第13話 できると思うからこそ

「何なのですかコイツらは?」


「恐らく……魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンですね。気配から考えてなので正確には違うかもしれませんが……。それにバイザーに反応が無いのは困りますが、数はざっと20くらいいます」


 アリアは突如として現れた魔獣の群れに震えている様相であり、一方のハロルドはアリアの盾になるべく身を呈していた。

 アンディが張った魔術防壁は、囲んでいる魔獣達が様子見をしている事も相俟って、アリアのバイタルを守る事にはあまり効果を発揮していなかったが、アリアのメンタルの安定には有意義だった。



「この状況はマズい。まだ、戦闘の経験が浅いアリアじゃ、無事に切り抜けられるか……いや、そうじゃない、小生じぶんがやるんだッ」


 ハロルドは心の中で呟きながら、腰に差してある長剣ロングソードを抜き身にしていく。

 その瞳には闘志が宿っており、その真剣な顔付きにアリアは少しだけドキッとさせられていた。



「アンディ、アリアさんの全ての防御は任せます。確実に彼女を守って下さい。小生じぶんはアンディが守ってる間に敵の数を減らします」


だッ


「でえやあぁぁぁぁぁぁぁッ」


「言われなくても、分かってるよ~☆」


 ハロルドの気迫に対して拍子抜けするほど軽い声で、アンディは手を振りながら返していた。



「アリア、どうするの?このまま、ハロルドに任せるのかい?」


「わ……わたしだって、ハンターです。闘えます!アンディはそのまま魔術防壁の維持をお願いします」


「うん、分かった〜。アリア、頑張ってね☆」


 アリアは先程までのおびえた表情から一転し、精悍せいかんな顔付きに変わっていた。こうしてアリアは防御をアンディに全て任せ詠唱を始めていく。



「わたしの願いよ、届けよ届け。くるくる回れ、正しき水よ。くるっと回れ、清き水。回り回って、巡り巡って、わたしの中に集まれ水よ」


 アリアの詠唱に拠ってマナが編まれだし、アリアの掌へと集まって行く。そのマナ達は凝縮され、アリアが描く形大小様々な水玉に変化させていく事になる。



「清き調べよ、わたしの元へ。清き雫よ、わたしの元へ。集まり集いし清き雫よ、敵を穿つらぬく雨となれ、ワダツミの調べ!」

聖なる水の調べホーリー・ノート!」


 アリアの周囲に漂っていた大小様々な水玉は、力ある言葉に拠って「螺旋状らせんじょうの針」のようなモノへと姿を変えていった。そしてそれらはアリアが手をかざすと、その手が翳された前にあるモノが直線上に射出されて行ったのだ。



 辺りに「さあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と雨が降り頻るような音が、アリアが手を翳す度に奏でられていく。周囲に蔓延はびこ魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達に向けて放たれる、清浄な水の残虐な雨は、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達の身体深くまでその螺旋をめり込ませて行く。

 次々と雨に射られ魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンが無残に倒れ、そのまま黒い塵へと変わっていく光景がそこにあった。




「でやぁッ!せぃやぁッ!」


しゅばッ

 ざんッ


 ハロルドは必死に長剣ロングソードを振るっていた。少しでも多くの魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンを自分に引き付けようと大立ち回りを演じていたとも言える。

 しかしその甲斐あってか、ハロルドに興味を示している個体は多かった。だが、倒しても倒しても、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの数が減らない事に、焦りを抱き始めていたのも事実だった。



 先に感じた数は20体程だったが、戦闘が始まってからと言うもの、周囲にある気配のその数は先程の倍は下らない。

 もう既に空は黒味を増した紫になって来ており、そこまで夜は迫っている。マジックアワーは過ぎ去り、帳が覗き込んでいるそんな時合い……。

 目前に迫る夜に対して、このままらちが明かない闘いをしていてはいずれ、こちらが狩られる事になる。


 それが、容易にハロルドの焦りを誘っていた。ハロルドとて素人ではないから、その「焦り」が判断を狂わせる事を熟知しているが、どうしようもないモノ打破出来無い状況に対して「焦るな」と言われても「無理なモノは無理」としか言えないだろう。




 そんな中、少し離れた辺りで雨が降るような音がハロルドの耳に入って来た頃、ハロルドに襲い掛かって来る魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの数が減り始めた事に漸く、ハロルドは気付く事が出来ていた。



ざしゅッ


「これで、最後……はぁ……はぁ……なんとか、なった。はッ!そうだッ!!」


だッ


「アリアさん、ご無事ですか?」


「えぇ、勿論です」


 ハロルドは掃討した達成感に酔いしれる事も出来ずにアリアの元へと駆け寄って行ったワケだが、キズ1つ無いアリアの姿はハロルドに安堵を齎してくれていた。



「これで……討伐対象魔獣は終わりですか?ハロルドはどう思いますか?」


 そんなアリアの問い掛けに対してハロルドは静かに首を横に振っていた。



「周囲に気配はもう感じませんが、アイツらは魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンです。魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンと呼ばれていても「魔界」にいる魔族デモニアに変わりはありません。だから本来ならば人間界に、んです。それがあんなにいたと言う事は、どこかに召喚をしている者がいるか、召喚陣があるハズです。それを何とかしないと、永遠に湧き続ける事になるハズです」


 ハロルドは「ハズハズ」言いながらアリアにそう応えていた。ハロルドは魔術に明るくない事から、そういう言い方しか出来なかったのは言わずもがな……である。



「バイザーに光点は無いですから、召喚者がいると言う判断よりは、召喚陣があると考えた方が良いかも知れませんね……。それでしたら、そっちの可能性を考慮して召喚陣を探して破壊してしまいましょう」




 斯くして二人は召喚陣を探して行く事にしたのだが、帳が降りきった空は暗く、深い森の中には光源などあるハズも無い。自分の足元すら覚束ない状態では、バイザーを暗視モードに切り替えないと周囲の様子をうかがう事すら難しい。

 更に付け加えるならば鬱蒼うっそうとした森の中で、どこにあるか分からない召喚陣を探すのは気が遠くなる作業だとしか言えなかった。



「見付かりませんね……」


ざッ

 ざッ

ざッ

 ざッ


「でも、無いなんて事は無いハズです」


 それから暫く探したが召喚陣は結局発見出来なかった。流石にもうかれこれ数時間、暗く足場の悪い森の中を彷徨っており、二人はクタクタになっていた。



 草を掻き分け、倒木を乗り越えて探したが、召喚陣を描ける程の広いスペースなどは一切無く二人が行っている探索は難航していた。これは即ち「どこかに召喚陣が描いてある」と考えた二人の失策であり、その事に気付くハズもなかった。


 結論として召喚陣などあるハズもなく、それ故に見付けられなかった。そして召喚陣だと思っていたモノが設置されている「装置」なのだ。

 「装置」から絶賛召喚中であれば気付けたかもしれないが、二人の注意は最初からそこにはない。だからこそ、そういった千載一遇の機会があっても気付けたかは怪しいとしか言えないだろう。



 二人が先程倒していた魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達は、かれこれここ数日で「装置」から自動的に召喚されて来ていたモノ達のであり、二人がそうこうしている間にも、「装置」はせっせと召喚していた。



 拠って再び二人の元に魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達は群がろうとしていたのである。



 だが、今回は先程とは違う。二人は激しい戦闘の後に、あれから数時間も森の中をせっせと歩き回っていたのだ。

 そしてそれらの行動に因り、二人の体力は削られているばかりでなく、感覚までをも鈍らせる結果に繋がっており、コンディションはかなり悪くなっていた。




ひゅんッ


「ッ?!」


 風切り音を立てて、氷の矢が強襲して来ていた。そして、その矢はハロルドの顔の横をすり抜けて行った……。


 ここで漸くハロルドは気付いた。コンディションが万全なら早々に気付けただろうが、敵から先制されてやっと気付けるくらいに万全を期していない状態だった。

 結果、周囲に魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達が再び群がっている状況に陥っていた。

 ハロルドの行動からアリアも気付いた様子で、ハロルドと背中を合わせ、ロッドを構えていく。



「お客さんですか?」


「どうやらそのようです。気付くのが遅れ、申し訳ありません」


「バイザーが反応しない敵なのですから、仕方がありません」


「……アリアさん、闘えますか?」


 ハロルドは自分の後ろに向けて声を掛けている。その言葉から伝わって来るのは心配であり、アリアは少しだけ面映おもはゆい気がしていた。

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