第8話 私はこの世界に、何事かをなさんがために生まれてきたのだ。‐野口英世-

「凄いッ!!こんな事も出来るのね!!」


「何事も基本と応用の積み重ねですわ。人間界は科学技術があって、洗濯は機械任せで行えますけど、「魔界」にはそんなモノはありませんもの。だから生活する上で必要な技術生活魔術を習得出来るようにならないといけないのですわ」


「あれ?でも、ルミネってお嬢様なんだから、家事は執事バトラーとかが担当してるんじゃないの?」


 少女は降って湧いた素朴な疑問を投げるが、ルミネは急に恥ずかしそうな表情を作って顔を赤らめて、「そそそ、そんな小さな事を気にしてはいけませんわ」と小さく紡いでいた。



「ちょっと、隠し事?教えなさいよッ!」


「イヤですわッ、絶対にイヤですわーッ!」


 ルミネは少女と同じく、手に自分の下着を握りしめ、怪しい挙動で近寄ってくる少女から逃げ出し、悲鳴を上げながら一目散に階段に向かって走って行くのだった。



「待てーーッ!ルミネ、教えなさいよーーーッ!!隠し事なんて許さないわよーーーーッ!!!!」


 少女は走って逃げて行くルミネを追い掛けながら叫んでいた。


 そして今日も再び、閑静かんせいな夜に二人のかしましい声は響いて行くのである。



「あーあ、フィオも付いて行けば良かったかなぁ?楽しそうだな、あの二人。フィオもママと遊びたいなぁ……」


 フィオは脱衣所の中で、外から響いて来る何やら楽しそうな声を聞き付けボヤいていた。




 二人は部屋へと戻り、部屋に戻るとそこには「ご馳走ちそう」が並んでいた。昨日はあまり食べられなかったルミネだったが、今日はこの調子ならちゃんと食べられると思い楽しみにしていたのは事実だった。



「もくもぐもぐ、温泉に美味しいご飯!本当に最高ねッ!」


「アルレさま、喋りながら食べるのは行儀が悪いですわよ」


ぴりッ


「「ッ?!」」

「ルミネ、感じた?」


「えぇ。全く……また最後まで食べさせてくれませんの?」


 二人が感じたモノ……それは昼間に汗だくになりながら仕込んでいたモノだ。

 拠って仕込んだモノが発動したのであれば、のんびり優雅に食事を楽しんでいられないのもまた……逃れられない事実としか言えないだろう。



「行くわよッ、ルミネッ!」


「えぇ、分かってますわ。せめてあのフライをもう一口頂きたかったですわ……」


 少女は急に立ち上がると取るものも取らずに部屋を飛び出して行った。そしてルミネもその後に続いて部屋を出て行く。部屋の中には恨めしそうな言の葉が一瞬だけ響いていたがスグに静まり返り、部屋の中にポツンと取り残されたのはフィオだった。

 フィオは付いて行くかどうしようか悩んだ結果、「ご飯を残すのは良く無いよねッ!」と呟いた後で、少女とルミネの二人が食べなかった残り物をむさぼっていた。




「くそっ、何だこれ?一体、どうなってやがる!」


 そこでは一人の男が暴れていた。手足に鎖が繋がれている状態で、完全に拘束状態と言える男がそこにいたのだ。



「それは、トラップって言うのよ……そんなのも知らないの?ところでアナタが犯人ってコトよね?」


「くそったれ!俺が何をしたってんだ!?」


 男は拘束を解こうと暴れているが、少女とルミネ謹製の魔力でまれた鎖が、たかが人間一人が暴れたくらいで引き千切られる事はあるハズが無い。



「アナタが変な装置を使って、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンを召喚してたんでしょ?ねぇ、女将の旦那さん」


「くっそ……」


「何で、そんな事をしたの?」


「俺は悪くない。俺は騙されてたんだ。ソレを置けば……旅館の周囲にソレを置いておけば、いずれこの旅館は婿養子に入った俺のモノになる……と。だから、置いただけだ。見付からないように置いておいただけなんだ!」


 男は拘束状態が解けない事から諦めた様子で力無く、暴れる事を止めた結果、訴え掛けるような目で少女を見ていた。そして少女もまた、男を見据えて言の葉を紡いでいく。



「ちなみに聞くけど、何個置いたの?」


「35個だ」


「ッ?!」


 少女はその一瞬で後悔した。デバイスを含む装備の全てを部屋に置いて来てしまった事に……である。そして、少女は更に間違いを犯していた。因ってそれらの不幸が重なった結果、見据えていた男を視界から切ってしまっていた。

 更に魔の悪い事に、この場にルミネの姿は無い。



パリンッ


「しまったッ!」


 少女が男から視線を逸した一瞬の隙に男は、自身に掛けられた拘束を解いていた。

 そして次の瞬間、男は少女へと襲い掛かっていく。



「シャアッ!」

しゅッ


ぷしゅ


「ちっ!乙女の柔肌になんてコトしてくれんのよッ!」


 男の手の指は刃物のように変化しており、少女の事を斬り裂くべく爪撃そうげきを放っていた。


 少女は放たれた爪撃を紙一重で躱したが、微かに触れたその爪撃に因って少女の頬は裂け、そこからは血が滴っていく。



 ルミネがこの場に居合わせたなら少女のフォローが出来たハズだが、この場にいない事が少女の誤算だったとも言い換えられる。そしてルミネの身に何かが起きた事を察知していた少女はそのせいもあって、反応が鈍っていたのだった……。




 ——二人が夕食中に感じた感覚はルミネが張ったトラップが始動した合図だった。そしてルミネはトラップに何かが掛かった際に少女も分かるようにパスを繋ぎ、感覚を共有していたのである。



-・-・-・-・-・-・-



 部屋を飛び出して行った少女の後を追い掛けたルミネは、追い掛けている途中で後ろから口元を押さえられ、強制的に気絶させられていた。

 その為、ルミネと結ばれていた少女の感覚は突然シャットダウンする事になり、少女はそれに気付いてしまった事によって視線を切ってしまったのだった。




「シシャッ!」

「シシシャッ!」


「全く、ヒト種だと思ってたのが誤算だったわ……もう既に乗っ取られてたなんてね……」


 男から放たれて来る爪撃は勢いと速さを増し、それによって威力と鋭さを上げて少女を強襲している。

 対する少女は体術でその爪撃をギリギリの所で致命傷を避けているが、身を守ってくれる装備もなくバフは全く無い状態だ。拠って完全には躱し切れておらず、その余波よはに因って、至る所から血が吹き出し、更には切り裂かれた浴衣を赤く染めていた。



「万事休す……ね。まぁ仕方ない……か」


「諦めたか?それなら、ひとおもいに爪の餌食にしてくれるッ」


「くっ」


 少女はルミネが心配で思考が乱れており、武器を持って来ていないこの恨めしい状況に於いて敵をとっとと打倒し、すぐさまルミネの元へと駆け付ける為にはどうすれば良いかを、必死に模索している様子だった。



「トドメだッ!」

「シャシャッ!」


しゅッ


ったぁッ」


 男はより一層速度を増し爪撃を放っていた。対して少女は魔術に拠る強化も、装備のバフも何一つ無い状態だ。ヒト種の少女にとって身体的能力差は何かしらのバフがなければ埋まる事は無い。

 故に、男の爪撃は少女を確実に穿うがっていた。



「ッな?!」


 男の爪撃は確かに少女を貫いた……ハズだった。だが爪撃が触れた瞬間に少女は陽炎かげろうのように揺らめくと余韻を残して消えていったのである。



どごぉッ


「ごはぁッ」


どごごッ


「ぐほぉッぐふッ……な、何が一体?」


どごごごぉッ


 少女が男の目の前から消えた次の瞬間、衝撃は男の左側面からやって来た。

 鈍い音と共に衝撃を受けた男は、嗚咽おえつを漏らしながらフラフラと後退すると自身に衝撃を与えた者の姿を確認しようと見回していく。

 しかしソレは陽炎の如くに再び揺らめくと、再び男の視界から消え、男の左脚に右脇腹、右腕から背中、最後は後頭部へと、次々に打撃を与えて行った。



「トドメよッ!」


ごあッ


「そこ迄にしてもらおうかッ!」


「ッ?!」


 男の顔面に少女の拳が突き刺さる直前に、その動きは闖入者の言葉によって強制的に制止させられてしまったのである。

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