


 シュンとした様子を見せた私に何故か横を向いた彼は、今度は頬を掻いて次からは気をつけろと言って黙り込んだ。私も何を言ったらいいのか戸惑っていると、周りから新たに二十歳かやや上くらいの二人の男女が姿を現した。


「おいおい、オリビエ。急に駆け出すなんてどうしたん……あれ? もしかして、お邪魔だったか」

「あらあら。ギースさん、三十分くらいして出直しましょう。オリビエくんは若いし、それで二、三発くらいはできるはずで……」

「マリア、なに言ってるんだ! それでも僧侶か! ギースも、余計な気を使わなくていい!」


 猛然と捲し立てる青年に、剣士風の男が頭を掻いて答える。


「いやあ……だって、どう見ても颯爽と危機に駆けつけた聖騎士の登場でいい雰囲気になっているところに邪魔しちまったと、珍しく申し訳なく思ってるところだぜ?」

「そうですよぉ。あの堅苦しいオリビエくんがついにナンパをと思ったら、お姉さんは嬉しくてたまりません」

「何か勘違いしているようだが、ここに転がっているフォレストマッドベアーもフォレストウルフも全部、彼女が狩ったものだぞ……毛皮を傷つけないように傷一つ付けずに」

「「……は?」」


 二人の男女は周りに転がっている死体の見聞を始めたけど、そこで私は熊の血抜きをし忘れていることに気がついた。


「あ、お肉が駄目になってしまうので、フォレストマッドベアーの血抜きをしますね……ブラッド・ドレイン」

『あー、それは見せない方が……って、もう遅いみたいだね』


 抜き取られた血が頭上で球状に溜まっていく様子に、三人とも口を開けて驚いているようだった。


「君は一体……」

「あ、自己紹介していませんでしたね。私は魔法使いのフィリアーナです。魔法都市のマーシャルに向けて旅をしています」


 魔女試験を受けていないし、今のところは魔法使いと言っていいはず。そう思って名乗ったところ、彼らも自己紹介していないことに気がついたらしく、


「僕はオリビエ。聖騎士試験で巡礼の旅をしている」

「俺はギース。まあ、オリビエのお守り役でクラスは戦士だ」

「私は僧侶のマリアよ。一応、巡礼の見届け人といった役所やくどころね」


 聖騎士になるために巡礼の旅をしないと行けないとは魔女に限らず資格を得るのは大変なのね。


「そうなんですか。お勤めご苦労様です。では、私は適当に狩りを続けながら野宿をしますので、ごきげんよう」


 私はぺこりと礼をしてマジックバックにフォレストウルフとフォレストマッドベアーを収納すると、そのまま山の奥地に立ち入ろうと歩を進めたところ、後ろから引き止められた。


「いやいやいや! 嬢ちゃん一人でこの山の奥地で野宿なんてねーわ!」

「そうですよ! 死にに行くようなものです!」

「大丈夫ですよ。小さい頃、お父さんと一緒によくやりましたし」

「どんな親父だよ! てか、嬢ちゃんは魔法使いなんだろ。近寄られたら一巻の終わりだろ」

「え? その時は普通に剣で斬りますよ」


 そう言って、お父さんに教わった通りの居合い抜きで近くの木を両断した。


 ズドーン!


 その後、倒した丸太を適当にカットしてマジックバックに収納する。乾燥させれば、木のテーブルとか家財道具用に使えるでしょう。


「ウインド・カッター」


 ゾンゾンゾンッ!


「こんな感じで山に出没する熊や狼くらいなら対処できますから」

「「……」」


 引き止めようとしていた大人二人が黙り込んだので、そのまま退散しようと身を翻したが、


「いや、やっぱり年下の女の子が危険な山奥に一人で野宿するのを放っておけない」


 オリビエさんに止められた。まいったわね、聖騎士を志すだけあって善意の塊みたいな人だわ。まったく、試験官の女僧侶の方が不純なんじゃないかしら。


「でも私も路銀を稼がなくてはいけないので」

「じゃあマーシャルに到着するまで臨時で魔法使いとして雇われないか? いく先も同じようだし、見ての通り近接しかいなくてバランスが悪いんだ」

「えーと……」


 私は改めて目の前のオリビエさんを上から下まで見回す。よく見るとと装備に服装、靴に至るまで品の良いものを身につけている。お付きの二人も彼ほどではないが悪くない。もしかして、貴族の子息とかなのかもしれない。

 そう考えた私は厄介ごとから身を遠ざけようとするが、ジュディが彼らの元に行って懐いたフリをし始めた。


「……なにしてるのよ。ジュディ」

『仕方ないよ。寒い野宿よりも暖かい宿屋に美味しいミルクの匂いがする方に気が向いてしまうのは猫の習性さ。それに悪意がないってわかっているんでしょ?』

「まあ、可愛い黒猫ちゃんね。よしよし」


 マリアさんに撫でられてゴロゴロと喉を鳴らし始めたジュディの姿に深い溜息をつくと、私は仕方なく同行に同意した。


「はあ……わかりました。でも魔法都市に着くまでですよ。はい、あなたはこっちに来る!」


 私はマリアさんからジュディを回収すると、浮かせた杖にマジックバックを掛け、その上にジュディをのせた。突然持ち上げられた事にジュディは不満の鳴き声を上げたが、すぐに鞄の上で丸くなって眠り始める。まったくお気楽な使い魔だ。


「ははは、すまねえな。ウチの坊ちゃんは親に似てお人好しなんだ」

「坊ちゃんはやめろと言っただろ!」

「はいはい、そこまで。そろそろ出発しないと麓の村に着くまでに日が暮れますよ」


 先を歩き始めたマリアさんについていくと、ギースさんが不思議そうな表情をして尋ねてきた。


「嬢ちゃんはその杖に乗って行かないのか?」

「少しは歩かないと体力が付かないわ。あと私のことはフィーって呼んでね」

「おう。しかし杖の浮遊を維持しながら山道を歩くなんて辛くないか? いざという時に咄嗟に魔法も出せないだろうし」

「え? 特には負担にならないし、杖を浮遊させているくらいで他の魔法が出せないほど初心者じゃないわ」


 右手に十二の火の玉を、左手に同じ数の氷の刃を出して高速回転させて見せる。お母さんに言われた課題を毎日こなしてきたのだし、今では同時制御数にはそれなりの自信があるわ。


「というか、さっきから剣の間合いに入っている感覚が痛くて仕方ないんだ。相当な魔法使いなのはその両手に浮かんだ魔法からわかるんだが、その闘気はおかしくないか?」

「あ、ごめんなさい。護身術だってお父さんに教わったから、半径一メートル以内に入った異物を無意識で斬る癖がついているのよ。みんなの気配に慣れれば消えると思うわ」

「フィーの父親は、とんだ過保護だな」


 話題が剣技に移って気になったのか、オリビエさんも会話に入ってくる。


「そういえばフォレストマッドベアーに向けた剣を止めたのは魔法なのか? 遠くにいたはずなのに、いきなり目の前にいただろう」

「あれは瞬歩よ。適当に闘気を足に集中させればできるって小さな頃にお父さんに教わったわ」


 私の答えに絶句したオリビエさんの代わりにギースさんが感想を述べた。


「……いやぁ、瞬歩を適当に使えたら騎士団も商売上がったりだろうぜ」


 そんな他愛もない話をしているうちに、峠を越えて麓の小さな集落が見えてくる。


「ホルス村が見えてきましたよ。今日はあそこに泊まりましょう」


 そう声をかけたマリアさんは、ちゃっかり杖の上に腰掛けてジュディを撫でていた。なんとも自由な人だと思いつつも、生まれた街以外の初めての集落に心を躍らせるのだった。

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