第9話 人生は決して後戻りできません。進めるのは前だけです。
闖入者の言葉に少女が見たものは、ルミネの首元に爪を突き付けている男の姿だった。
少女の拳は闘っていた男の顔面に突き刺さる瞬間であり、元ヒト種の男は恐怖の余りに失神していた。
少女は男の爪撃に対して「流水の型」を使って回避しながら、多段的に攻撃を繰り返しており、あと一歩の所だったと言わざるを得ない。
「なんてこと……」
ぎりッ
「状況が分かったようだな」
「ルミネッ!ルミネを放しなさい!」
少女は失神している男から拳を引いていく。少女に拠って掴まれていたワケではない男は、そのまま地面に崩れ落ちて行った。
少女は男をそのまま置き去りにし、ルミネを人質にしている男の元に近寄ろうとするが、その行動は男の声に拠って抑制されてしまったのだった。
「それ以上近付けば……女を殺す」
「ルミネに手を出したら、アナタ……死ぬ所じゃ済まないわ?もう手を出したのは分かってるけど、それ以上したら保証出来ないわよ?」
少女は眼光鋭く言の葉を紡いでおり、その狂気を宿し殺気を帯びた鋭い眼光を浴びた男は
だが、人質がその手の中にある以上、少女の旗色の方がかなり分が悪い。
「それでアナタは……
少女は現状を打破するべく会話による時間稼ぎを試みていた。ただでさえ分が悪い状況でありながら、目の前でルミネを人質にしている男は、ヒト種とは余程思えない力の波動を出しているのだから、装備が無い少女がラクに倒せる相手だとは考えられなかったからだ。
更に少女はこの男が
少女にとって、ルミネが傷付けられる事に替え得るモノなどない……。
「ふっはは、この私が
「そう、やっぱり
少女の投げた言葉は、この
当の本人も半分はハッタリだが、あながち嘘では無い。本気を出せば「魔界」に行ける少女としては、七大貴族と面識があるからこそ使えるハッタリだ。
ちなみに受肉を果たした上で言語を介しているので、この
従って、この場にいる
少女としてはルミネが人質に取られていなければ……若しくは武器があれば話しは変わるのだが、「この状況では非常にマズい」としか言えず、思考回路的には武力で何とかするのは、お手上げだったと言える。
故に結論として
「な、何を言っている?ヒト種の小娘がッ!我が領主の名など、口にするのも惜しい。暴食を冠する領主の名など!」
にやっ
非常に重要な情報だった。それを聞けた少女は安堵し、心の中で「勝った」と呟いていた。
「へぇ……そうなんだ?先代のベルゼブブから代わって、まだ「暴食」は空白だと思ってたけど……。そしたらアンタはアヴァルティアか、インヴィディアのところの領民ってコトかしら?」
「なっ?!」
不敵な笑みを浮かべた少女から紡がれた言の葉は、男にとって脅威としか形容し難いモノだった。
何故ならば「魔界」の領主の名を、ヒト種の娘が知っているハズなど無いと思っていたからであり、それは当然と言えば当然のコトだ。
「フィオ、こっちよ!」
少女から投げられた言の葉に因って、男の動きが止まった一瞬を見計らい少女はフィオに声を掛けていく。
そして、フィオはその声に応じて少女にデバイスを投げていた。
-・-・-・-・-・-・-
フィオは二人の食べ残しを食べ終わり満腹だった。幸せだった。
そして、眠気を催していた。
「ママ達、帰って来ないなぁ。今日はあんまり遊んで貰えなかったし、フィオはつまんない……あ~あ、つまんないなぁ……」
フィオは独り言を呟きながら部屋を見回しており、遊べるモノを探していた。だがそんな矢先、その視界の中に少女のデバイスが映ったのだった。
「あれ?これ、ママのだ。ママの大事なモノだッ!これを持って行ったら、ママが褒めてくれるかな?」
フィオはそう考えると少女のデバイスを口に
空を飛ぶと少女の気配が薄いので、床を歩いて少女の通った「道」を正確になぞって行った。
そしてその「道」の先に、少女を見付けたのだった。
フィオは少女の元に駆け付けようとしたが、少女の前には対峙しているモノがいて、その横にはルミネが見えた。
そこでフィオは少女の頭の中に直接言葉を送り、会話する方法を選んでいく。
「ママ!ママの大事なモノを持って来たよ!」
「ありがと、フィオ。でも、今は気付かれると厄介だから、アタシが言うまでそこで待ってて」
「うん、分かった」
「いい子ね、フィオ」
こうして少女は千載一遇の機会を狙っていた。そして舌戦と言う手段で、敵の隙を突く事が出来た少女は、フィオからデバイスを受け取る事に成功したのだった。
少女はフィオが投げたデバイスを受け取ると同時に言の葉を紡いでいく。
「デバイスオープン、ハールーンノヴァ!」
「なっ?!そ、その剣はッ!」
男は少女の咄嗟の反応に動けなかった。ルミネの喉元に鋭爪を当てたまま、何も行動が取れなかったのだった。そしてその表情はただただ驚いていた。
それは少女が呼び出した剣を見たからだ。
かつてその剣を「魔界」で見た事があるので尚更のコトとしか言えない。
男の顔の驚きはみるみるうちに驚愕へと変わり、暫くすれば絶望になっていたかもしれない。男は身体を震えさせており、ルミネに当てている爪がルミネの首の皮を薄く裂き、血が滲んで滴っていく。
その事を起因としてルミネは意識を取り戻し始めていた。
「
流石に声には出さず冷静に自分の置かれている状況を判断し、心の中で
「じゃあ、アンタに見せてあげるッ!」
「な……んだ……と?」
「デバイスオープン、ベルゼブブの魔石。我が剣に宿れ!」
少女は意図してベルゼブブの魔石をハールーンノヴァへと宿し、その魔石と対話する事を選んでいった……。
「今更となっては、
「そうしたいのは山々なんだけど、元々はアンタの領民らしいのよ……。だから、アンタが話しの白黒付けてくれない?それが、元領主としてのアンタの役目でしょ?」
少女は自分の意識下に於いてベルゼブブと対話し、ベルゼブブとしては要領を得ない事ではあったが、やむ無く応じる事にした。
「ほう……言われて出て来てみれば、確かに
「お、お館……様。そのお姿は……?」
ベルゼブブは少女の肉体を借りる形で仮の受肉を果たしていた。身体を奪ったワケではないから身体を自由には出来ないが、その言葉を発するくらいの裁量は得る事が出来ていた。そしてその姿はベルゼブブの姿そのものである。
そんなベルゼブブの姿を見た男は、人質であるルミネを横へ放り投げると、少女の元へフラフラと、縋り付くように近寄って来たのだった。
「
「滅相も御座いません。お館様と、お言葉を交わせるだけで至極で御座います」
「して……
「しょ、召喚されまして御座います」
「ならば、
ベルゼブブは端的に言の葉を紡ぎ、男は顔色を悪くさせながら「滅相も御座いません」と返すのが関の山だった。
何故ならば、実力差があり過ぎるのを
ヒト種の少女であればともかく、自国の元領主が相手となれば力量を見誤るワケなどない。
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