ジョニィへの伝言

 ジョニィが仕事に来なくなって三日が経った。


 作業分担表に今日も彼の名前はなく、ホワイトボードの隅で佇むネームプレートは世代交代を終えた備品のように見えた。


 ジョニィが無断欠席を続けている理由を僕はそれとなく同僚に訊ねてみたけれど、返ってきたのは「さあ、仕事が嫌になったんじゃない?」という一般論のみだった。誰一人として、彼が忽然と姿を消したことに疑問も関心も抱いていないらしかった。あるいはこの僕にしてみたって、心の底から彼の近況を心配しているのかといえば、そんなことはないのかもしれない。未だに誰も掴んでいないスキャンダルを身勝手に吹聴して回るパパラッチのように、ただ得意げになっているだけなのかもしれない。


 昼休み。僕は社員食堂に行き、僕が非番の日にジョニィがそうであるように一人で昼食を取った。彼以外にも話し相手はいたが今日は静かに食事をしたい気分だった。

 いつも通りの混雑した社員食堂の風景、僕が注文したのはいつもと同じメニュー。一連の行動に唯一異なる部分があるとするなら、新聞を取りに行ったことくらいだ。

 惣菜カウンターの横には各社の新聞が一週間分置かれていて、きちんと元の場所に戻すという暗黙のルールの下、自由に持っていって閲覧していいことになっている。

 折り目正しく折り畳まれたそれらの中から、僕にとっての「空白の一日」の日付が記された朝刊を取って、僕はテーブルに着いた。


 食事をしながら記事の内容を適当に流し読む。無関係な他人事、付属される独自の解釈。ジョニィの講義を聞いている時と何一つ変わらない。メディアには広い紙面が用意されているのに対し、彼にはそれが与えられなかったというだけの違いだった。


――UBE工業に対する重大なテロ行為。


 いかにも重要性が低いといわんばかりに端っこに載ったその見出し。新聞の編纂について詳しいわけではないが、せいぜい二面記事か三面記事といったところだろう。 気紛れに読み飛ばされるだけの凡庸な事件だったのかもしれない。だが僕はあたかも自分自身が当事者になったかのように、愛社精神とは無関係にその内容を読み込み、そこに彼の名前を見つけたのだった。


 〇月×日未明。ジョニィを含む数人のテロリストは同時多発的に関連施設の爆破を試みたらしい。だがそのほとんどが未遂に終わり、唯一火の手が上がった七番工場についても敷地内消防隊によって間もなく鎮火された。


 その記事を読んで、僕はすぐにモーテルの夜を思い出した。夜空に響くサイレン。窓ガラス越しに伝わる非日常の振動。それらは全て彼の演出によるものだったのだ。


 僕は今、無性にジョニィと話したいと思った。拘置所のガラス越しに彼と面会する機会が与えられるとしたら、彼に対して何を語り、何を伝えることができるだろう。

僕からの助言など求めていないかもしれない。彼は頷くこともなく、ただじっと聞くだけだろう。それは底知れぬ深淵にひたすら小石を投じる虚しさにも酷似していた。一方的に彼の講義を聞く羽目になるかもしれない。それならそれで一向に構わない。

今度こそ僕は適当な首肯を止めて、より深く彼の思考を知りたいと思った。


 だが結局のところ薄情な僕にそれだけの行動力はなく、かつての同僚は僕にとってすでに「失われた人物」なのだった。

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