第12話 いくら使ってもぼろぼろにはならない。-ドロシー・パーカー-

 物理的に不可能なら…、と、魔術に拠る細胞間の接合を成功させ、合成魔獣キメラを造り上げたその研究者は、更に高みを目指してしまった。

 その結果、社会や国は、その研究者を認めなかった。


 何故ならその研究者は、ついには人間を掛け合せた合成魔獣キメラの合成に手を出したからだった——。

 複数の獣人種の持つ身体能力の高さを……マナの扱いに長ける亜人種やヒト種に移植しようとしたのである。

 そして、その結果……非人道的な研究として禁忌タブーとされたのだった。


 それは本来であれば過去の遺物ロスト・レガシーであり、固有の解析ユニーク・アナリシスと呼ばれるに抵触したと言える。


 しかしこの研究が、そこまでに至らなかった可能性が時の為政者から示唆されていたのだが、最終的には偉大な人柱マグナ・シェレスタとして認定された事によって、三つの禁忌を犯した「人間の合成魔獣キメラ生成」は封印指定とされる事になった。

 この時点に於いて、「魔獣の合成魔獣キメラ生成」は封印指定とはされていない……。



 だがしかし……その実験の為に積み上げられたむくろの山は、その研究者の人格を変貌させ、その研究者は様々なむくろから合成魔獣キメラを生成して行く事にした……。

 故に「魔獣の合成魔獣キメラ生成」も禁忌とされた所以ゆえんがここに現れるのだった。



 出来上がったキメラはそう、完全なる生ける屍リビングデッドであり、その研究を誰しもが認める事が出来なかった。それを認めてしまえば、躯であれば人間からでも合成魔獣キメラ生成が可能と言う事と同義になり、本末転倒を通り越して全てがまかり通る事になってしまうからだ。

 それ故に合成魔獣キメラの研究は正式に禁忌タブーとされ、その研究者は封印指定姿を消させられたのである。




 だが、コルネールが使っていた依代よりしろ合成魔獣キメラだった。しかも、ヒト種をベースとしながらも所々に獣人種や魔獣が組み込まれていた。

 その研究者が培った方法で造られた生ける屍リビングデッド合成魔獣キメラなのか、生物としての合成魔獣キメラかを問われれば、既に正解に行き着く事は出来ないとしか言えない。

 しかしコルネールのアストラルが離れた瞬間に朽ちて行った事からかんがみると、生ける屍リビングデッド合成魔獣キメラであった可能性は非常に高かった。




 生ける屍リビングデッド合成魔獣キメラは意思を持たない。その為、使い物にならなかった。従魔アニマとして契約は成立せず、死役ネクロマンスでは性能を発揮出来ないので、それでは合成魔獣キメラである必要も無い。


 だが、それを依代とする事で、その「合成魔獣キメラとしての機能を十全じゅうぜんに使えるようになる」と考えた研究者は魔術に拠る召喚を試みたのだが、当時は「魔界」から魔族デモニアを召喚する事は難しく、人間界を彷徨さまよっている死霊種レイスの依代にするのが精一杯だった。


 故に出来上がった合成魔獣キメラはやはり何の役にも立たず、それにより国に消されたと言う噂も立っていた程だ。



 だが、現在の「魔界」と人間界の関係性から見ればその行為は可能であり、生ける屍リビングデッド合成魔獣キメラを大量に造り上げ、魔族デモニアの依代とすれば簡単に兵団を造り上げる事が出来るという構図が、浮かび上がって来ると言えるだろう。



「でもそうなると……どっから手を付ければいいか分からなくなるねぇ。今、依頼クエストとして上がって来ている全ての物に可能性が出て来ちまうじゃないか……」


 マムは苦虫を噛み潰したような表情で口惜しそうに呟いていた。




 少女達は一通りの報告を終えるとマムの元を辞し、公安を後にして行く。少女はルミネを宿舎まで送り届けると、そのまま屋敷に向かって帰路に付いていった。

 少女の心中としては何かが裏で暗躍しており、それが今後どういった形で降り掛かって来るか気が気ではなかったが、今からそんな事に気を張り巡らせているのは疲れるだけなので、考えないようにしていた……と言うのが事実だった。



「マスター、この私はこれから如何いかが致しましょうか?」


「そうね、アタシ達ハンターは、依頼クエストが無ければ動けない。他のハンターが受注した依頼クエストを横取りするワケにも行かないから、依頼クエストを受注しなければ静観するしか無いのだけど……。でも、何か起きるまでこのまま静観し続けるってのは性に合わないのよね。だから、先ずアタシはアタシに出来る事をする。その為にコルネールには探って欲しい事があるわ」


 こうして考えないようにしていたにも拘わらず、首を突っ込まないと気が済まない少女のさがとでも言うべきものに拠って、少女もまた暗躍する道を選択したのだった。




「はぁ、憂鬱です。何で、わたしの「見極め」がハロルド何ですか?わたしが何か悪い事でもしましたか?」


「い、いや……それを小生じぶんに言われましても……ってか、それを本人に普通言うモノですか?」


「わたしはアルレおねぃちゃんか、ミルフ師匠が良かったです!バロルドが見極めなんて、断固反対ですッ!」


「はぁ……そんな事を言われましても……」


 アリアの目は今にも泣き出しそうであり、ハロルドはおろおろとするしか出来ずにいた。見極めをハロルドが行う以上、ハロルドが試験官である事に変わりは無く、本来であれば礼節を欠く行為をアリアは行っているが、そこに触れてはいけない。



 当のアリアはルミネからデバイスの使い方を予め教わっており、ハンターとしての心得も併せて教え込まれていた。

 拠って「見極め」はハンターとして依頼クエストを「完結コンプリート出来るか」という一点のみが問われていた。だからこそアリアは自身で依頼クエストを選び、依頼クエストの地へと来ていたのである。

 アリアの性格上、簡単に完結コンプリート出来そうな依頼クエストを選ぶとはハロルドは考えていなかったが……そもそもハロルドは依頼クエストの内容を知らされていないので、ただ付いて来ただけと言える。

 尚、アリアとハロルドはブーツを支給されている為、空を飛んで来たのは言うまでもない。



 アリアが最初に行った依頼クエストはクレーム処理であり、それを難無くこなし、次に受けた喧嘩の仲裁も卒無そつなく熟したアリアは、早く見極めを切り上げようと今度は討伐依頼クエストを受ける事にした。

 ハロルドは念の為に依頼クエストの内容を確認したかったのだが、アリアはそれに関して一切何も応えず受注していた。この時点でハロルドとアリアの間に、何かしらの信頼関係のようなモノが構築されていなかった事に落ち度があると言えなくも無いが、もうこうなっては元の木阿弥と言うヤツである。



 斯くして二人は今、依頼クエストの地にいた。ここはアワコイック村付近の森の中。神奈川国首都のアニべ市からほぼ真西に向かった山の中であり、鬱蒼うっそうと木が茂っていた。



 依頼クエストの内容はこの付近にいる魔獣の討伐とあるが、依頼書には魔獣名までは記載されていなかった。従って魔獣の詳細は不明である。

 正体不明の魔獣の討伐…、それは即ち指標たる難易度が無い案件を示している。拠って、新米ハンターが行うモノではないし、新米ハンター以下であるアリアの試験内容としてのは明白だった。

 ハロルドはイヤな予感にさいなまれていた……。



「イヤな予感が杞憂きゆうに終わればいいのですが……。もしも、アリアの身に何かあれば、小生じぶんが師匠とルミネ様から十中八九殺されてしまう……」


 ハロルドの大事だいじはそこである。故に、自分の生命に替えてでもアリアを守り切る事がハロルドにとっての重要課題と言えた。



 そんな事を知る由もないアリアはバイザーで周囲の様子をうかがっていく。そして、ハロルドも同様に周囲の様子を窺ってはいるが周囲に魔獣の姿は無く、バイザーにも光点は無かったのだった。



「場所は間違ってない筈ですよね?」


小生じぶんがアリアさんから聞いた場所はここで合っていますよ?」


 ハロルドは何やら不穏な空気を感じ取っていたのだが、確証は無い。それは戦士の勘とも言えるモノでその勘をアリアは持っていない。だからこそアリアを不安にさせるのは良く無いと思い、その事は伝えずにいた。



 二人は暫く鬱蒼とした森の中を進んで行く。バイザーの縮尺を変え、光点を探すが結局魔獣を見付ける事は叶わず、辺りは次第に暗くなっていった。

 アリアの表情は不安に取り憑かれているが、前を行くアリアの様相をハロルドは窺い知る事は無い。



「アリアさん、そろそろ暗くなって来ますし、今日は一旦引き返しますか?」


「帰りませんッ!帰りたいのなら、ハロルドが一人で帰ればいいんです」


「はぁ……仕方がありませんね」


 アリアが引かない以上、ハロルドもアリアに付いて行くしかない。アリア一人に任せられない以上、ハロルドとしては気が気ではないが、最悪の場合は力任せでこの地を脱出するくらいは出来るだろうと安直に考えていた。その場合、ハロルドはアリアから更に嫌われるのは目に見えているが、自分が死ぬよりは幾らかマシだからだ。



「ッ?!まさかッ」


 ハロルドは急速に強まっていく気配に勘付いたが、当のアリアは周囲にある気配にまったく気付いていない様子だった。

 ハロルドの戦士の勘が警鐘を鳴らし、心臓の鼓動が早くなっていく。



「バイザーでこの魔獣は発見出来ないのか?そんな事が?いや……今はそれよりも先ず」


だッ

 がしッ


「なっ!?ハロルド?」


「アンディ、魔術防壁展開、急げッ!」


「ちぇッ。言われなくても分かってるよ。水槽水壁ウォーターウォールッ☆」


 ハロルドの勘は杞憂に終わらなかった。だからこそアンディ水の精霊に声を掛けアリアを守ろうとした。

 一方で突如として声を掛けられたアンディはハロルドの言っている意味を即座に理解し、魔術壁を展開して行くが憎まれ口を叩いている。アンディからしてもハロルドからの命令は受けたくないのかもしれない。

 そしてそんなアリアは何も分からず、ただただ驚きを隠せずにいたのだった。



「一体何が?ちょ、ハロルド近い!」


「アリアさん、現状の把握をッ!」


「ッ?!」


 アリアは少しだけ顔を赤らめてハロルドに声を掛けるが、ハロルドの鬼気迫る顔を見た途端、自分達の置かれている状況を理解した様子だった。

 拠って、直ぐさま正気に戻り、周囲の状況から自分達の身に迫った危機を察知した様子と言える。



「魔獣?それもこんなにたくさん……そんなッ」


「えぇ、コイツらはバイザーでは察知出来ない魔獣みたいですね……」


 アリアとハロルドを取り囲む魔獣の群れが、そこにいたのである。

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